法律と価値判断 -刑法177条あたり-
「■[edu] 刑法には「人を殺してはいけない」とは書かれていない」を読んで、「え!そんなときに法律を持ち出すことがあるの」と少しびっくりしました。(でも、私も気付いてないだけで人に犯罪の意義を解説するときとかに同じようなことやってるかもなー、って気がしてきた…。)
例えば『人を殺してはいけない』とか『妊娠中絶をしてはいけない』といった話をする場合だが,それが「刑法に書いてある」などと言うと厳密には間違いになってしまいかねない。ウソだと思ったら条文の文言を確かめてみて欲しい。
(中略)
法律は,社会を構成する大多数の人が〈好ましい〉と思っているであろう価値判断を反映させているだけの代物。
同意です。法律の制定過程を考えればすぐに分かります。法律は、国民の代表として選ばれた議員が議決権を握る衆議院と参議院で可決されて成立したものです。逆にいうと、それだけでしかありません。また、実際に法律が制定されてから、現実に行使されている間には時間的なズレがどうしても生じます。
議員を多種多様な方法で国民が選ぶ→議院で議員が過半数で可決→法律になる→それが行使される
「そもそもの価値判断」を語るときに、「法律に書いてあるから」と答えるというのは換言すれば「その法律が制定されたときの国民が選んだ議員の少なくとも過半数が、それが行使されると国益にかなうと考えたから」というだけに異なりません。(個人的には刑法には人を殺してはいけない理由が書かれていないの「個人的には「おまえのゴーストがそうささやいたから」と言いたい。」に同意!)
もっとも上記文書は、(たぶん分かりやすさとキャッチーさを重視したがゆえに)法定犯(その行為自体は道徳的には無色に近いが、行政取り締まりの必要上犯罪と定められているもの)と自然犯(法律以前に道徳的に悪いとされる犯罪)の違いとか、最近は法定犯も自然犯傾向にあるとか(例として手元の本には飲酒運転の例が挙げられている)、そもそも別に「○○してはいけない」と法律に書いたからといって「法律に書いてあるのは所詮ある時代のある人々の価値判断である」という事実には変わらない」ということが書いてないので、「[法律] 刑法には「人を殺してはいけない。」と書かれている。」という解説やWikipediaの刑法の項目あたりとかが役立ちます。
「まあ、まあ、そうは言っても、その時代の価値判断なんだから今もあてはまることが多いんじゃない?」と思った、アナタ。そんなアナタのために、私が長年疑問に思って来た刑法177条あたりの話をさせてください。堕胎罪(胎児を堕胎するのは罪とされる)も道徳問題なのかどうかというと謎といえば謎な気配がありますが、アメリカでは宗教上の理由から実際に「たとえレイプによる妊娠でも中絶は反対」っていう人たちはいるし、優生学的色彩をおびた優生保護法が1997年(最近かよ!)に改訂されて母体保護法(医師会の指定する医師なら妊娠中絶してもOKという内容)になった今たいして実害はない気がするので。
刑法177条というのは強姦罪を規定しています。
(強姦)
第177条 暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
客体が「女子」だけなんですよね。中学生日記でも「男性の10人に1人が何らかの性的虐待を受けた経験がある」という統計が出てたし、私は女子に限定するのって意味あるのかな、と思います。限界事例を持ち出すなら、両性具有で戸籍上の性別が男である人がいたとして、その人に対しては強姦罪は成立しないの?その人に対して強姦罪が成立するとしたら、両性具有ではない男性に強姦罪が成立しない決定的な違いってナニ!?と思うわけです。「妊娠する危険性があるから」ってことなら、「じゃあ、妊娠する危険性のない女児のほうが重いのはどうして?」って疑問がふつふつと湧いてきます。怪我する危険性があるからってことなら(以下自粛)(かなりどうでもいい知識ですが、判例によると処女膜の裂傷はこの罪ではなく強姦致死傷罪でカバーされます)
男性が客体の場合には強姦罪が成立しないので、「強制わいせつ」になるわけなんですけど、罪名の響きも違うし、刑罰が六ヶ月以上といきなりかなり軽くなります。
