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2006年10月16日

カポジ水痘様発疹症と、人による感覚の違いと、医師という肩書きの意味 ブックマークに追加する

「皮膚病でも救急に行ったほうがいい場合があるという教訓のある長い皮膚病の物語」に「うーん」さんから以下のコメントを頂きました。

コメントを書こうとしたのですが、かなり長くなりそうなので、エントリをたてています。長いですが、冗長に書いてしまうのは私のくせなので許してください。上司に「他の人に比べて神経質なほど長いメールを書いてるよね。だから疲れるんじゃない?」と言われたのですが、手を抜くほうが精神的には疲れる性分なのです…。だから、どうしても長く書いてしまう話題を短く端的に書かなくてはいけないときは、長く書いてから削るという行為をしてるので、実は短いメールのほうが手間がかかるときもあります。

生兵法怪我の基、という言葉がありますが…

皮膚病で救急に飛び込むなんて、アホの所業といわざるを得ません。「かゆみ止めと軟膏を出すからまた週明けに来てください」といわれるのが落ちです。救急は深夜土日でもやってるコンビニ病院ではなく、「明日まで命が持つか持たないか」「今すぐ手当てが必要か否か」の瀬戸際の患者が行くところです。
確かにヘルペス脳炎という病気はあるかもしれませんが、それならそれ相応の症状が出ます。そうなったら、嗅球病院に行けばいいのです。単に「痒いな」程度では救急病院に行く理由がありません。

はじめに行かれた病院での対応にご不満があるようですが、(程度の差こそあれ)それはおそらくどの病院でも変わらない光景でしょう。皮膚科医が当直している病院なんてほとんど無いでしょうから。決してはじめの病院の先生が無能だったのでも、総合病院の皮膚科の先生が有能だったのでもありません。
本やネットでご自身の病気についてお調べになる事は大変素晴らしいことだと思いますが、あくまでもあなたは所詮素人考えであり、ご自身の判断で「なんたら水がいい」「ステロイドは関係ない」「脳炎になっていたかも」なんて思い込まないほうがよいと思います。すべてハズレですから。

私自身も成人型アトピーですが、この病気は一生物です。michyさんも、早く信頼できるお医者さんにめぐり合って、一緒に治療して行けると良いですね。お大事にして下さい。

まずは最初にあんまり論点とは関係ないものの、事実誤認かと私が思ってしまった箇所がありますので、簡単なコメントをします。

決してはじめの病院の先生が無能だったのでも、総合病院の皮膚科の先生が有能だったのでもありません。

最初に行った病院も、「日曜日にも営業している」という非日常性はあるものの、その病院では日曜日は通常の営業日です。だから、診察してもらったのは皮膚科の看板を掲げた病院の皮膚科の医師です。他の科も一人で視てるようでしたが、彼は別に当直医だったわけでもなんでもありません。(日曜のみの担当医かもしれませんが、そんなのは病院の事情でしょう)私が内科のみの看板を掲げている医者に行って満足な診察を受けられなかったら理解できますが、私は皮膚科の看板を掲げている病院に行っています。

だから、私としては最初の医師の皮膚科の医師としての能力は、間違いなく次の日に行った総合病院の医師より下だと思っています。また、最初の医師の知識程度では、皮膚科を標榜して欲しくないと思っています。この点は、麻酔科医以外について看板にうたう診療科の制限の無い現在の医師免許制度の欠陥だと思っています。

そもそも、最初の医師は患者への高圧的な姿勢をとったりする時点で、医師としての態度にも問題があると思っています。これについては国民皆保険制度のもと、「医師」という保険の適用出来る医薬品の処方他医の療行為が行えるという特権的な資格に、定年制も更新性ももたせていないことの弊害だと思っています。

なんだか関係ないことについて話が及んでしまいましたが、本題に入ります。私としては3点ほど「うーん」さんの理解と私の理解について違いがあると思う箇所があるので、まず3点を説明させてください。

一つ目は、「カポジ水痘様発疹症」という病気についてです。「アトピーの状態がひどいとよくなる」と書いたせいで誤解されたのかもしれませんが、ただのアトピーの悪化ではありません。簡単にいうと、アトピーとヘルペスの合併症ということになります。

ヘルペスについては、「ヘルペスについてもう悩まない」を参照していただけると分かりやすいかと思うのですが、ヘルペスはヘルペスウィルスに感染してなる病気です。ウィルスに感染するとウィルスは神経細胞にひそみます。体の免疫力の低下などによって発症し、数個の水泡ができてむずむずとかゆくなり、痛くなり、赤く腫れます。痛みは場合によって違うようですが、広範囲に感染しないような単純ヘルペスや性器ヘルペスなどでも痛いです。あるだけでひどく痛いしかゆいんですが、何かへの接触(下着など)は激痛を伴う場合も多く、性器ヘルペスの場合は排尿困難のため尿道カテーテルをいれて入院する患者がいます。

カポジ水痘様発疹症は、そのヘルペスがアトピーの箇所に広がって重傷化したと考えられるものです。ただ、アトピーでも通常の唇ヘルペスのみで終わる場合とカポジ水痘様発疹症になる場合の区別はついていないようです。(参考:アトピー性皮膚炎とウィルス感染症)私の場合でもまぶたや目の横などのアトピーではない場所にも広がりましたので、「アトピーになっている弱い皮膚に感染する」というのも適当ではないと思っています。そもそもカポジ水痘様発疹症の研究が十分ではないため、どのような条件のもとに広がるのか分かっていないようです。皮膚のバリア機能の低下やストレスによる免疫力の低下が原因ではないかと考えられているようです。ただ、私は「ストレス性」というのは原因不明のときに西洋医学が持ち出す逃げだと思っていますので、つまり原因不明ってことだと思っています。

なお、どの程度のアトピーなら感染の可能性があるのかということで、私が治った場合の皮膚の写真を「皮膚病でも救急に行ったほうがいい場合があるという教訓のある長い皮膚病の物語」に追加しました。個人的には市販薬でコントロールできる範囲内でさほどひどいとは思いません。ここまで広がったのはひさびさですが、幼いときまでたどれば過去にこれよりひどいアトピーになったことは何度もあります。

そして、発症の「条件」さえそろえばヘルペスウィルスの感染力は非常に強く、短時間で広範囲に拡大します。手をうつのがおそければどこに感染するのか分かりません。放っておけばヘルペス脳炎や角膜ヘルペスになる可能性も低くはないと考えています。(そもそも研究が少ないのでデータはありませんが…)(なお、疫学的には上半身はHSV-1、下半身はHSV-2だと言われているようです)また、水泡による激痛やかゆみの他に38度以上の発熱、リンパの腫れ、倦怠感を伴うことが多いです。私の場合については、当初の、風邪かも、という状態がヘルペスによる発熱だったのか、発症を誘因した風邪による倦怠感だったのか不明です。38度程度の発熱だと、バイオリズムの問題などによる通常の体調不良と区別がつきません。判明したあたりからは、リンパの腫れは私は痛みを感じることがあるけど「病的」とはされない程度、熱は平熱より5分あがったくらい、倦怠感は常に伴っているので評価不可能、という感じでした。

ヘルペス脳炎についてコメントされていたので少し調べた限りの症状を述べますと、症状は多彩で外見から区別することは困難であるようです。発熱と不随意運動のみという場合もあったようです。また、もしなってしまった場合の予後は抗ウィルス剤が出来た現在でもよくなく、1/3に後遺症が残るようです。(参考:IDWR:感染症の話 ヘルペス脳炎

そして、このヘルペス一般に現在一番有効だと考えられているのが、医師の処方が必要な抗ウィルス剤の服用です。効果は私が体験した限り劇的です。また、ステロイドは免疫力を低下させますので、逆効果で、むしろヘルペスを悪化させます。

ただ、医師も無知で「ステロイドは皮膚病の万能薬」と信じてヘルペスなのに処方する人がいるのが現状のようです。(参考:「感染症 と ステロイド」。その他「ヘルペス ステロイド」で検索するとたくさん事例が出てきます)

二つ目は、「人による感覚の違い」です。ヘルペスの激しさの程度は人によって違うものですが、そもそも「痛覚」という感覚に対する感受性や耐久性も人によって違います。(他にも、聴覚、視覚、触覚などなどいろんな感覚の過敏がありますし、反対に鈍感であることもあります)

あなたが耐えられる痛みだから、他の人も耐えられると思わないでください。あなたが痛くないから、他の人も痛くないと思わないでください。あなたが耐えられるという痛さに耐えられない人間を、「アイツは我慢が足らないだけだ」なんて考えていませんでしょうか。

現在は自閉症(そもそもこの病気が極端に範囲を狭めて誤解されていると思っていて、「自閉スペクトラム」という理解が正しいと考えています)に関連してしか調査されていないようですが、脳の構造上の違い(たぶん、シナプスでの信号の伝わり具合の問題)で、同じ刺激でも人(というか脳)によって感じ方が違う場合があることが分かっています。同様にというか関連して、許容限度も違うでしょう。

三つ目は、「医師という肩書きの意味」です。日本での医師というのは、医学部に学び、医師国家試験に合格して、法律の元に「医療」を行うことを認められている人で、それ以上の意味はありません。(1999年からは臨床研修が義務化されたようです)

