2006年08月28日
「高校生が感動した『論語』」佐久協
慶応義塾高校で35年間漢文を教え、生徒によるアンケート最も人気のある授業をする先生として親しまれてきた著者が、論語の、主に孔子の言葉を訳したもの。原文、書き下し文も同時収録されています。
私はなにげに漢文好きで、Z会に連載されていた高校の範囲を超えた漢文の文法の記事(どれが主語でどれが動詞で、目的語がどうきて、だからどういうときにレ点をうつのか、というような記事。「ほほほ」とへんなしゃべりかたをする先生が登場してた気がする。おかげで英語と同じように読めばいいと分かったのは収穫だった。本で出してくれたら買ったのに…)をクリッピングしていたりしました。高校時代の教科書もとっておいたはずですが、どこかに消えました。
また、私はつねづね教育者として一番頼りにできるのは偏差値の高い私立中高一貫校の教員だという持論を持っています。大学の先生は派閥争いや研究に忙しそうなうえに、お給料も社会的地位もそれなりにあるので、「教えるのが好き」という人を押しのけて、別の動機を持った人が残る確率が高そうです。
その点、私立中高一貫校の先生は概して給料が低く(あくまで私の知ってる限り。そういえば慶応義塾高校は高給そうな気がする)、偏差値がある程度以上の私立だと、生徒が頭がいいから下手な教え方をしているとしっぺ返しをくったりするので、「教える」ということに情熱を持った人か何かを達観してる人(生徒にとっては大迷惑)でないと続かないような気がします。教えるのが好きな人は、頭のいい生徒を教えるのが好きそうですし、中学から高校まで一貫して教えられる、というのも魅力なので、中高一貫私立に教えるのが好きな教員が集まるのだと思ってます。予備校の授業も分かりやすくていいのですが、どうしても範囲が「大学受験」に限定されてしまうのが問題です。
そんなわけでタイトルと帯をみて本書は衝動買いしました。私の好みは、昔教科書でちょっと読んだ限りでは、思想家の中では性悪説の韓非がなのですが、韓非はかなり後期の人だった気がするし、そもそもの発祥は孔子の「論語」だと思うので、「論語」を読んでおくのも悪くないだろう、という考えです。もうブームは過ぎたのかもしれませんが、夫が「孫子の兵法」にはまっていたり、我が家は少し古代中国がはやっています。
B.C.500くらいに書かれた文書のはずのに、今にも当てはまることが多くてびっくりしました。最初は「何を当たり前のことばかり」と思って読んでいたのですが、2500年たっても変わらない真実に引き込まれていきました。訳文も読みやすいので、一気に読んでしました。
孔子が、質問する弟子の背景や日頃の態度にあわせて、質問への返事の仕方を変えているのは、「これぞ、教育だなあ」と思って感嘆しました。ここまできちっとオーダーメイドの教育してくれる人っていいなあ。部下に対して上司とは本来そうあるべきものなんだろうなあ、なんてことを思いました。
また、その「徳」を重んじる文書を読んで、「うんうん」と思うにつけ、今の日本に欠けているのは、ここに書かれているような徳や儒教の精神だなあ、と思いました。「儒教」というと、意味の無い年功序列や尊属殺人罪などの負の要素ばかりを思い出していた私ですが、西洋合理主義に犯されすぎていたかな、と思いました。手元に置くのにオススメの本です。
中でも私が感銘を受けたのは、以下の文書です。
弟子の子路とこんなやり取りをしたことがあるよ。
「もしも衞の君主に招かれて政治を任されたなら、先生は何から始めますか」
「官職の名前を点検して正しい名前にし、権限をきちんと文書化することかな」
「そんなことを最初になさるんですか。だから先生は遠回りだと言われちゃうんですよ。官職名など、どうだっていいじゃないですか」
「(中略)官職の名前や権限がきちんとしていなければ、命令がきちんと伝わらないじゃあないか。命令がきちんと伝わらなければ社会秩序は生まれない。社会秩序が生まれなければ人民が共有する社会規範も育たない。社会規範が育たなければ、裁判だって行えないじゃないか。裁判が行えないなら、国民はのんびり手足をのばしてくつろぐことすら出来やしないだろう。だから、道理の分かった政治家は、まず名称を正しくする。次に命令を発して施行する。そうすれば、出しっ放しで終わるような法律もなくなるんだよ。政治家というものは言葉を決して軽々しく厚かってはならないもんだぞ」
子路第13の3