主体についても疑問があります。争いはありますが、女性も男性とともに行うことによって、この犯罪の正犯(共犯=幇助、教唆に対する概念で「犯罪を犯したもの」の意味)となれるというのが判例です。そもそも何で争いがあるのか、私には既に謎なんですが、別に女性だけでも被害者の立場からすればたいして違いのないことが行えるような気がするんですが…、どうして男性が一緒でないとダメなんでしょう。
上記のような流れから、「姦淫」とは「男性器を女性器に挿入すること」とされ、既遂か未遂かは「姦淫」があったかどうかで判定されます。(テクニカルには違う犯罪類型ですが、実際は強姦罪未遂ではなく、強制わいせつ罪既遂となることが多いようです)しかし、刑法でいう「姦淫」がなくたって被害者がダメージを受けることは想像に難くないし、そもそもそれ以外に性行為の方法がないかというと(以下自粛)。
しかも、強姦罪は改正されて2年以上から3年以上の懲役になりましたが、強盗と比べるとその刑罰の弱さが目立ちます。
(強盗)
第236条 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
強盗が5年以上で、強姦が3年以上っていうのはどうしても私には理解できません。まして強制わいせつの六ヶ月以上なんて!
こんな法律を拠り所にして価値判断をされたらたまったもんじゃない、と思います。昔の時代にはそぐうものだったのでしょうが…。(でも、2004年の改正でも2年以上→3年以上(+集団強姦が4年以上)になっただけってあたりに、一国民でしかない自分の無力さを感じる…)
他にも、強姦罪の「暴行の意義」(刑法には「暴行」という言葉がいっぱい出て来て、それぞれの罪でどういう程度の暴行がその罪の暴行にあたるのかが判例でまとまっています)は妥当かという問題とか、「13歳以下なら無条件なのはどうして?」ってあたりとか、「二人以上で行えば親告罪じゃないって区別をつける合理性は?じゃあ、そもそも親告罪じゃなくていいのでは?」っていうのも疑問だったりします。











小生のエントリを読んで頂きありがとうございます。
強姦罪の適用を13歳以上の女子とするくだりですが、私の想像では当時の価値観として処女性の有る無しがその後の被害女性の人生に大きく関わってた可能性が考えられるかと思います。結婚とかへの影響ですね。そこに法の適用の大きな判断基準があると踏んでみました。
このことから男性器による暴行を強姦とし、女性が加害者となったとしてもそれはあくまで道具を使った傷害ということになる、と。素人考えですがどうでしょうか。
強姦の被害者が女子だけなのは「?」とのことですが…男女平等の時代とはいえ、女性特有の生殖機能や性の尊厳を重んじて、法が女性への性暴力をより厳しく罰するのは、社会の実態や国民の自然な感情に照らしても常識的だと思います。古今東西、男性は自らの歪んだ性欲を満たすためだけに強姦を働いてきましたが、逆のケースは普通は起こらない。女性が男性に姦淫を無理強いすることは、筋力・腕力の差や性器の構造の違いから困難ですし、そもそも人間の雌は雄のように攻撃的な性欲を持っていません。
michyさんが大人の男性を強姦するのは不可能に近いけれど、世の中の多くの男性がmichyさんを強姦することはできる…という冷酷な現実を前に、法はmichyさんをより手厚く守る必要があるはずです。反対に、もし女性が男性を性的にいたぶるとすれば、集団リンチなど性欲を満たす以外の目的や手段があることでしょう。その場合、逮捕・監禁罪や暴行、傷害罪が適用されても不自然には感じません。
一方、「男性の10人に1人が何らかの性的虐待を受けた経験がある」とのご指摘ですが、これはつまり大人による幼児・少年少女への性的虐待が問題なのでしょう。肉体的・精神的に抵抗できない子供への性犯罪には、男女を問わずより重い罪状や刑罰があっていいように思えますね。
強姦の最低刑が強盗より軽いことにも疑問を呈しておられますが、男女の機微は摩訶不思議なもの。いい雰囲気で和姦になりそうだったけれど女性が拒否したところ、強姦されたとか、愛人契約を結んで今まで何度も性交していたのに、この日に限って拒否したところ強姦された…なんてことは十分にあり得ます。女性が男性を貶めるために、和姦を強姦と親告する“狂言強姦”も少なくないそうです。(狂言強盗よりも冤罪の証明が難しく、悪質です)
いかなる状況でも、女性が暴力で性交渉を無理強いされたならば強姦なのですが、そこに至る諸々の事情も考慮する必要があるので、刑罰の幅が多少広くてもいいのでは?