前述しましたように、定年制も更新性もまったくありません。生涯有効で、麻酔科をのぞけば診療科の制限もありません。Wikipediaに掲載されていた米国、ドイツ、イギリスを例をみても、このような生涯有効で診療科を限定しない医師資格はありません。

また、日本では国民皆保険制度をとっているので、値段による競争原理が働きません。どんなに時間をかけて良い診療をしてくれても保健点数以上のものは支払えません。

欧米では自己責任で薬局で購入できる薬も多くありますが、日本では医師の処方する処方箋がなければ入手できない薬が多すぎます。(参考:JOHC 諸外国の薬事行政)また、その処方薬の認可をする厚生省は、国内製薬会社に配慮して、同タイプの薬を国内製薬会社が開発するまで認可を下ろさないようなことが平気で行っています。特許切れの薬を他メーカーが格安で発売するジェネリック医薬品も欧米では数十年前から一般的でしたが、日本では耐えられない医療費の高騰をうけてつい最近始まったばかりです。

このため「処方箋」を書ける特権階級である医師に自分の会社の薬を処方してもらおうと、MRと呼ばれる製薬会社の担当者が医師を過剰に接待していたのはご存知の通りです。

国民を危険な薬から守っている、といえば聞こえがいいですが、実際には医師と製薬会社が既得権益を確保するために必死であり、必要な薬を必要なときに入手できない人が多発しているのが現状です。

以上を元にコメントします。

皮膚病で救急に飛び込むなんて、アホの所業といわざるを得ません。「かゆみ止めと軟膏を出すからまた週明けに来てください」といわれるのが落ちです。救急は深夜土日でもやってるコンビニ病院ではなく、「明日まで命が持つか持たないか」「今すぐ手当てが必要か否か」の瀬戸際の患者が行くところです。

カポジ水痘様発疹症が「今すぐ手当が必要」な病気であることは上記の説明からご理解いただけたと思います。私を含めアトピーを長く患っていると皮膚病を軽くみがちですが、そのような油断をせずに、「実は怖い場合もある」ということを知っていただきたくて前のエントリを書きました。

救急が夜間土日でもやっているコンビニ病院ではないと私も思っているので、前のエントリでも「内臓じゃなくて皮膚だし、救急病院に行くまでのこととは思いませんでした」と書いたのですが、分かりにくかったでしょうか。

確かにヘルペス脳炎という病気はあるかもしれませんが、それならそれ相応の症状が出ます。そうなったら、嗅球病院に行けばいいのです。

上記に書きましたように、そもそもヘルペス脳炎の症状が分かりにくいこと(症状の分かりやすい脳炎があるのかどうかは知りませんが)、またヘルペスはウィルス性で感染することと、脳炎になってからでは予後がよくないことのため、ヘルペス脳炎になってから救急病院に行っていたのでは手遅れになる可能性があります。

単に「痒いな」程度では救急病院に行く理由がありません。

私の場合は、「単にかゆいな」という程度ではありませんでした。いきなりあちこちに多数できた水泡が赤くなり、痛みはひどく、痛みをがまんして水泡をつぶそうとしてもかゆくてそれもままならないという状況です。かなり強い睡眠薬を飲んでいるのに、1時間毎に目を覚ますような状態がどのような状態か想像してください。おそらくもっとつらい人もいるでしょう。

はじめに行かれた病院での対応にご不満があるようですが、(程度の差こそあれ)それはおそらくどの病院でも変わらない光景でしょう。皮膚科医が当直している病院なんてほとんど無いでしょうから。

土日や休日に揃って休みをとる病院という業界において、救急の必要性がある場合があるのに皮膚科の医師がほとんど当直していない現状については、遺憾としかいいようがありません。

「需要があまりない」ということなら、病院間をつなぐネットでの画像診断システムでもくめばいいと思うのですが、医療業界は既得権益がおかされると考えているのか、ITの導入にはアレルギーのあるところが多いように思います。

また、総合病院の医師曰く、少なくとも私の場合はタクシー圏内に皮膚科をみれる医師の当直してそうな病院があるようです。(「日曜日などに再発した場合にどうすればいいか?」と相談すると、そこの救急に行くように、と医師に勧められました)自分の体が丈夫ではないのは分かっているので、大きな病院が近くにたくさんあるところにマンションを買いました。正直、田舎である実家の近くでは病院に嫌な思い出しかないのでよほどのことがないと病院にかかる気がしませんし、そもそも帰りたくありません。このようにいくらかは自衛することはできます。

また、「ほとんどない」とのことですが電話で問い合わせればそのような医師がいるかどうかは答えてくれるでしょうし、正直、私はとても苦しかったので片道2〜3時間程度なら救急病院に行くと思います。それ以上も状態によっては行きます。多少は発熱もしていましたし、倦怠感もありましたが、それでも何も出来ず家で横になっているのが一番ツライです。

本やネットでご自身の病気についてお調べになる事は大変素晴らしいことだと思いますが、あくまでもあなたは所詮素人考えであり、ご自身の判断で「なんたら水がいい」「ステロイドは関係ない」「脳炎になっていたかも」なんて思い込まないほうがよいと思います。すべてハズレですから。

医師はそれで食べてるんだからプロだからとは思いますが、素人よりプロのほうが診療科のすべてにおいて知識がまさっていると考えられる理由はなんでしょうか。医療はどんどん進みますが、それについて勉強している医師はどれだけいるでしょうか。診療科を掲げている医師は本当にその診療科について、卒業後も学んでいるのでしょうか。

おっしゃっていることは「弁護士なんだから法律にはすべてにおいて素人より詳しいはずだ。それ以外の素人は余計なコメントをするな」や「東大を卒業したんだから、専攻についてはすべてにおいてそれ以外の偏差値の低い大学の学生より詳しいはずだ。それ以外の無知なやつは余計なコメントをするな」などというのと同じ響きを感じます。前者においては職業上分かりますが、弁護士もピンキリです。大会社の大きな契約ばかりみているため、市井の小さな契約の杜撰さについては存在を認識していない弁護士もいます。そういうときは小さな会社のそれこそ法務部もないような総務の担当者のほうが詳しい場合もあるでしょう。また、後者のばかばかしさについてはコメントするまでもないと思います。

また、患者は自分が苦しんでいるから必死で調べますし、勉強します。医師は診察するだけで、患者の苦痛は分かりません。いちいち患者に感情移入していたら心がもたないでしょうから、ある程度冷静になるのは必要だと思います。しかし、どうしても他人事ですから苦しみは分かりませんし、そのために勉強不足や間違った対応をしても心に感じる痛みは本人より弱いはずです。

例えば、私が現在かかっている医師に言われた衝撃的な言葉があります。

その医師は精神科のお医者さんで良いお医者さんだと今でも思っています。ある日、腹部の痛みによる苦痛がひどいこととそれによって誘発される片頭痛がつらいことを訴えました。(なお、片頭痛用痛み止め(一ヶ月10日)、通常の消炎鎮痛剤(一ヶ月15日)ともに一ヶ月に飲める日数制限があります。それを超えると逆に薬剤性の頭痛を引き起こすとされています。なので、痛み止めは飲める量に制限があります。そもそも痛み止めが効かないこともありますが…)腹部なのでイマイチ何科か分からず、婦人科と内科を回っていろいろ検査してもらってお薬をもらったりしたけど便秘がちなところ以外原因不明で便秘についてはお薬をもらったものの、まだ痛みがつらいことも伝えました。

そしたら、「婦人科と内科で検査しても異常がないということは問題はないのだから、痛みがあることは気にしないでいきましょう」と言われ、「痛みがつらいって言ってるじゃん。気にしなくてすむ程度の痛みだと思ってたのかよ!!」となんとも反応できなかったことがあります。

精神面で効きそうなお薬は既にもらっていますし、西洋医学的に手の打ちようがないのは分かるので、医師としては配慮した答えのつもりだとは分かります。しかし、ひどい疼痛とそれに誘発される片頭痛で何週間も苦しんでいた私には、医師と自分との間に埋まらない溝がみえました。

また、私の祖母は寝たきりで施設にいるのですが、いきなり水泡が体中にできる病気にかかりました。水泡はどんどん広がり痛みを伴うものです。診察した医師はずっと「原因不明です」と言っていたたそうです。(私の場合のように、いきなりはずした診断を断定しなかっただけ良心的な医師ではあると思いますが)

父がみかねてインターネットでいろいろ調べていたところ、「天疱瘡」という高齢者で発症することの多い自己免疫疾患の難病ではないか、と思ったそうです。

医師にそう伝えると、医師はその病名を初めて聞いたようで医学事典をひき(知らない言葉を聞いた時点で医学事典をひくのはいい医者だとは思いますが…)、「うーん」と考えこみ、効くとされるステロイドの錠剤を処方していったものの天疱瘡であるとは今に至るまでは一度も認めたことはないそうです。施設に入っているので、「この薬は何のためのものか?」と看護士が聞くそうですが、そこで看護士に対してのみ「天疱瘡」と答えたそうです。

