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2006年02月28日

Wikisituationという構想 ブックマークに追加する

「プログラマに資したいです」というエントリを書いたら、「Wikistitutionってどうっすか?」というTBをいただきました。

ウェブで読める法律って注釈もないし、実行結果もわかりにくいから、実行結果であるところの判例を集めたWikipediaちっくなWikisitiuationをつくるっていうのはどうですか?という内容です。

最初、「うーん、私が考えてるのとなんか違うなー。それは私のやりたいことじゃないなー。何かイメージが一致しない」という漠然とした感覚を覚えました。なんでそういう感覚になったかとよく考えてみました。

私が「判例」っていう言葉を聞いたときに、無意識に法律家にとって意味あるところの判例、いわゆる法律をそのまま解釈しただけでは適用できない、限界事例における判例だけを集めたことを考えたからだと思いました。限界事例における判例を集めても、それは例外というか限界事例を集めただけだから、基礎的、根本的な法律についての知識(条文から読み取れることだけではなく、法の趣旨とか用語の意味とかの理解)があるような人でないとそのデータベースをみることに意味がなくって、それって結局は法律家だから、法律家にとってだけ意味があるものができるだけになっちゃうんじゃないかなー、と思ったのです。

私は今の「株」みたいにもっと法律が親しみやすくなって欲しい、ってことが望みだから、法律家がもっと便利になるってことにはあんまり興味がわかないのです。

でもそれって既存の枠にとらわれてるなー、と思ってみて、もう一回よくTBの内容を読んでみたり、プログラムとの関係に思いを馳せてみたりして分かりました。

そっか、別に限界事例の判例だけを集めなくっていいんだ

「判例」を限定するなんてこと、元のTBのどこにも書いてなくって、私が勝手に「条文主義における日本で意味をもつ判例っていえば、条文を読んだだけじゃわからない解釈に疑義が生じる限界事例における判例だから」と限定していただけだったのです。そうじゃなくって、条文を読んでわかることも、普通の人には分からなかったり、たとえ分かっても納得がいかなかったりしたら裁判になっているかもしれなくって、そういう判例は法律家は自明だからと注目はしないけど、その「納得がいかない」や「分からない」数だけで世の中に判例というのは溢れていて、それをそのまま集めればプログラムの実行結果が集まったように、法律の実行結果が集まったWikisituationができあがる、というわけではないかと思いました。なるほど〜。それは確かに便利そうです。

問題点としては、そもそも、その判例が読みにくい上に長い(…)ってことと、その膨大な数と量の判例をどうやって分類するのか、どうやって打ち込むのか、ってあたりでしょうか。今も最高裁判所のページで最近の判例が掲載されているように、裁判所がやってくれないかなー。裁判官もそういうのできたら便利そうだし、判決の安定性が増して、法的安定性が増すから日本にとってとてもいいことだと思うんです。

また、このWikisituationを活用しようとすると、活用する人に単純な民事訴訟法の知識が必要になってくると思うんです。つまり、「お互いに争いのないところは裁判官は判断しない」や、「証明責任のある側がその事実があると証明できない限り、その事実はないことになる」(たとえばいわゆる民法709条の不法行為による損害賠償を相手方に求めるのがすごく難しいのは、損害賠償を求める側が「相手方の故意又は過失」「不法行為の存在」「損害の発生」「不法行為と損害との因果関係」あたりを立証しなければいけない、っていう非常に厳しい立証責任があるからです。確か、消費者保護関連の法律はこの立証責任をある程度、企業側にもたせることによって消費者保護をはかっています)ってあたりの基本的なルールは、やはり分かってないとダメだと思うので、それをどうやって分かってもらうかってあたりも重要な問題かと思います。

そして、一番大きな問題が、みんなが知りたい最先端の問題に対する答えはまず判例として出ていないってことかと思いました。裁判って結果が出るまでにやはり時間がかかるし、判決まで持ち込まれる事例も限られちゃうので、「これをこうするとどうなるの!」ってことの判例が出てることのほうが珍しい印象です。法律家や弁護士さんはそういう相談を受けたときにどうしてるかというと、学者の本を読み込んでみたり、似たような事例を探してみたりして「こうなるんじゃない?」という予測をたてるわけです。予測なんで経済学者の経済予測みたいに人によってかなり違います。多数派とか少数派とか、○○論とか、いろいろみなさん論理を展開されています。

そんなわけで、裁判所が判断をしてくれない以上、次によりどころにするとしたら偉い法律学者さんの見解が一番だ、とみんな思ってるので、偉い学者さんの判断がこの世界ではかなり影響を持って「偉い学者さんがこういってるからこうなるんじゃないかなー」ということなってます。でも、堀江さんがやったニッポン放送株の時間外の大量の取引が、私が見聞きした限りでは「違法のおそれがある」っていうのが多数派だったのが、特に何もなくて済んじゃったり、裁判所が偉い学者さんと違う判断をして、「あの裁判所の判断はおかしい」なんて批評が法律雑誌に載ってたり、と偉い学者さんの判断が万全というわけではありません。

つまり「どうなるか分からない」って問題が多すぎるんです。それで、みんな「Wikisituationには何も知りたいことが載ってない」ってことになって法律に愛想をつかすのが怖いなーと思いました。

投稿者 michy : 2006年02月28日 20:57 : 法務っぽい |    

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