「ネジ式ザゼツキー」
こんなにクレジットカードからamazonや書店の引き落としが多いというのに、どうして私は書評を書いてないのかしら?と不思議に思ったので、書評を書いてみたいと思います。
でも、amazonで「評価した本」で検索してみても、書評を書く気分の本や書評を書いても自分に差し障りの無い本は、ほとんど見つからなかったので、読みはしたものの購入はしていない本のご紹介になってしまいました^^;
「ネジ式ザゼツキー」

私は島田荘司が好きなのですが、最近の著書は全然読んでませんでした。1999年あたりで私の島田荘司は止まってました。そして、この本を読んでみたら、あらびっくり!あのなんだかよくわからなかった「眩暈」ってきっとこういうことがしたかったのね、とやっと分かりました。
最近はサイエンスが進歩して、ミステリであったものがミステリでなくなっています。例えば、突然の物忘れ、妄想、うつ病等に対してなんらかの脳の異変が、それを引き起こしている、という考え方がとられるようになってきています。うつ病は脳内のセロトニンレベルの低下が引き起こしていると考えられていますし、うつ病になると脳の海馬(確か^^;)の収縮がみられるという研究結果の報告もあるそうです。脳への外傷が何かを引き起こすこともあるでしょう。その結果、ミステリ的な報告がミステリではなかったり、非ミステリ的な報告がミステリであったりするようなことがあるかもしれません。
本書は、本書中のある記載、ある人物の記憶、それらを現代サイエンスでえぐることによって、ミステリを発見(?)し、解明するお話です。脳の不思議な作用が文中に明らかになり、それによって謎が謎を呼ぶ、、、不思議なお話です。
わざとらしいタメもなく、謎もつぎつぎ解明(だって、調査はインターネットで検索するだけなんだもん!ビバ、Google!)、読後もよいので、当時はネット上で評判になっていたらしいです。
でもなにより、私がびっくりしたのは、いきなり出現する2,3ページほどの地の文までも英語のページ。いや、本当にいきなり出現します。読んでたら次の行から、英語。別に難しい英語ではないのですが、そこはそれ、日本人だし。「私、日本人だよね?ドキドキ。こんな知能を期待されちゃっていいのかしら。ドキドキ。っていうか、これ飛ばしてもストーリーには影響はないんだよね?ドキドキ」島田先生だけあって、ばっちりストーリーに影響があります^^;そこから解決編に入っていきます。ストーリーに関係あるというくらいなので、必要性があって英語になっているわけなのですが、こういう「いきなり英語推理小説」を出版しようとした島田先生はマジすごいなあ、と思います。出版社もよく受けたよなあ^^;別に必然性を日本語に求めてもいいじゃん!と私は思うのですが、そういう感性のものは日本語には難しいのかもしれません。まあ、そういう不思議な感じもこのミステリのアクセントなのかもしれません。
ところで、私もときどき自分の脳について考えます。私の脳は少し他の人に比べて変わってませんか???(cf.カテゴリ「日常」を読んでみてください。この日記はちょっとした誇張はありますが、たいていは真実です)勝手に想像するし、勝手に落ち込むし、勝手に考えるし、勝手に賢くして、勝手にあほです。ぜひこの変な脳を誰かに研究して欲しいと思うのですが(そして、私はその実験代金で生活したいと思うのですが)、研究者のなり手はまだいません。自分で研究するには時既に遅そうです。
とりあえず、この間脳のMRIを撮ったので、みてみたいと思うのですが、未だにお医者さんに「ちょっとそれをデジカメに撮らせてください」と言う勇気がありません。そこらへん誰かよろしく。