なお、免疫疾患の難病には、総じてほぼステロイドの飲み薬を処方し続けるしかないのが現状だと思います。まして、天疱瘡は初期には「高濃度」のステロイドの投与が推奨されている疾患で、ステロイドの投与がなくなることはまれです。(参考:難病情報センター | 天疱瘡 診断/治療指針)しかし、その医師はステロイドの調整方法がよく分からないうえに「ステロイドは免疫を落とすから」と危険性ばかり意識していたらしく、水泡が消えたらすぐにステロイドの飲み薬の投与をやめることを繰り返し、数ヶ月の間に2度再発をさせたそうです。

医師がすべてにおいて患者より知識をもっていることなんてありません。「素人判断」のほうがまさっている場合のことがあります。ましてや、自分や家族のことですから必死さが違います。知識の足りない場合の素人判断は危険な要素はあわせもっていることは、私がカポジ水痘様発疹症をアトピーの悪化だとたかがくくってステロイドを塗っていたことから理解できます。(もっとも赤みもなく痛みのひどくない初期症状の時点で総合病院ではなく、近所の普通の皮膚科にかかっていたとして、それがカポジ水痘様発疹症である見抜けていたかどうかはヘルペスの誤診の多さをネットでみても謎ですが…)

しかし、そもそも現在の日本の医療を現状を考える限り、私に言わせれば「素人判断はやめろ。まず間違っている」といって聞く耳をもたなかったり知識をもつ患者を嫌がったりする医師は既得権益を守りたいだけの存在にしか思えません。

また、「かかりつけの医師でないから情報がなくてわからない」なんて文句は、患者に必要な病気や薬の情報を伝えないで、自分たちだけで情報を独占している弊害だと考えています。(薬局でもらう薬の説明は使えない度満点です…)「カルテがないと分からない?」何でカルテ記述の標準化や電子化、患者へのコピーの手渡しなどを進めないのでしょうか。私には理解できません。

私は前のエントリやこのエントリを書くことで、一人でも多くの人がこのような病気がある事を知り、似たような体験をしたときや患者が来たときにに「もしかして?」と思い出してもらえたら、それだけで書いた意味があると考えています。患者が「○○でしょうか?」と聞いて、医師がその場で調べるだけで意味があると思います。

私自身も成人型アトピーですが、この病気は一生物です。michyさんも、早く信頼できるお医者さんにめぐり合って、一緒に治療して行けると良いですね。お大事にして下さい。

一生ものですね。私も「寛解」と呼べる場合はあっても「治る」ということはないと考えています。

しかし、「信頼できるお医者さんにめぐり合って」というのは簡単ではないですね。今はずっと家だからいつでも病院に行けますが(しかし外出すら困難に感じることも多いのが実情ですが)、勤め人だと病院に行くには休みをとる必要があります。また、良い病院はまず混んでいるのですが、私は病院のような人がたくさんいる環境に長時間いるのが精神的に苦痛で、すぐに気分がわるくなりますし、簡単に片頭痛になります。それじゃあ、とすいてる普通の病院に行くとかなりの確率で変な医師のおかしな対応にあたりイヤな思いをします。しかも、ステロイドは薬局で買えます。そんなわけでなじみの皮膚科をつくるのに二の足をふんでいました。

でも、けがの功名か、評判どおり近所の総合病院の皮膚科の医師が良かったので皮膚の状態がおかしなことがあったら、なるべく開いてる時間にそこに行きたいと思います。

と、長々と書いてきましたが、一人一人いろいろな考え方があると思いますので、私の考え方に100%同意して欲しいわけではありません。ただ、「アホの所業」ではなく、「そういう考え方もあるんだ」くらいに理解をレベルアップしていただけると嬉しいです。

また、「救急に行っても手が打てなかった」という例として、薫日記の「たらいまわし」を参考までにリンクいたします。このような状態を放置している日本の医療はおかしいと思います。

(追記061027)意図が伝わっていないところが多々あるようですので、エントリ内でもいくつか追記しましたが、重ねて前のエントリのコメントから引用です。

「救急指定の病院に」と書いたのは、総合病院の医者に再発したらどうすべきか相談したら救急に行くべきだと言われたからです。再発に備えて薬を出せないかと訪ねると保険法違反になると断られました。そして皮膚科の医者のいる救急ってことで近くの大学病院を教えてもらいました。

また、「欧米では自己責任で薬局で購入できる薬も多くありますが、日本では医師の処方する処方箋がなければ入手できない薬が多すぎます。」では説明不足なようなので述べると、抗ウィルス薬は日本では市販してません。どんなに緊急に飲みたくて、費用は全部自己負担でいいし、責任は自分でとる、と考えても医師に処方してもらわないと飲めないのが現状です。(抗ウィルス薬についての諸外国の現状は未調査です)

投稿者 michy : 2006年10月16日 12:10 : 健康、医療 |    

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コメント

 ①はミッチィーさんのおっしゃるとおりです(私の専門外ですが、皮膚科のDrに確認しました)。

 ②はあたった医師が悪かったんでしょうねぇ。うちの病院なんかみんな言葉尻をとられないように低姿勢ですよ。「こういう病状です。これには、こんな治療法とあんな治療法があります。どうしますかあなたが決めてください」てな会話を救急でもやります。これは、付き添いの人にはたまらんかもしれません。

 ところで、michyさんは「風邪」をひいたこことがありまよね?そのとき、医者に行ってどういわれましたか?「風邪」といわれましたか?僕はそういう医師はだめだと思います。風邪といわれる症状も色々ありますよね。それをすべて風邪と言ってしまうのではなくそれぞれの微妙な症状のちがいに応じた処方を下すのが本当の優れた内科系の医師だと思います。(精神科医が薬をあたりを見つけながら逐次投入するみたいだな)

 

Posted by: 関西人の名無しさん : 2006年10月16日 13:32

ご専門なのに、医療不信バリバリのエントリにコメントいただきありがとうございます!

2についてですが、良い医療機関にお勤めなんですね!

私は、医師だって人間だから間違えることもあるし、そもそも医師が医療行為の結果についてすべての責任を負えるわけではないんだから、責任を負えないところについては、きちんと説明し患者に選択させるのが重要だと思っています。

確かに、医師にとっても患者にとっても手間ではあります。患者側は何も考えずに医師にすべてをゆだね、何か起こったらすべて医師のせいにするというのもある意味、楽かもしれません。しかし、医療が高度化してきた昨今、そのような状態は医師に負いきれない過剰な責任を求めているだけだと思います。

私も仕事では「部門として責任をとれないことを言うな。きちんとした部署に確認すべし」と考えています。いきすぎるとビューロクラティックになりますし、加減が分からなくて、まだ間違ってしまうことがありますが、人間が完璧でなく「ヒューマンエラー」というものが存在する以上、重要なことだと思っています。

また、風邪については、今の内科のかかりつけのお医者さんは「胃からくる風邪」とかそういう風に表現している気がします。風邪の場合に出すお薬の、症状に応じた処方は当然だと考えていたので、そうじゃない医師もいるんだ、と知ってびっくりしました…。

Posted by: michy : 2006年10月16日 19:35

個人の精神科→働いてる看護士(もどきかも)→病院関係者→大学病院の先生
という風に相談していたことがバラされた人がここにひとり
風俗にいったら直で先生に告げ口されて女性の先生だったけど軽蔑された扱いされているひとがここにひとり
(もしかしたら上の方は普通に会話プライバシー無死されてる可能性ありあり)
(TдT)

Posted by: とたかさん : 2006年10月20日 11:57

症例は多く知りたい気持ちは重要だと思うのですが、個人を特定できる情報つきで、かつそれが本人にわかる(ってことは周りにも伝わってる??)ってヤな感じですね。

風俗は、合法なんだから個人の自由だと思うんですけどね。(管理売春等の禁止されている日本におけるソープについては、賭博の禁止されているパチンコと同じで興味深い問題)

Posted by: michy : 2006年10月20日 22:53

専門家って論争好きでプライドが高い。
最近ブルームバーグのログイン直後に出てくる画面に
「相手はあなたに反対なのではなく、自分に賛成なのだ」という言葉を発見して、なるほどと思った。
最初のお医者さんも症例を知らなかったお医者さんもその類の人かな。

Posted by: rui : 2007年02月10日 10:44

ブルムバーグの言葉は含蓄があるなあ。私も自分の専門領域で同じように振る舞ってないか、と言われると、「そのつもりではあるけど…」と口ごもってしまう。

母親が「最近のお医者さんほど、そういう人が多い気がする」って言っていて、経験年数の問題もあるんだろうけど、なんだか悲しくなりました。田舎にどういう医師が来てくれるのかって問題もあるのかもしれないけど。

Posted by: michy : 2007年02月21日 21:03

法曹の方でもおわかりかと思いますが、
プロの方とアマチュアの方の知識の差、運用の差、経験の差というのは相当なものです。
・・・・
素人よりプロのほうが診療科のすべてにおいて知識がまさっていると考えられる理由
・・・・
すべてにおいて素人に勝っているとは思いませんが、様々な独立した知識を統合する段階においては圧倒的に差がつくでしょう。
それは弁護士?(ちがったらごめんなさい)であるあなたにもよくわかることだと思います。
プロフェッショナルとアマチュアの差というのは専門性が高いほど大きいものです。
逆に、あまり程度の高くないプロフェッショナルの方(例えば弁護士になりきれなかった司法書士、さらにそれもとれないような方)ほど、知識の差が小さいものと考えて、プロフェッショナルの意見にちょっと無理のあるロジックを投げることが多いように思います。本人が中途半端なプロなので、アマチュアとの知識が小さいことをわかっているのでしょう。しかし本来のプロフェッショナルであればその差が大きいことは自明と感じているはずです。(あくまでも診察室での経験ですが。)

