謎です。教えてください。
「一般人から離れる閾値」というエントリが人気です。みなさん、ありがとうございます。弟からも「同期が「カトゆー家断絶」経由でみてたぞ」という連絡をもらいました。姉として誇るべきか、謝るべきか、それが問題だと思いました。
それはともかく、自分でエントリを書いていたら、「げんしけん」の「アニメなのにやらしいのって何かかわいそうじゃん」という春日部さんの台詞を思い出して、「あ、そっか。普通の感性だとそうなんだよね」と思ったので、普通の感性を学ぶべく「げんしけん」を読み直してみました。
そしたら、「オタクはなろうと思ってなるもんじゃなくてさ も 気付いたらなってるんだって。だからやめる事もできねーんだと」と書いてあってなんだか納得してしまいました。私も一時期足を洗おうと思ったことがあった気もしますが…、現状についてのコメントは差し控えます。
そこで、謎に思ったのですが、世間の人は結婚した後など、いったいどうしているのでしょうか。やはり理解のある伴侶なのでしょうか。それとも、そういう物体は実家においておくとか処分するとかして、もう収集活動からは遠ざかっているのでしょうか。そんなに簡単に収集は諦められるものなのでしょうか。それとも愛が勝つのでしょうか。
謎で仕方がないものの、私はもともと友人とはそういう話をするほうではありません。(そもそも、「現在結婚している同性の友人で、オタクっぽい話をしたことのあって、今でも連絡がある」となると一人しか該当者がいませんでした…。女性の晩婚化が激しいからか、最初10文字を満たすだけでツライです)なので、明らかに私より濃い友人関係を持っている(と私は信じている)夫に聞いてみました。
「そういうのは意図的に聞いてないな」
…そうだよね。私も友人に聞くのはちょっと、って思ったもんなー。うーん。本当に謎だ。どなたか、お友達の例でもいいので教えてもらえないでしょうか。夫の友人の自己申告もお待ちしております。
中高と通った女子校の頃はなぜか後ろの黒板に外国人男性のヌードポスターが貼ってあったり、図書室にちょっとだけあった手塚治虫の漫画と一緒になぜか「トーマの心臓」がおいてあって「司書さん…」と思ったり、「その小説を読むとね、戦国武将の名前が覚えられるから日本史に有利なんだよ。よくない?」(120%間違いなく、一世を風靡した「炎の蜃気楼」という小説のシリーズ。普通の少女向けライトノベルレーベルであったはずの集英社コバルト文庫から普通に出版された甦り戦国アクションものかと思いきや、「最愛のあなたへ」あたりから、かなりおかしくなっていきました。全40巻のベストセラー。この小説の人気に対抗して、講談社が講談社X文庫ティーンズハートから分離したちょっと大人向けのホワイトハート(小野不由美の十二国記シリーズ(連載中)が有名ですが、今では…)ってレーベルや、角川が角川ルビー文庫(「のだめ」をみるたびに思い出してしまう富士見二丁目交響楽団シリーズ(連載中)が有名で既におかしいのですが、今に至っては…)を出して、時代がいっきにおかしくなっていって、そのうちAmazonにBLっていうジャンルが出現するに至ったと思います)と昼食のときに友達相手に力説しているクラスメイトの声が聞こえてきて「そういう勧め方でいいのか?」と思ったり、「○○先輩(女)ってカッコいいよね」と憧れるクラスメイトがいてファンクラブがあったり、同じ学校の誰々と誰々は実はつき合っていてしかも…という噂が流れたり、学園祭で演劇部が「櫻の園」(吉田秋生のほう)を上演して微妙なモノを感じたり、「近くの男子校にどうもあやしい二人がいる」というどうでもいい話をしていたり、受験生なのに友達はセンター前日にFF7を予約しに行ってたり、私は同じく受験生なのに行列見たさに近所のコンビニ並びに行ったり(今は亡きスクウェア・エニックスの小会社デジキューブが、コンビニ流通を成功させるために、当時の大人気ソフト(PSにスクエアが移籍(?)して一作目)のFF7の約8割をコンビニ流通に流したため、コンビニで行列ができました)、友達から「巡査今泉」(「古畑任三郎」をやった日の深夜枠の10分くらいの番組。今泉が古畑に対する愚痴をいうというだけの流れ。この番組で古畑のテーマへつけられた今泉を讃える歌詞が忘れられない。「いまいずみのしんたろー オレのでこのかがやきー」って歌詞だった。参考)のビデオを借りたら爆裂ハンターのオープニングと新世紀エヴァンゲリオンの2話のみとぷよ通のCMが入っていて「このセレクトはわけがわからん」と思ったり、良く漫画を貸してくれた知り合いのお姉さんがマイナーなとある漫画雑誌でデビューしてたり(大学入学後にふと話をしたら、夫はそのマイナーな漫画雑誌を買っていました。思えばあれも運命だったかもしれない…)、色んな種類のオタクっぽい人たちが普通に回りにいて平和だったなー、と思いました。みんな、元気かしら。
ところで、私は昔書いたものを残す派だったので、中学2年の頃から自分の書いたものはLhaで固めて保管してあります。私のPCがクラッシュしたのをきっかけにMacintoshにうつしたのですが、何故か今みてみようとしたら40近くあるファイルがすべて壊れていて解凍できなくなっていました…。OSの問題かしらとThinkpadにコピーして、Lhaのバージョンの問題かしらとMS-DOS用のLhaまでダウンロードしてきてコマンドラインから解凍してみましたが、びくともしません。何とか復旧させる方法はないでしょうか。…見ないほうが幸せだよ、ってことでしょうか。











壊れたファイルをネットに晒したらどこかの誰かが復旧してくれることでしょう.
問題は中身ですね.
内容が内容なだけに修復に私以外の人間の手が入るのはありえません!
でもそれ以外に方法がないなら死ぬ前の楽しみにとっておきます。死ぬ前までにLhaを修復できる職人のかたがいなくなりませんように。
笑われるかもしれませんが、この自分の記述や書き物の存在ゆえに昔のパソコンが捨てられず・・・実に愚かな状態になってます。
ただ、そのままスイッチ入れると再生できる点はまあちょっと安心かな(^^;)。
当然ネットにはつなげませんが。
あと、謎の件について。
これは多分付き合いのきっかけと今までの経緯によるのでしょうが、片方のある程度の諦め(というか「諦観」とストレートにかいた方が感じが伝わりやすい)と「愛が勝つ」が重要なのではなかろうかと。
結婚後?ろじゃあは若干?(相当?)世代がずれますので捨てられずに持っているものの属性がmichyさんとずれると思いますが(^^;)、例えばハヤカワのポケミスを500冊以上持ち続けることを許容してくれる相手でないと婚姻関係は維持できないのですね。
コミックスだとやはり同じぐらい(多分それ以上だな)、創元推理文庫やらハヤカワ文庫各種なりまでいれちまうと引越し時の住宅の選択肢が5LDK以下は考えられないなんて状況になるわけです。
ろじゃあからするとまだオタクといっても電子的に保存可能な世界でのコンテンツで悩む方の婚姻後の方がうらやましいっすねえ。
「そういうのは意図的に聞いてないな」
という相方さんのコメント。
正統派のオタクさまとお見受けいたしました(^^)。
昔のパソコン、きっとそのうち骨董的価値が出てくると思います。
やはり諦観と愛ですか。勉強になります。
私も「デジタル化したものに何の価値が?」と思うほうなので、デジタル化できるのはうらやましかったりしますが、今は自分所有のPCがない状況なのでデジタル化できても意味があったかどうか…。