2006年11月09日
こころに届く、響く言葉の難しさ
人のこころに届く、響く言葉って難しいなぁ、と思います。
ここ二週間ほど身体はツラくて数日はエントリもコメントも書けない状態で「苦しみながらの生きるって何だろう」って思っていたりしたし、体調が悪いままの身体を考えるとこれから先の人生について悩んでいたりするので、なんとなく書いてみます。当面の問題はPS3のために並べる体調になるかどうかです。何年に一度の新ハードの発売日。諦めきれませんが…。
一時期、私は生きていくことがとてもとてもつらくて、「何で人は生きていかなくてはいけないんだろう」と、悩んでいた時期があります。どう考えてもそのときは、今後の人生の苦しみの総和は今後の人生の幸せの総和にまさっているとは思えませんでした。あのときに、「何でこんなに苦しんで生きなきゃいけないの?」というどうにもならない、どうどう巡りの愚痴を聞いてくれた友人には本当に感謝しています。
そんなときの自分の精神状態を思うと、以下の言葉は、当時の自分には響かないなぁ、と思いました。私は当時いじめを受けていて悩んでいたわけではないので、そういう意味では違いますが、「何で人は生きていかなくてはいけないんだろう」と考えたことでは少し似たところがあるのかな、と思っています。
次々と子供たちが自らの手で命を絶つことには、僕も我慢がなりません。いろいろな理由があるにせよ、いじめをしている人、いじめで悩んでいる人には、もう一度じっくり考えてほしい。あなたの周りには、あなたを心底愛している人がたくさんいるということを。それは家族であり、親戚(しんせき)であり、友人であり、先輩であり、後輩であり、時にはペットであるかもしれません。
人間は一人ではない。いや一人では生きてはいけないのです。だから、そういう人たちが悲しむようなことを絶対にしてはいけないと僕は考えます。相手の身になって、もう一度考えてみてください。
ニューヨーク・ヤンキース松井秀喜
産經新聞より
いじめをしている人に周りの人間や「相手の身になって、もう一度考えてみてください。」と伝えることは意味があるような気がするのですが、「いじめで悩んでいる人」に「そういう人たちが悲しむようなことを絶対にしてはいけないと僕は考えます。」というのは、心に響くのかな、届くのかな、と思いました。
それが松井の伝えたかったことであるとは思わないけれども、言葉どおりそのまま受け止めると、「まわりの人間の幸せのために、あなたは苦しみを甘受すべきだ」という受け取りかたもできてしまうと思います。私が「何で人は生きていかなくてはいけないんだろう」と考えていたときには、「友人は大事だし、両親には感謝しているけど、誰かのためにこの苦しみは甘受できない」と思っていました。だから、あの頃の私にはこの言葉は届かないし、響かないなあ、と思います。
そして、心の傷を穢れと思う思想こそが穢れだと信じる。
こんな穢れたくだらない世間の偏見のために捨てるほど、あなたの命は安いのか?
404 blog not found - 心の傷を心の胼胝(たこ)により
私は一般的ではないし、よく誤解されるたちなので、いじめであったのかどうかは不明なものの「心の傷」はそれなりにあると思っています。そして、それが「穢れ」だと思う風潮はなんとなく感じています。だから、そういうエピソードを話すときは、かなり相手や文脈を選びます。
でも、「こんな穢れたくだらない世間の偏見のために捨てるほど、あなたの命は安いのか?」と言われると、あの頃の自分なら「安いなぁ」と考えたと思ってしまいます。言葉を借りると、「こんな穢れたくだらない偏見にみちた世間の中、苦しみに耐えて生きようとは思わない」と思ってしまっただろうなぁ、と。
しかしながら、お二人の言葉も、当時の私には届かなかったとしても、届いてる人はいるのだろうなあ、と思います。そして、その届く、響く人が多ければ多いほど、その人はすごいんだろうなぁ、と思います。多くの他人のこころに届く、響く言葉や音楽や絵画を描ける人は本当にすごいなぁ、と思います。
参考までに、当時の私の出した答えは、「死」の先に待つものが現在の生の苦痛より楽である保証などどこにもないから、「生きることの苦痛が何事にも堪え難いと思ったときは『死』も選択肢だね」ということを心に留めて、決して堅実な人生や、真っ当な人生や、頑張る人生など必要ではなく、享楽的な生き方をしないと生きれないとか、刹那的でないと生きれないとか、逃げ出さないと生きれないとか、他人に頼れないと生きれないというならそれでもよく、やりたいことをやってとりあえず「今を」生きればいいんじゃん、ということでした。
今も悩みますが、今は少し違って、他人のために生きるのもいいなぁ、と思えるようになりました。
投稿者 michy : 2006年11月09日 05:00 :
バトン、思いつき、妄想
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コメント
ここ最近、体調が優れなかったみたいですね。
お互い無理せずやっていきましょう。
Posted by: takechan : 2006年11月09日 10:10
そうですね。無理せず、でもやりたくてできそうなことはやってみて。
Posted by: michy : 2006年11月09日 21:42
はじめまして^^
bzbellといいます。
テクノラティから寄らせてもらいました。
> 多くの他人のこころに届く、響く言葉や音楽や絵画を描ける人は本当にすごいなぁ、と思います。
そうですね。
わたしなんてブログの記事でさえ、言いたかったことがうまく伝わらなかったりします。
ホントすごいと思います。
by the way...
わたし間違ってこちらの記事に関係ないトラバをしてしまったかもしれません。
その際には、お手数ですが削除していただけますか。
ご迷惑をおかけしてすいません。
また寄らせてもらいます。
Posted by: bzbell : 2006年11月21日 16:57
言いたいことを伝えるのは難しいですね。自分も他人の言いたいことが掴めずに、言葉に感情的に反応してしまうところがあるので、本当にそう思います。
「ブログの記事さえ」なんてことはないと思います。ブログはブログで難しいと思います。言葉や音楽や絵画、気持ちの伝達手段に優劣なんてないと思って思います。
悲しいことに、トラックバックはまったく届かなかったようです…。
トラブルが直っていません。
Posted by: michy : 2006年11月22日 00:25