例えば、「微妙な症状のちがいに応じた処方をするのが優秀な内科医」と、医師が発言することはまずありません。どちらかというと薬剤師のそれに近い。それがわかるかどうか、これがプロとアマの差、としてもよいでしょう。

Posted by: 法曹のかた : 2007年03月04日 15:09

私はむしろアマとプロで知識に差があるからこそ、プロフェッショナルは自分の知識に常に疑問をはさみ、謙虚な姿勢でいて、相手の話を聞くものだと思っています。

「自分の知識が勝っている」と思ってしまうと、どうしても相手の話を自分の分かっている知識のフレームワークに落としてしまいがちです。しかし、「自分の持っている知識」というのが完璧なわけではないし、今相対している相手が今まで会って来たクライアントとはまったく違うタイプの症状を呈する人間かもしれません。

ある意味、100%完璧な診察をするなら相手の話に対して謙虚である必要はないのかもしれません。しかし、「すべてにおいて素人にまさっている」とはいえないのだから、常に「これは今までのフレームワークや知識ではかれない問題なのではなないか」と自分の姿勢や知識に疑問を払う姿勢がプロだと思ってます。

その可能性を排する人は進歩できないと思うし、私はそういう人と付き合いたくないし、そういう姿勢の人はなるべく私の周りからいなくなってくれると嬉しいで「ふりかかる火の粉は払う」というような姿勢でこんなことを書いています。

また、残念ながら私は弁護士ではありません。どちらかというと、弁護士じゃないから「法解釈とかは弁護士に任せておけばよくて私は別の仕事をしよう」と思っていた立場の人間になります。司法試験の受験をしていたこともあるので「弁護士になれなかった」といえばそうかもしれません。

…相手を信頼するかどうかを決めるのは肩書き(国の認可)じゃなくて自分で、肩書きは信頼するまでのステップを簡単にするものでしかないと思ってます。除く、法令で制限されている業務、です。

Posted by: michy : 2007年03月07日 19:32

繰り返します。

「すべてにおいて素人に勝っているとは思いませんが、様々な独立した知識を統合する段階においては圧倒的に差がつくでしょう。」

ということです。
知識を身につける姿勢の差を問題にしていません。知識とその運用、統合、背景にある知識の差が圧倒的に大きい、と言っているのです。 プロフェッショナルであればあるほど、その差をわかっているので、他のプロフェッショナルに敬意を払います。逆に敬意を払えない人は、それなりのプロフェッショナリティしか持ち合わせていないということです。

あなたはどちらでしょうか?

Posted by: ともかく : 2007年03月12日 08:53

患者を素人、と思うからおかしいのではないでしょうか。

医者は、病気に関するプロ、なのでしょう。
患者は、その個体に関するプロ、なのでしょう。

患者が他のプロフェッショナルと協同で問題を解決しようとしているのに対し、
一部の医者は・・・?

ということかな。

Posted by: sakura : 2007年03月13日 20:48

>>ともかくさん
>>「すべてにおいて素人に勝っているとは思いませんが、様々な独立した知識を統合する段階においては圧倒的に差がつくでしょう。」

前のコメントでは私の文書力不足のために伝わりにくかったのかもしれませんが、繰り返しおっしゃられているこの点についてエントリでもコメントでも否定したつもりはありませんし、そのことを問題にしたつもりもありません。また、プロがどうやって知識を身につけるかを問題にしたつもりはありません。

私が一貫して問題にしたいのは、プロがクライアント(主としてプロが生計をたてている業界においてはアマチュア)に対して接するときの姿勢の問題や、それに対してのクライアント側の心構えです。そして、それは知識の差が圧倒的だろうとそうでなかろうと、プロ側が無膠でないなら一緒の問題だと考えています。

>>敬意を払えない人は、それなりのプロフェッショナリティしか持ち合わせていないということです。あなたはどちらでしょうか?

私は、私のことをクライアントとして扱い誠実に扱う相手には敬意をもっているつもりですが、肩書きがどうであれそうでない相手に対して敬意を持たないこともあります。ですので、「病気にかかって病院にかかっているのに医師の肩書きをもつ人間に対して敬意を持たない」こともあるでしょう。それに対して、「お前のプロフェッショナリティはその程度だ」と、ともかくさんが思われるのでしたら、そう判断していただいて問題ありません。私は違うと考えていますので意見の相違ということだと思います。

繰り返しになりますが、私は、相手を信頼する(=敬意をもつ)かどうかを決めるのは肩書き(国の認可)じゃなくて自分で、肩書きは信頼するまでのステップを簡単にするものでしかないと思ってます。

>>sakuraさん
私のつたない文書から文意を読み取っていただきありがとうございます。そうか、そう書けばよかったんですね。

私はまさにおっしゃるとおりでありたいと思っています。例に出した弁護士/総務部も同じロジックのつもりです。

堀場製作所の堀場さんが「天は二物を与えず、ということは必ず一物は与えるということだ」とおっしゃっていたのですが、つまりは人間どんな人でも人に誇れるところはあるはずだし、強みにできることはあるはずということかな、と思いました。無為に過ごした日々があると思えば、無為に日々を過ごした覚えのない人と違った風景が見えて、無為に過ごした日々があると思う人の気持ちが分かると思いますし、苦手なことがあるなら苦手なことのない人の分からない、苦手なことがある気持ちがわかると思ってます。

そういう意味で、人はその人の人生においてプロである資質があって生き方や職業に貴賤などない、と思います。(といいつつ、「プロだ」ではなく「プロである資質」という言葉を使ってしまうことや、「プロとはこうだと思う」と言ってしまうことは矛盾していますが、それは人間、結局は自分の生き方を肯定したいからだろうなあ、と思ってます。そういう欲望を煩悩というのかもしれません)

Posted by: michy : 2007年03月14日 05:14

ご返信ありがとうございます。

なるほど、わかりました。
結局、肩書きがプロフェッショナリティが交換可能か、ということが気になっていたんですね。なるほど、なるほど。やっとわかりました。

michyさんの定義されるプロフェショナリティで考えると、おっしゃる通りだと思います。それらは全く別の次元の問題ですよね。

プロフェッショナリティは職に属していると仮定します。とすれば、異なる職業で同様のプロフェッショナリティを求めるのは酷でしょうね。同様に、弁護士さんと法務部の方では求められる機能・知識・経験が違う。医師と「他のコメディカルの方」でも同様です。どちらが優れているというわけではなく、ただ、違うんです。

プロフェショナリティの定義の話しをしてもしょうがないので、これはここら辺にしましょう。

一方、肩書きは知識、経験、機能の違いのバロメーターにはなりえます。例えば、医師になくて、看護士さんにあるもの、となると「看護学」というものになるらしいです。私は知識不足で、看護学が何をやろうとしているのか理解していませんが、そういうものがあるらしいです。別にどちらが偉いというわけではなくて、どちらがどこでどれだけ必要とされているか、が違うんです。

おそらく、弁護士の方と法務の方というのも同じようなものなんでしょうか?法曹のことはよくわかりませんが、法務部の方には弁護士さんや私にはわからない何か「曖昧なvalue」みたいなのがあるんでしょうね。

その曖昧なvalueが、michyさんおっしゃるところの「信頼されるために必要なもの」であれば、肩書きはただのブランド(シグナリング効果ですね)でしかないと言えるかもしれませんね。

その法務の方が持っている何か「信頼を得られるようなもの」、というのは肩書きのある方には存在しないことが多いのでしょうか?言い換えると、肩書きがあることをもって、「信頼を得られるようなもの」が、肩書きがないものに比べ、足りない可能性が高い、と言えるのでしょうか?わかるかな、、、すいませんね、文章下手で。 うーん、さらに言い換えると、肩書きが負のシグナルになる根拠が希薄、ということです。

Posted by: : 2007年03月14日 15:31

そうそう、

>知識をもつ患者を嫌がったりする

とありますが、
「正確な」知識を持つ患者
は大歓迎です!

