「あなた、がんばり過ぎてない!?」
買い物依存症だったという著者の他のルポ「依存症の女たち」が自分のことを言われてるようで好感を持ったので、図書館で見つけて借りてみました。
グサグサくることばかり書いてあって、「だから私はいつも病むのかしら」と思いました。恵まれているのに現状に決して満足しないで頑張りすぎることに関する功罪について書いてありました。私が「働きマン」安野モヨコを勧めたときに「おもしろかったけど、こんなに必死で頑張らなくてもいいのにと思った」と言った同僚はこういうことが言いたかったのかと、やっと得心しました。
私は何かを一生懸命するというのが大好きなようです。経験値をかせぐとか、アビリティを会得するとか、必殺技を覚えるとか、攻略本を読み込むとか。強い女性が好きでサロメとかアルマ・マーラー(作曲家マーラーの妻で、恋多き才女)とかスカーレット・オハラとか、何でも思い通りに生きてる女性が大好きです。
そんな私の憧れは、現状に満足せずに次々とステップを踏んでゆく、過剰なほどの毎日を生きる女性になることです。やれ東に行きたい中学があると知れば熱心に研究し勉強し、西に行きたい大学があると知れば資料から何から取り寄せて空き時間も空想をして過ごす、そんな毎日を過ごしました。大学も職業もそんなことの繰り返しです。
それで、一つのことだけに頑張るストレスに耐えられなくなると、コーヒーとお酒とドリンク剤とビタミン剤と精神科医に頼ることを覚えました。行き着く先は体が耐えられなくなっての休職です。
今回の休職も、他にも原因はあると思うのですが一番大きいのは、手を挙げればできるところにやりたい仕事があって、それが少し(私にとって全く少しでなかったことは休職期間から推して知るべし)の無理で手に入るように思えたからかな、と思います。あの仕事、本当にやりたかったなー。今思うに経験値でも分量でも、とても私の手に余る仕事です。でも、ぶっちゃけ今もやりたいわけです…。それを残業して、わけのわからない人間関係の中、ストレスをお酒とコーヒーとビタミン剤あたりでなんとかしながら頑張ろうとしたのが失敗のもとだったのかなー、と。
昔は夜の11時まで残業して、そこからお酒飲んで終電無くなっちゃって、先輩の家に泊めてもらって翌朝タクシーで出勤なんてことが出来てたから、同じ要領で出来ると思った自分が甘かったです。でも、確かに、その生活も1年後くらいには自分の一度目の休職になって返ってきたのでした。一度目の休職の原因は複雑な人間関係だけにあると思ってたのですが、常に過剰さを愛す自分がもたらした厄災の面も強かったのかも。
思えば、休職前って何でも仕事単位で考えてました。お食事するのも、おしゃべりするのも、ストレス発散するのも仕事するにあたってストレスをなくすため。テレビの情報収集も仕事のため。眠るのも翌朝起きるため。ブログ書くのも仕事のストレスを発散するため。
明らかにおかしい。仕事依存症の症状を呈している。それなのに頭痛や吐き気がひどすぎて会社行けないって我ながら明らかにおかしい。
今度は同じ間違いを犯さないためにも、定時に仕事を切り上げて、お酒とコーヒーは辞めよう。スローライフスローライフ。仕事をセーブ!!しかし、他に興味のあることを見つけられないので、また同じ現象に陥りそうな気がします…。どうやったらこの悪循環から逃れられるのかしら。
職業が文系っぽいから中和するために、理系っぽいプログラミングでもしてみようと思ったけど、書店でぐるぐるして自分に作りたいプログラムなんてないことを思いついて憂鬱になりました。大学受験のときも志望校を理系と文系2校併願してて、それで均衡を保っていた感じもあったので、いいアイデアだと思ったんだけどなあ。自分でプログラムするより、他人が作ったプログラムを利用してるほうが効率的だから、その選択をするべきだ、と脳が囁く。それならメンテやアップデートの手間もないし、と。












マグロは泳ぎ続ける。止まると死ぬらしい。
でも死ぬまでやったらだめよ。ほどほどに。
人間も泳ぎ続けないと生きてきた意味がないですかねー。
何でも過剰な私には「ほどほど」の程度が難しいです。
うーむ。元来サボリ魔であるがゆえに、社会とのギャップに苦しむ俺とはまったく違う悩みだな。
興味のあること以外はものすごいサボリ魔なんで、
根本は違わないかもです。