そうだよねー!と思って、とりあえず「日本版SOX法」って通称は分かりにくいからどうにかして欲しいと思いました。「金融商品取引法」がぜんぜんピンとこないからこんな通称になったんだと思うんですけど、うーん。アメリカが法律名に人物名の通称をあてるのもどうにかして欲しいです。「米国企業改革法」って通称も「で?」って感じですが、「サーベンス・オクスリー法」よりは何のことか分かりやすいので、前者のほうが広まって欲しかったです。
弟子はいっぱい出てくるのですが、私はこの子路が好きです。質問がいつも直裁で、孔子の返答が分かりやすいんです。出来のいい弟子、例えば顔回への返答は私には理解しきれなかったので、きっと、子路はいつも突拍子もないことを聞いてる不肖の弟子で、孔子も気を使って分かりやすく具体的に説明してあげてたんだろうなあ、と思いました。
本の前書きに、「孔子マザコン説やホモセクシャル説を唱える生徒もいた」(どうでもいい注釈ですが、慶応義塾高校は男子校のようです)と書いてあって、「ダ・ヴィンチといい、有名な人は後で適当なこと言われて苦労するなあ。オスカー・ワイルドのホモセクシャルはガチだけど」と適当に読んでいたら、「弟子の死」の項目にあたってびっくりして、「ホモセクシャル説は言われても仕方が無い…」と思いました。
戦場ではぐれて、やっと顔をあわせたときに顔回が孔子に言った「子在(いま)す、回何ぞ敢えて死せん」は、私も夫に言われてみたい殺し文句だと思うし、孔子が顔回の葬式に泣き崩れたことを回想して、「夫(か)の人のために慟するにあらずして、誰が為めにかせん」は、「もう二人して勝手にやってください」って感じです。
それはともかく、なかなかおもしろかったので、「もっと孔子話を読みたい」と思って、ちょっと検索をかけたら顔回が主人公の「陋巷に在り」酒見賢一が見つかったので読もうとしたのですが、挫折しました。中国っぽいオカルトは嫌いじゃないし、蘊蓄がいっぱいあっても大丈夫、と思って読み始めたのですが、最初のサイコ戦あたりで、「何かが違う」と思ってしまいました。妙に現代っぽい感じが気に入らなかったのかもしれません。機会があったらまたトライしてみます。
井上靖の「孔子」は書評にあった、「新約聖書っぽい」という言葉に挫折を感じました。架空の弟子が語る、という設定も受け入れがたいですが、新約聖書はとても読みにくいしウザい、と常々思っていたので諦めました。
他の有名な本は難しそうだし、何か読みやすい孔子本はないものか。うーん。
投稿者 michy : 2006年08月28日 09:30 :
本や雑誌
> 書評(ノンフィクション)
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コメント
子路が主人公の小説なら、中島敦の「弟子」があります。新潮文庫の「山月記」という本に収録されています。
Posted by: 名無しさん : 2006年08月28日 11:47
すいません先程の名無しです。新潮文庫の本のタイトルは「李陵・山月記」でした。申し訳ございません。
孔子についての一番古い伝記は、おそらく史記の「世家」に収められているものだと思います。弟子についても史記の「列伝」のものでしょう。
これらと「論語」とで、自分なりの人間くさい孔子観をつくられるのが一番いいと思います。
Posted by: 名無しさん : 2006年08月28日 13:33
おお。懐かしい。
佐久の漢文を受けてたヒトです。
正直何も覚えてないがw
Posted by: raccoon : 2006年08月28日 14:53
>>名無しさん
ご紹介ありがとうございます。「弟子」はウェブにあったので読みました。おもしろかったです。こういうノリの長編があると嬉しいです。
「世家」は私に読めるでしょうか^^;;不安ですが、本屋でみてみます。
>>racoonさん
うらやましい〜。いいなぁ。夫も教師には恵まれてたっぽいし、受験を頑張る価値はこんなところにあるんだなー、と思います。
Posted by: michy : 2006年08月29日 20:02
中島敦の文体は、リズムがあって読みやすいですよね。筑摩文庫から全集が出ていますので気に入ったら買ってあげてください。
世家は、孔子のところだけ読み下し文が必要なら買うのはもったいないです。図書館におそらくあると、思いますのでそちらを利用されてはどうでしょう。「現代語訳でいいや」という場合は筑摩学術文庫から発行されてます。
併せて論語(岩波文庫)もどうぞ。
Posted by: 名無しさん : 2006年08月30日 14:10