一番対処に困るのは「不正確な知識を持つ患者で、訂正不可能な場合」
に限ります。対処に困るだけで、嫌うわけではありません。

後者は既得権益を損なう存在ではなく、あなたの健康を心配する医師です。残念なことに後者は得てして「知識をもつ患者を嫌がったりする」と思われてしまいます。そう感じたとき、私は非常に悲しい気持ちになります。嫌い、とかではなく、悲しいんです。ありがとうって言われたいのに、と思うだけです。

そして、相対的に正しい知識を持っているかどうか調べる術が患者さんにはありません。悲しいことですが。何か基準が必要なんですよね、正しいことを判断するための。医師はそれが「体系付けられた知識」であり、患者さんは「ネットやみのもんた」であったりするわけです。

医師からしてみても、患者さんが自己責任で薬買ってもらうのは賛成です。そちらの方が、お互いのためだと思いますよね。

Posted by: : 2007年03月14日 15:42

>>名無しさん
最後のコメントにだけコメントします。その前の話は私も答えるのが少し難しい話になりますので、お時間をいただけますでしょうか。

私に限定した場合かもしれませんが私の患者側視点でいうと、患者側が自分の身体に対する知識を「正確な知識」とした場合に、「不正確な知識を持つ意志で、訂正不可能な場合」が一番対処に困ります。「正確な知識」をもつ医師は大歓迎です。

痛いから痛みを訴えているのに医師側の知識からすると痛むはずがないから(or痛くても治療ができないから)と「痛いはずはない」と怒って断言したり、今までほおっておいたけど悪い病気の兆候の可能性があると聞いたので病院に行って「○○ではないでしょうか」と聞いただけで怒られたり、「○○を塗らないと治らない」と脅されて出された薬を塗るとどんどん悪化するともう病院に行くのが嫌になります。(端折ってますが全部私が体験した話です)

私は病気や体調不良に対する絶対的に正しい知識など現状どこにも存在しないと思うのでそれが存在するかのように振る舞われるのがとても嫌です。常に疑義を挟んで欲しいと思ってます。(まして、時間を都合して、長時間並んで、お金を払って、それをされると本当に医師不振/病院嫌いに陥りそうになります。私は人間としてはずれ値なのか、怒鳴られたり脅されたり笑われたり、「そんなはずはない」と私にとってはよくわからない断言をされたりすることが多いです…)

名無しさんはその逆が悲しいのかな、と思いました。患者側の患者の身体に対する知識ではなく、医学知識について絶対に患者の医学知識のほうが医師の医学知識より正しいと思っている患者に出会うと治療が難しくて悲しくなるのかな、と。

ただ、「私も昔そういうのがひどかったなあ。今はまだその頃に比べてるとマシだと思うけど」と「困った患者」だっただろうなあと思われる私からしてみると、この事態には患者側が自分の体調不良をうまく説明できないために病名に拘っているようにみえる場合も多いのではないかと思います。そうだとすると、とても難しい話だな、と思います。

どっちか判断するためにも、自己責任でお薬を買えるようにするのがいいのかもしれません。(それでも診断書を求める患者とそうでない患者を見分けるのが難しそうですが)

Posted by: michy : 2007年03月15日 10:25

知識とは手元の国語辞典によれば、「ある事柄について知っているということ、その内容」とのことです。
michyさんがおっしゃっている、患者側が知っている「自分の身体に対する知識」とは、知識ではなく「経験した内容」ではないでしょうか?
michyさんがおっしゃっているモノは、一般的に使われる「知識」と少し定義が違っているように感じますが?どちらかというと、michyさんがおっしゃっているのは「症状」のことではないでしょうか?自分が経験した症状を医学知識とおっしゃる方にはあまり会ったことがないのですが、それはmichyさんにとっては当たり前のことなんでしょうか?

気を取り直して。
michyさんが経験した、「医学的知識」つまり、患者の症状を認めない医師がいるとすれば、その医師はあんまりな医師ですね。それは理解できます。たしかにそう言う患者は多い。

ただ、「不正確な知識を持つ患者で、訂正不可能な方」も相当いらっしゃいます。そう言った方は自分の思いこみで何か病気があるはず、それを早く取り除いて欲しい、と思っておられることが多く、どの検査をやっても原因がはっきりしない故、フラストレーションが溜まっていくようです。こちらとしても何をやって欲しいかわからないことがほとんどです。文句を言うために病院に来ているような少し可哀想な患者さん(と言えればですけど)もいます。
付け加えると、上記症状もある種の疾患がベースになっていることが多いのですが、その疾患に罹患していること自体を認めて頂けない方が多い。そういった場合、医師はあなたがおっしゃるような対応になるのかもしれません。途中に丁寧な説明をしていたとしても、それが頭に入っておらず、自分の都合のいい部分だけとりあげる、どこかのマスコミのような患者はたくさんいます。michyさんはよもやそんな方ではないとは思いますが。

以上をもって考えますと
「医学知識について絶対に患者の医学知識のほうが医師の医学知識より正しいと思っている患者」
について、
まず、michyさんがおっしゃる「患者の医学知識」とは、いわゆる症状のことですよね?それを医学知識と混同されるのはあまりよろしくないかと思われます。
次に、症状と医学知識というそもそも違うものを比べて正しい、正しくない、ということを論じることはできないと思います。
また、症状の正誤を医師は考えません。医学知識で説明できる症状を探すのが医者です。
最後に、上記のような患者を診ても、気の毒だとは思いますが、悲しくはなりません。変な宗教を信じている方と同じです。可哀想に、と思いますが、敢えて訂正することでこちらに火の粉がかかってもしょうがないですから。

よって、もう一度繰り返しますが、私が悲しいのは、「目の前の一人の人間の健康を心配」しているのに、「知識をもつ患者を嫌がったりする」医者とその相手から邪推されたときです。わかりませんか?これって普通の人間の感覚だと思いますけど。違います?

Posted by: : 2007年03月18日 00:56

そうそう
度々気にしてらっしゃる
「病気や体調不良に対する絶対的に正しい知識」
についてですが、そんなのありません。あるのは相対的な正しさです。相対的に「明らかにこちらが正しい」ということはしばしばあります。それは法曹の方であればわかるでしょう?医学の世界もそれに似てます。正解がないことも間違えることもあります。そういうもんなんです、医療というのは。

Posted by: : 2007年03月18日 01:00

すいません、マルチプルにコメントしてしまい。

前のエントリ見ました。目のヘルペスは救急ですね。相当危険ですよ、あれは。よかったですね、失明しなくて。

救急受診の是非を素人が判断しなくてはいけないところに現在の医療の問題点がありますけど、それは国民が決めることですしね。現場の医者の器ではそんな大きな仕事はとてもできませんし。

(このコメントに関しては流して下さい。)

Posted by: : 2007年03月18日 01:18

「満員電車が怖くて」
「逃げ場がないのが」

の下りはパニック障害っぽいですね。
一度心療内科に行ってみては?

Posted by: 上の者 : 2007年03月19日 07:06

たくさんコメントされるのは別に問題ないです。

心療内科は行ったことないですが精神科は行っています。エントリに「精神科の医師に〜」と書いてるのに、「心療内科に行ってみては?」と言われると「私の文書を読まれているのか」と思ってしまいます。

愚痴なのですが、「病院に行けば?」や「病院に行ってみては?」言われるたびに「お前は良くなる努力をしていない。義務を果たしてない」と言われるようで、とても不愉快です。「その症状について心療内科(精神科)に相談されました?」という疑問系なら分かるんですけど。

苦手なものを無理をして行っているから被害妄想がってそう思うような気もするのですが、病院に行けば正常(?)になるっていう幻想が蔓延しているように思われてなりません。遺伝的にこれだけ人間が違うことが分かって来てるんだから、病院に行ったってみんな「平均値」におさまるようにはならないことなんて当たり前になって欲しいんです。

>>michyさんがおっしゃっているモノは、一般的に使われる「知識」と少し定義が違っているように感じますが?どちらかというと、michyさんがおっしゃっているのは「症状」のことではないでしょうか?自分が経験した症状を医学知識とおっしゃる方にはあまり会ったことがないのですが、それはmichyさんにとっては当たり前のことなんでしょうか?

話を対照的にすると分かりやすいと思って一つ前のコメントで修飾語はつけたものの今までとはかなり違う意味で「知識」という言葉を用いてしまったので混乱させてしまったのかもしれません。ただ、「患者側の患者の身体に対する知識ではなく、医学知識について」と書いているのに、何故私が「患者側の身体に対する知識」と「医学知識」を同じものとして捉えてると思われたかが分からず少し混乱しています。

「症状」などの「経験した内容」について知ってることは「ある事柄について知っていること」だと思いますので「知識」だと書いても問題ないと今でも思っています。また、「患者側の身体に対する知識」と書いたのは症状だけを指したかったわけではありません。(説明するのが難しいので端折ります。このことが原因で分かりにくいようなら説明できるべく努力したいな、と思うのでお知らせいただけると有り難いです)

「医師」という資格で表されるべき、医師側が患者側よりもっているであろう知識が「医学知識」だと思っていて、ずっとそう書いているつもりです。(しかし、医師側のほうが患者より知らないこともあるのも事実)

で、今まで修飾語なく「知識」と書いてきたのは両者併せ持った意味です。前のコメント以前では「知識」は「医学知識」の意味を指していることが多いと思いますが、それ以外の知識も含みます。(医学を勉強していない私には正確には何が「医学知識」とされるのかも不明ですが…)

なので、医師の領分であるべきことについて自分の正しさを譲らない患者に出会うと名無しさんは悲しいのかな、と前のコメントの「対処に困る」患者と「悲しくなる」というのが同じ状況だと思って読んでいたので思いました。(正直「後者」が何を指すかも未だ曖昧です)

「知識をもつ患者を嫌がったりする」医者とその相手から邪推されたときが嫌なんですね。(であってますか?)