>>蛟さん
素朴な疑問なんですが、昔は道具を使った暴行を受けただけなら処女だったんですかね。うーん、疑問だ。何にしろ、私には今の時代に即した刑罰の基準だとは思えません。
>>通りすがりさん
きっと、通りすがりさんのような価値観が普通なので、刑法は2004年改正でも改正されなかったのだと思います。ただ、私も思うところがありますので、少し反論させてください。
まず、被害者が女性だけな点について、女性が男性に性的暴力を働く可能性があまりない点を指摘されていますが、男性が男性に性的暴力を働く可能性についても考慮していただきたかったです。
また、「性欲の観点から普通はありえない」や「体格差」などを問題にされていますが、通常ではない性欲&体格を持った女性が自分より劣る男性を、ということは考えられないわけではありません。その他スタンガンや刃物等を用いれば女性が腕力に劣るからといったことは問題ではないと思います。性欲の点でも、レアケースだからと見逃していいのでしょうか。
また、性犯罪が「性的な目的をもって」いるかどうか、つまり目的犯かどうかは判例は目的犯としているようですが、私はこれには否定的です。なぜなら、被害者が「性的なことを強要されないこと」に保護法益があるべきであり、犯人の意識を構成要件にするのは被害者の感情を無視していると思うからです。ですから、女性が男性を性的にいたぶった場合には傷害罪でも…、とのことですが、やはり傷害罪とは保護法益が異なると思いますので、一緒にするのは抵抗を覚えます。
強姦の最低刑については、「狂言強姦」は不幸なことだと思いますが、それを理由に最低刑を下げるのは理由がおかしいと思います。諸処の事情も考慮すべき、とのことですが、そのような場合は検察が考慮して起訴になるのではないでしょうか。その中で、あえて起訴に至ったものの場合はそれ相応の刑を、と思います。強盗にたとえるなら、たとえ兄弟から10円奪っても強盗ではないでしょうか。
子供への犯罪には男女問わず、という点には私も同意です。
人を殺してはいけないか?
殺人についてこんな議論がある。刑法には「人を殺してはいけない」とは書かれていない私は断言する。殺人はいけない。問題は「法律に書いてあるかどうか」ではない。…
『刑法には「人を殺してはいけない」とは書かれていない』というのは間違いで、正確に言えば、『刑法は殺人を禁ずることを目的として、殺人を犯した違反者に罰を与えるという裁判規範を定めたものである』という考え方が最も一般的な(そして合理的な)刑法解釈です。
>>イルミナさん
そのことを前提にエントリを書いたつもりでしたが、誤解を与えてしまうようなところがあったでしょうか??
今更ですが、殺人(5年~無期、死刑)、逮捕監禁(3月~7年)、恐喝(10年以下)などと比較したとき、強姦の量刑が特に軽いようには思えません。むしろ強盗が異常に重いというべきです。ひったくりで怪我をさせても強盗致傷(6年~無期)が適用され、最低刑が殺人より重くなること考えればなおさらです。
また、強姦が親告罪であり、集団強姦がそうでないのは、単独犯では合意の有無等が必ずしも第三者にとって明らかでなく、そのために被害者の名誉が傷つけられやすいのに対し、集団強姦は誰の目にも明らかな犯罪行為であるからでしょう。特に知人が犯人である場合、社会の目は大きく異なります。
本当の問題は、痴漢の比較的悪質なケースから性交類似行為に至るケースまで一緒くたに強制猥褻として扱っていることでしょう。もう少しこれを細分化することで、犯罪の程度に即した処罰が可能になるのでないかと思います。