2005年04月30日
アンディ・ウォーホルを尊敬
雑誌を読んでたらアンディ・ウォーホルに関する記述がありました。私はアンディ・ウォーホルの絵はなんとなく好きだったんですけれども、何で好きなのかとか、彼の哲学とかは全然よく分かりませんでした。でも、その記述を読んで「ああ、この人ってそういうことがしたかったんだ。それって私がしたいことだよね」と思って、少し感動してしまいました。
以下、その記述抜粋。
アンディ・ウォーホルが、ファクトリーっていうのを作っててね、自分のものをオートメーション的に作っていこうっていうポップアートの人だったんですけど。
-「ゲーム批評 Vol.67」 2005年5月 デジタルコンテンツ仕事術の小関昭彦氏の発言より
なんか文学的に始まったと思ったら、実は「ゲーム批評」でした。すみません。
この連載は「いかにしてゲームって作られているか、ゲームづくりの苦労」というようなことを語ってもらおう、という企画です。今号は最終回だったようなのですが、「ディレクターとプロデューサーの立場の違い」というようなことが述べられていました。ざっくりいうと、プロデューサーっていうのは経営側の人間で「どんな作品を、どのくらいのお金や時間をかけて作って、どんな風に売るか」ということをトータルでみてる人間だけど、ディレクターっていうのは「いかに作品を良くするか」っていうことだけを考えてる人間だ、というようなことが対談されていたと思います。
その中で、ゲストの小関氏が、実はもともと絵だけを描いていたんだけど、自分の完成度に満足がいかなくて、いかに自分が満足いくクオリティで人に仕事を任せて、それをある程度の量作って、っていう発想が生まれて来て、そのほうが好きになって来た、という話をしていました。その流れで、上記の発言があります。
それを読んだときに「これって、どんな業種でもあてはまるし、どんな職種でもあてはまることで、まさに私がしたいことだ」と思いました。
今だって、いかに「法務」っていう部署から出て行くアドバイスや契約書が、ある程度高いクオリティに何でならないのか、それってみんなで情報を共有したらいいんじゃない?ってことで私は少し悩んでいたりします。
そして、これからやりたいことは、法務としての社内クライアントへのサービスのレベルをあげていくこと。そのための方法としては、マニュアルやDBの作成などのある程度の「オートメーション化」が不可欠だと考えています。
「アート」だとか「職人」だとか「ノウハウ」だとか言われるものを可視化して、具現化して、皆で共有できるようにすること、誰でもが分かるようにすること。きっとそれが私の夢なのだと思います。
投稿者 michy : 2005年04月30日 03:14 :
バトン、思いつき、妄想
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