私の側からすれば、それは実際に患者の症状を否定するような医師がいる限り仕方ないと思います。お金を払って時間を都合して会いにいくからには、やはり医師を信頼してるから会いに行くし、症状を説明するのも決して楽ではないのも医師を信頼しているから説明します。その信頼している医師から症状の否定などの手ひどい裏切りと思える行為を受けると、もう一度医師を信頼するのがとても困難になります。それでも具合が悪くて自分ではどうもできません。だから、自分に鞭を打って仕方なく別の病院に行きます。そういう人間に対して、「どうして目の前のきみを心配している医師を疑うのか」と言われても「前の医師が信頼できなかったし、前の医師と今回の医師とどこが違うか分からないから」としか答えようがありません。

極論を言えば症状を否定する医師も、名無しさんも、患者にとっては同じ「医師」でしかありません。患者の身体の心配をしてようがしていまいが、応対や治療を含めた結果がすべてで、応対に表れない限り(普通は表れると思いますが)私はそんな主観的要素はどうでもいいです。

だから、名無しさんの悲しさの源泉は患者側にあるのではなく、他の医師の応対にあるのではないのかな、と思いました。

(私の憤りの源泉も医師側の対応ではなく、他の患者の対応が源泉かもしれないのですが、日本人らしく「そこはお金もらってるプロなのに!」と思ってしまいます。それだけのお金を払えてるのかと問われると疑問があることも事実で、それが嫌で私は諦めたくないから、精一杯、あらがいたくてこんなブログを書いているのだと思います)

>>自分の思いこみで何か病気があるはず、それを早く取り除いて欲しい、と思っておられることが多く、どの検査をやっても原因がはっきりしない故、フラストレーションが溜まっていくようです。

たぶん、ここが源泉だと思うんですけど、私はどうして「病気があるはず」というのが「思い込み」だと言われるのかが不思議です。きっと、心気症を疑っておられると思うんですが、検査で分からない異常や痛み、そもそも現代医学で判明していない病気や身体の異状もそりゃたくさんあるだろうと思います。

それに対して、医師側が手の施し用がないことは理解できるのですが、何で「わからない」「何もしてあげられない」という答えではなく、「病気ではない」という答えになるんでしょう?「病気」という言葉の定義の問題なのでしょうか。

Posted by: michy : 2007年03月20日 14:16

追加です。

「病気や体調不良に対する絶対的に正しい知識」がなくて、「正解がないことも間違えることもあ」るのだから、患者を前にしたときには患者の症状の訴え(「何か体調が悪い」や「病気に違いない」という曖昧な形をとることもあると思いますが)について常に謙虚であって欲しいと思ってます。

Posted by: michy : 2007年03月20日 15:08

>私の文書を読まれているのか
???全部私が読んだと思ってました?コメントをさかのぼっていただければ、当然理解いただけると思います。受診のお勧めで不愉快になるほどの繊細な方とは思い至りませんでした。なるほど。


>病院に行けば正常(?)になるっていう幻想
それはないですね、何をもって正常とするのかその定義によりますが。michyさんならこの意味わかってもらえるでしょう。


>症状を「知識」だと書いても問題ないと
もう一度書きます。
自分が経験した症状を医学知識とおっしゃる方には私はあまり会ったことがない。michyさんが伝えたい症状らしき「知識」は経験であって、知識ではない。少なくとも医学的な知見ではない。個人的なエピソードで普遍的なものではない。
そういった医学的な知見という意味で、もう一度繰り返します。

>「正確な」知識を持つ患者は大歓迎です!
>一番対処に困るのは「不正確な知識を持つ患者で、訂正不可能な場合」に限ります。対処に困るだけで、嫌うわけではありません。
ということになるわけです。

いみじくも、ご自身で、「医学を勉強していない私には正確には何が医学知識とされるのかも不明」とおっしゃっているので、医学知識の正誤を判断できる立場にmichyさんがないことは十分理解されているとは思います。

しかし、症状は別です。それは個人的な体験ですし、michyさんでしたっけ、書いておられた痛みに関しての記述はまさにそのとおり。あれは知識ではありません。痛いって言われたら、医者は認めるしかない。それは知識ではなく、患者さんの経験でしかわからないことです。

さらにもう一度書きます。
>「邪推されたときが嫌」
嫌いとかいやとか腹が立つとかではなく、ただただ悲しいんです。空しいと言ったらわかりますか?わからないかな?これは結構大事な感情だと思うのですが。別に他の医者がどう、ってわけでもないと思います。おもいやりを変に邪推されたら誰だって悲しいでしょ。

ということで、もう一度。

「医学知識について絶対に患者の医学知識のほうが医師の医学知識より正しいと思っている患者」
について、
まず、michyさんがおっしゃる「患者の医学知識」とは、いわゆる症状のことですよね?それを医学知識と混同されるのはあまりよろしくないかと思われます。
次に、症状と医学知識というそもそも違うものを比べて正しい、正しくない、ということを論じることはできないと思います。
また、症状の正誤を医師は考えません。医学知識で説明できる症状を探すのが医者です。


あ、あと、身体表現性障害のことを病気と認識されているようですので、michyさんは少し話しのわかる患者さんであることが理解できました。この病気の患者さんの中には、気質的疾患(いわゆる身体の病気)だけしか病気と認めてくれない方がいて、その方がしばしば「不正確な知識を持つ患者で、訂正不可能な方」となることが多いのです。どうやらmichyさんは違うようです。病気ではない、という私のコメントは「身体的な」病気ではない、と理解してくれたら幸いです。最初はそう表現しないと、機嫌を損ねてしまう繊細な方が世の中にはいらっしゃるので。

Posted by: 名無しさん : 2007年03月22日 12:37


重要なことですので別にわけて書きます。

>者の身体の心配をしてようがしていまいが、応対や治療を含めた結果がすべて

ここに「いまどきの」患者さんの意見が現れていると思います。

>「正しい知識など現状どこにも存在しない」
とmichyさん自身おっしゃる一方で、
>「そこはお金もらってるプロなのに!」
そして
>結果がすべて
と思ってしまう。お金をもらってるからといって、正しい知識がありえないのに、結果が100%ついてくるわけがない。ここに矛盾があるわけです。結果がないときは応対を求められる。どの世界にもサービスには対価がつきものです。プロとしては対価をいただかないと労働できないですし。
よって医者としては、
>それだけのお金を払えてるのか?
と患者に問う。これはmichyさんが自分でつっこんでるとおり。
プロであれば、値段はこちらで決めます、としたくなるわけです。義務を問われるのであれば、こちらもそれなりにいただきますよ、となる。michyさんが生きるサラリーマンの世界と一緒です。医者に「世間の常識」が身についてしまった。みんなと一緒の価値観を持つ人になった。

ご存知のように、医者が値段の設定をするのは日本では不可能なんです。よって、自分で値段を決められないプロっているか?と医者が自分で問いかけてしまった。一方でmichyさんのように応対を当然のごとく求められる。で、やってられない、手を抜くか、勤務医やめるか、となる。

いい意味でのプロ意識の欠如、医療をボランティアと医師が考えることで、他の国々に比べ、日本ではお金のない人でも医療を受けられてきた。今のところは、ですけどね。
ところがプロ意識が目覚めてしまったので、こんなのやってられない、となった。それが今の医療崩壊につながっている。これからは医療が足りなくなるか、高くて気軽に受けられなくなる、どちらかの道しかないと思います。


これは医療全体の問題です。michyさんが気に病むことではないですし、受け入れるしかない。ちょっとテーマが大きいですが、上記コメントと不可分です。michyさん自身エントリされてるみたいですけど。

少しあきらめに似た怒りがあります。
michyさんは医療を崩壊させている、という御自覚はおありでしょうか?おそらく無理だと思いますけど。
他のサービス産業で当然求めていいものが医療では求められない、そのかわりに安く手軽に医療を受けられる。今後はそういうことはなくなるでしょう。一時的に対応は良くなるでしょう。その代わり他のサービス産業と同じようになります。つまり、良質のサービスを受けるには今よりずっとたくさんのお金がかかるようになるでしょう。競争原理といえば、聞こえはいいですが、供給が足りていないので、需要側の競争になりますよ。つまり、マックスウェーバー曲線の交点がprice方向へ大きくなっていく、ということです。

この件はちょっとテーマ大きいのと自身つらいので、すいません、言いっぱなしにさせていただければ幸いです。

Posted by: 名無しさん : 2007年03月22日 13:02

>>名無しさん
>>全部私が読んだと思ってました?
このエントリの本文は読まれていると思っていましたが違うのでしょうか。エントリの本文を全部すら読まれていないのでしたら、さすがに読んでからコメントしていただけると嬉しいです。

それから何度か同じことを書かれているようですが、私は前のコメントを読み返しますし、同じ言葉を書かれて分からなかったのですから、言い換えてくださると嬉しいです。

「受診のお勧め」が私にとって不愉快なのは私が繊細だからというより、それがトラウマだからでしょう。「繊細」というと、すべてにおいてデリケートな印象を受けるのですが、私は繊細なところと鈍感なところがあるので。病気の経験は多くの人にとって不愉快な出来事である事が多く、トラウマを伴いがちだと思ってます。そういう心のケアも考えるのが医師だと思ってます。

>>知識と経験について
gooの辞書より、
「経験」(1)直接触れたり、見たり、実際にやってみたりすること。また、そのようにして得た知識や技術。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B7%D0%B8%B3&search_history=%C3%CE%BC%B1&kind=jn&kwassist=0&mode=0

そもそも、何が「医学的知識」か分からないのに、何が「症状」で何が「医学的知見」なのか、何が個人的エピソードで何か普遍的エピソードなのか判断がつくものでしょうか。個人的エピソードはすべて「症状」という言葉で語れるものなのでしょうか。病気とまでいかない身体の状態は「症状」とは言わないのではないでしょうか。そして、何が病気かを判断するのは素人には難しいです。そして、語彙などの問題ゆえに個人的エピソードを語りたくて、「医学的知見」に属する用語を使ってしまう人もいるのではないかと思います。

そして、患者が望んでいるのは自分の身体を良くすることが主で、世の中に普遍的にどう考えられているかはその次の話なので、いくら患者側が「医学的知見」に属する用語を使っても「目の前の患者の個人的エピソード」を優先して考える姿勢を持って欲しいと思ってます。

この話については自分のエピソードを含めてエントリにしたいと思ってます。(と書いてばっかりのオオカミな感じですが)

>>悲しい
「悲しい」と「嫌」(=好ましくないさま)というのは同じ感情だと思って表記したんですが、どっちかというと「空しい」なんですね。私にとっては「空しい」も「嫌」なので、違いが不明なのですが、なんとなく分かった気がします。ありがとうございます。

たぶん、私は「プロならその悲しさに耐えて、常に思いやりをもって接して欲しい」と言いたいんだな、と思います。そんな簡単なことではないと思いますし、私は実際に出来ていたかどうかはともかく周りが止めてもそうでない姿勢でクライアントに向かい合うことができなくて倒れたので、そのために医師が倒れるなら本末転倒だと思いますが。

それとは別に、私にすれば問題ある対応をする医師があるために、思いやりがあっても邪推せざるを得ない環境に置かれている患者がいるのではにないか、と言いたかったのですが、それについてはどう思われるでしょうか。なんというか、世界はあなたと目の前の患者で完結しているわけではないから、「悲しい」だけではなく、その先はどう考えているのか、考えていないなら考えて欲しいと伝えたかったです。「別の話」と明確に書かなかったので、分かりづらかったかもしれません。

>>身体表現性障害について
そもそも私が精神的におかしいからそう思うのかもしれないし、多くの患者にあったことがあるわけではないので精神的な原因のものがあることを否定しているわけではないのですが、何で「難知性」で「原因不明」なのに、現在判明していない器質的疾患があることを否定するような「身体的な病気ではない」という表現を使われるんでしょう?

「現在判明している身体的な病気ではない」なら分かるのですが、そうではなく「検査で異常がないから精神的なものです」と断言するのは私には医学の傲慢に思えて仕方がないのですが、どう思われますでしょうか。

Posted by: michy : 2007年03月22日 13:40

>何度か同じことを
読んだことは理解したことにはならない、ということです。ピントのはずれた答え、話しの脱線があるときには、私はためらわずもう一度繰り返し記載します。また、michyさんは、高尚で複雑な構造を持つ文章を書く能力をお持ちのようです。そのmichyさんであれば私の書いた文章を理解できないことはないと思うのですが、、、。すいません、文章下手で。


>医学の傲慢
ではないと思います。michyさんが言うところの「傲慢」なものは、既に医学に内包されています。本当はそれは傲慢でも何でもないんですけど、そう思うなら、傲慢と表現すればいいと思います。
そもそも、傲慢とmichyさんが判断できると自身で考えていることのほうが、傲慢で謙虚じゃないと思いますけど。あなたはそれを判断できるほどの人なんですか?学問やら、あるプロフェッショナル(何であれ、それで生計を立てている方、という定義において)を傲慢と言えるほどの自信は私にはありませんが。michyさんにはおありなようで、、、。
さて、仮にmichyさんの言うところの傲慢を、我々が判断できる立場にあると仮定します。
現場では、医学的に「検査で異常がないから精神的なものです」と診断せざるをえない、というケースは非常に多い。それは医学という学問体系がそうなっているんです。医学が傲慢かどうかmichyさんが判断出来る立場にあるとは思えませんが、百歩譲って判断できると仮定したとしても、michyさんの不満は医学それ自体が既に含んでいるものです。

あなたがそうかどうか、私は知りませんが、身体表現性障害の患者は、「身体的な病気」を抱えることを希望する、少なくとも深層では。自分の症状を対外的に証明する「証」探しを始めるのです。けれども、検査しても検査しても、病気がわからない。病気huntingのためにdoctor shopingを繰り返す。そういった方は青い鳥を探すかのごとく、マニアックな疾患を探し、専門家にかけこみ、それでも自分が心に描いているような、悲劇のヒロインのような病気がないことがわかると、次は医学そのものを攻撃します。そして、代替医療を試すようになる方、よくわからない宗教を信仰するようになる方、いろいろいらっしゃる。

そういった患者は、世の中の人には「医者に行っても何ともない」って言われると思ってしまう。それを認められないから医学あるいは担当医師の能力という権威そのものを否定して、自分の症状を他人に認めさせることしかできない。

まとめると、否定する順序は 近くの医師→権威ある医師→医学→社会 となります。最後は社会を否定しないといけないわけですから、大変です。


michyさんが言うところの「トラウマ」になっている、とされている経験も、そういうお話しを診察室でされるかたは非常に多い。

そういった方はしばしば
>途中に丁寧な説明をしていたとしても、それが頭に入っておらず、自分の都合のいい部分だけとりあげる、どこかのマスコミのような患者
になっています。よもやあなたがそうだとは思いませんが。被害者妄想という言葉を用いられましたが、もしそれを「私って被害者妄想を持っているのかしら」と思っていれば、まだ大丈夫ですが、被害者妄想と言われたことを否定したり、言った人の能力を否定したりするようになると、医師の視点からは病的なものを感じるようになります。


何人もこのような患者を診ましたが、結果は残念ながら、あまりよくありません。おそらく、医学の範疇で解決すべき問題ではないんだと思います。宗教とか、そういった質の問題なんですよ。一介の医者じゃ、到底おつきあいできないんですよ、そこまでの料金を頂いているわけではないですし。一般の方が住む社会の言葉で言えば、コストの観点から仕事を断ることになる。プロフェッショナルな対応ができないと自分でわかっているので、そんな患者はいらない、となる。

>「プロならその悲しさに耐えて、常に思いやりをもって接して欲しい」
いや、プロなので、その報酬に見合った仕事はきちんとします。思いやり、云々まで求めるのなら、そのための報酬を頂戴いたします。プロですから、提供するサービスに応じて価格を設定します。価格が厚生省によって一律に設定されている以上、見合わない仕事は引き受けません。プロとして、クオリティが保てないことを自分でわかっているからです。固辞というやつです。それでも思いやりが欲しい、というのであれば、プロではなくボランティアでやっている方を希望したらいかがでしょうか?コストがいくらであろうと、サービスを提供してくれるはずです。


医学知識と症状について
読んでおられるようですが、理解しておられないようなのでさらにもう一度書きます。
>経験した症状を医学知識とおっしゃる方には私はあまり会ったことがない。michyさんが伝えたい症状らしき「知識」は経験であって、知識ではない。

michyさんがおっしゃるような使用する語彙の問題でもないですし、針小棒大に「すべてAといえない、だからこの考えは云々」と語るような複雑な問題でもありません。もっと普通に考えて頂ければわかると思います。何度も繰り返しますが、症状を医学知識とするのは無理がある。さらにあなたは、ご自身が認められたように、医学知識がなんたるかわかっていない。それをもって医学知識云々を判断する立場にはないことは明らか。しかし仮に、michyさんがその立場にあったとしても、症状と医学知識を同列に語ることはできない。比べられないんですよ。次元が違うというのか、レイヤーが違うというか。こういえばわかるかな?友達と恋人みたいなもんです。


>「正確な」知識を持つ患者は大歓迎です!
>一番対処に困るのは「不正確な知識を持つ患者で、訂正不可能な場合」に限ります。対処に困るだけで、嫌うわけではありません。

「michさんは症状を正しく説明していた。そして、そのような症状を経験したことも認める。しかしそれは器質的疾患では、医学的知識を用いて説明することができない。よって、検査と診察で判明した限り、あなたには器質的疾患はない」 これらが、正しい医学知識、医学判断です。それをきちんと理解できない患者は中途半端な医学知識を持つ患者、すなわち「不正確な知識を持つ患者で、訂正不可能な場合」となります。わかりましたでしょうか?とても単純ですよ。念のためもう一度。症状がある、と患者が言った時点でそれは「正しい」症状となる。それを医学で説明できるか、ということを医者は考える。そしてその結果、「器質的疾患ではない」と「比較的高い確率で言える」と判断する。何度も繰り返し書いているので、いい加減に理解していただけるかと期待します。


>「医学的知見」に属する用語を使っても「目の前の患者の個人的エピソード」を優先
だから、何度も言うようですが、両者は同じ土俵で比べるべきものではありません。症状と知識はどちらが正しい、どちらが正しくない、というものではない。知識で説明できる症状があるかどうか、の問題です。優先するとか、どちらが優位とかそういう問題ではない。医学知識で説明できない症状があったとき、それを全て未知の病気にするわけではありません。往々にして、それは器質的疾患ではありませんが。絶対に器質的疾患ではない、というわけではなく、確率から考えて明らかに器質的疾患ではない、と判断せざるを得ない、といった類の物です。それがあなたの歓迎する「正確な知識を持った医師」です。

判決みたいにね、100%を判断しているわけではなく、法体系やら何やらに色々照らし合わせて、これが一番妥当でしょう、というような感じ(知識不足なので、正しい例えかわかりませんが


よって、
>現在判明していない器質的疾患があることを否定するような
別に100%否定していません。非常に高い確率でこの患者には器質的疾患がないと言える、と判断する。ここまでが医学知識のできることです。医学的には「器質的疾患はない」と言い切れる、と。それは傲慢でも何でもなく、99.995%を100%として扱うことですよ。その端数を切り捨てられた、だから傲慢だ、というのは少し理解しがたいです。

最後に、
>問題ある対応をする医師があるために、思いやりがあっても邪推せざるを得ない環境に置かれている患者がいるのではにないか、
私の読解能力の問題かもしれませんが、「思いやりがあっても」というのは、どこに思いやりがあると言っているでしょうか?日本語の欠点というか美点でもあるんですが、主語の入れ替わりが激しく、ときどき読んでいてわかりにくい文章があります。「医者が思いやりを持っていても」、と解釈しますね。
別に私は世の医者をどうこうと判断するだけの能力はないし、そういった医者がいることの是非を判断するほどの自信はないし、ましてやそれを持って傲慢かどうか、正確かどうかを判断するような高尚な価値観を持っていないので、私は意見を言えるような立場にはありませんね。しかもそれはnot my businessです。


Posted by: : 2007年03月23日 00:10

楽しみにしてたのに、、、まだコメントつかず少し悲しいです。

まーそれはおいといて、私が言っていたことは

http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec07/ch099/ch099b.html


が参考になるかと思います。
どうやら出典がないと、情報を信じられない不器用な方のようですので、念のため添付しますね。

Posted by: 既得権益名無し : 2007年03月23日 21:37

なんだ、この
かまってちゃんは……。

Posted by: ( ゚д゚)ポカーン : 2007年03月25日 15:16

お、
きたきた

それで、それで???

Posted by: : 2007年03月26日 06:43

>>既得権益名無しさん
体調が良くなくてこの手の話題の長文を理解したり構成したりできる能力がないので、お返事はお待たせするかと思います。私も私なりに一生懸命書いてるつもりなのですが、既得権益名無しさんには伝わらないようなのでどう書いたらいいのかな、と悩んでいます。力不足でお伝えすることを断念するかもしれません。

ずっと同じことを書いているつもりなので、もしかしたら読み直していただけると分かるのかもしれません。もしくはこちらのエントリが分かりやすいかもしれません。その他のエントリも私が伝えたいことに関しては参考になると思います。
http://michys.com/blog/2006/02/post_406.html

私はあなたの見ている景色が知りたいなあ、という欲望があるのですが、それを既得権益名無しさんに強制できるとは思えないし、私のその欲望もどこまで続くか分からないので、「返事も気が向いたときにしかしないし、プロ意識の分かっていない、変な宗教のやつだ」と思ったら、そう判断して無視していただいて問題ないです。

お時間があれば、以下の文書の意味がよく分からなかったのでお教えいただけると嬉しいです。

>>医学が傲慢かどうかmichyさんが判断出来る立場にあるとは思えませんが、百歩譲って判断できると仮定したとしても、michyさんの不満は医学それ自体が既に含んでいるものです。

「医学が傲慢である」ということを医学自体が認めている、という意味でしょうか??それとも、「あなたがいうような現象(身体化障害)のあることは医学自体は知っている」という意味でしょうか??

>>( ゚д゚)ポカーンさん
私もかまってっちゃんなので、どっちもどっちですかねー。私はそのわりにすぐ飽きるところがあるのが欠点です。

Posted by: michy : 2007年03月26日 06:50

michyさん

実証主義をどう捉えるか 
という点と
帰納的推論を扱えるか
という点が
お互いのコンフリクトの原因かと考えられます。

michyさんにとって、帰納的な推論を、「演繹的な説明ができない傲慢さ」としか捉えることができないのが、お互いの理解を妨げているのでしょう。

このハードルを乗り越えるのは、michyさんの知性をもってしても、なかなか難しいみたいだ、ということがわかったのは大きな収穫でした。

Posted by: : 2007年03月30日 11:38

>>名無しさん
私は帰納と演繹、実証主義についてきちんと理解できていないので、曖昧な返答しかできないのですが、確かにそういう観点はあるかもしれないです。

あと、この問題で、私が理想と現実、理性と感情をうまく整理、分離してお話できず極論に走りがちなことも原因かな、と思います。たとえば、私は「無知の知」の話をしたかっただけだと今は思う箇所もあるのですが、なんかうまく表現できずに話がこんがらがってるなあ、と思います。

あと、「お互いの」理解を妨げるのは、基本的には一方のせいだけではないとは思ってます。

ちなみに、
>>それは傲慢でも何でもなく、99.995%を100%として扱うことですよ。その端数を切り捨てられた、だから傲慢だ、というのは少し理解しがたいです。

「99.995%を100%として扱うこと」を「傲慢だ」と言いたかったです。それは「科学は傲慢だ」ということではないか、と言ったらそうである気もします。

そして、「医学のなんたるか分かっていないあなたが傲慢だというのは傲慢だ」というのは、まさにそう思います。ただ、お互いに傲慢同士だから言わない、表現しないというのも「なんか話が違う」と思っています。

うまく表現できないので、適当にモヤモヤ書いてしまうのですが、不満や苦情なんて、どんな素晴らしいスキルやサービスを提供してもあるもので、それに対してどのような態度をとるかはスキルやサービスを提供する側が決定すればいいなあ、と思っています。そして、不満や苦情を、ただ、「ある」ということだけ認識していれば良くて、不満や苦情がないふりはやめて欲しい、と。

だから、ある意味、私を切り捨てるのも切り捨てないのも社会の自由だと思っていて、本当に私に器質的な疾患があって(現代医学で分かっているかどうかはどっちでもいい)、それにもかかわらず、私が「身体化障害」と判断されることで私が辛いと思う目にあっても、それによって私を診察する医師や周囲の人間を含めたより多くの人が幸せになるほうが良いと考えるのが社会の選択ならそれでいいんじゃん、と思っている私もいます。

ただ、なんというか社会の仕方の無い選択によって切り捨てられた人間がいたとして、その人間があらがうくらいは認めて欲しいと思うので、私はあらがいたいだけあらがいます。(「それは社会の迷惑じゃないのか」とか「医療を崩壊させているんじゃないか」と言われれば、その通りだと思います。私は「長期的にみれば○○で○○になる可能性があって社会に意味があると思う」という自己欺瞞というか自己正当化に走っていますが、必要な自己欺瞞や構成で「正しい」とされる自己欺瞞もあると思うし、何が「正しい」か「必要」かは誰も分からないことだと思っています)

Posted by: michy : 2007年03月30日 16:35

michyさん

刺さるコメントをありがとうございます。

そこまで達観されているとは、、、私が浅はかでした。
理性故の苦しみなんでしょうか、理性と感情の矛盾した動き、そしてそれを解決するための論理とその中にある矛盾を冷静に観察するmichyさんの理性 

うーん、すごい。

Posted by: 既得権益名無し : 2007年04月01日 11:18

>>既得権益名無しさん
こちらこそ、お話は楽しく勉強になっています。ありがとうございます。おかげでいくつか、きちんと考えて表現したいことが出来たので、自分に負担にならない範囲で書きたいなあ、と思ってます。

モヤモヤな書き方なので、うまく届くか不安だったのですが何かが届いたようで、とても嬉しいです。今までのやりとりで拝見する限り、 既得権益名無しさんは現状の社会システムと医師である自分に求められるもののジレンマに悩みつつも、お金を払っているわけではない私にも出来る限り言葉や表現を選んで接して下さってるなあ、医師としての良心を持った方だなと思うので、既得権益名無しさんに診てもらえる患者さんは幸せだと思います。

理性が強い故の苦しみなんでしょうか。私もよくわかりません。ただ、この苦しみはとても辛いと思うし、私は今のところ耐えているつもりですが将来どうなるか分からないし、耐えられる人は多くないだろうなあ、とは思います。

そして、私は理性や言語化できる能力がある故に、このような場にこんなことを書けますが、私の難病の友人や、難病家族をもった友人の話、私を見ている医師の話を聞く限りでは、「私にここまでの理性がなければそうなるだろうなあ」という状態の患者は、それなりの数がいるように見受けられます。そして、傲慢に、そういう患者の「代弁したいな」という欲求があることも確かです。

…ただ、医師にしてみたら「患者がそこまで考えているかも」と思うと診察なんてやってられない人は多いだろうなあ、と思うだろうなあ、とは思います。私は耐えられる自信がありません。ただ、理想としては、それが出来る人にだけ医師になって欲しいです。でないと治る病気も治らない。そのためにお金が高くなるというなら仕方ないと思ってます。むしろ私は良いと思う医師にお金を払う仕組みを作りたく(あがきたいのはむしろこの方面です)、でも「お金がある人にだけ良い診療」というのはとてもイヤだし、お金の心配をしていては治るものも治らない、というは実感しているので、そのセーフティネットは絶対に必要だと思ってます。

また、モヤモヤ終わってしまいました。

Posted by: michy : 2007年04月04日 03:58


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