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2006年11月19日

文明は西に移動する ブックマークに追加する

「文明は西に移動する」というテーゼがあります。私が見かけたのは島田荘司の著書が最初です。

「でもこのナイルは、もうそんな風景は見せてはくれない。流れが変わったのよ。五千年の間に川が動くように、文明の中心地も移動するのね」
「西へね」
甲板の手すりにもたれていた御手洗が言った。
「中国、インド、バビロニア、エジプト、ギリシア、ローマ、パリ、ロンドン、ニューヨーク、文明の中心は絶えず、そして、必ず、西へ西へと動いていく。決して逆転はしないんだ。
アメリカの歴史も、東海岸から西海岸への発展の歴史だし、東西ローマ帝国のうち、生き延びたのはパリのある西側だ。東西ドイツは、必ず西に併合される形で終焉を迎えるだろうし、世界中の都市も、必ず西方へ西方へと発展していく。ヒトラーの千年帝国も、文明の中心をアメリカから東方へ呼び戻すことは結局できなかったのさ」
出典:「水晶のミラピッド」島田荘司

この後、その理由としてコリオリ効果やマネーの力学あたりがさらっと触れられています。また、他著書を読む限りでも著者自身、建築や都市構造と文明の関連に興味があるようで、それ関連の記述もおもしろいので、興味のあるかたはぜひ。ジャンルはミステリです。なお、エジプトの昔話は「何の意味があるのかしら」と読んだ当初は謎だったのですが、最近は、昔話は著者の頭に飛来するイメージでこの作品を通じて一番伝えたいことなんじゃないかと思うようになりました。

で、最近似たようなことを読んだのが「三位一体モデル」中沢新一でした。正確にいうと、この二つしか覚えてないわけですが、他にも読んだことがあるかどうかよく分からないので、こういう表現にしておきます。

「三位一体モデル」は気が向いたら書評を書こうと思うのですが、端的にいうと「文化の違いを理解しないと現代のトラブルの原因は分からない」という当たり前すぎることを書いている本です。いわゆる西欧合理主義が各地でもらたしている「摩擦」というものは、彼らの「三位一体」という発明を通してみるべきではないか、ということを分かりやすく講義したものを本にしたものです。

日本の文化は、ほぼ三位一体でいう「子」と「精霊」だけで成り立った文化だと思うので、「三位一体というのはベクトルを足しただけじゃん」という気がしないでもないわけではないですが、マイナスや複素数をはじめとして「新たなベクトルの発明」というのは意義深いと思うわけです。また、「霊が増殖する」アタリに、Danさんの「仮想経済=複素経済の虚部?」と同じ問題意識を感じたりします。(どうでもいいですが、私は文化の違いをもたらしたのは気候や土壌を含めたいわゆる地理的要因が大きいと思うので、そこまで述べてあるともっと嬉しかったです)

内容はベタベタであるものの、中沢新一だけあって例は多様でおもしろく、楽しく読みました。イスラム教の概念だと、世界はアッラーですべてが出来ている、というあたりで既に「へー」と思いました。解説もわかりやすく、特に「(前略)めがねも……ぜんぶアッラーです」は、ツボに入りました。私は色んな文明の知識が足りないし、そういうことを知りたいから、もっと本を読みたいなあ、と思いました。

それはともかく、「三位一体モデル」にはこう書かれていました。

というのも、ヨーロッパ原理は近代になって始まったものではなく、日本で言えば縄文時代の後期、つまり紀元前二〇〇〇年くらいから、すでに開始されていました。まず最初にそれは、メソポタピアで起こりました。そこでは、いままでお話ししてきた「三位一体」の考え方や「合理化」の問題など、現在と同じ現象も起こっていました。そして、つぎにはエジプトが、この考え方を発達させます。さらには、ギリシア、ギリシアからローマ、そして西ヨーロッパへ伝播し、現在のアメリカにたどりつきます。

中国とインドから後はほぼ同じです。誰かが言った有名な事実なのかしら、と思ったのですが、検索をかけてもいまいち見つからないので両者の引用をすることにしました。

そして、私はこの「文明は西に移動する」というテーゼは真だと思っています。とすると、文明は大西洋を越えられたわけで、私は太平洋も越えつつあるんじゃないのかな、と思ったりします。夫にこの話をしたら、「そういう北半球中心の考えはよくないなあ。南半球も仲間に加えてあげろよ」というようなことを言われ、「次に文明が移動するのは南半球かなー」と思ったりしました。

そして、思ったのが「私の好きな芸術のたぐいは文明が移動する直前あたりの退廃的な時代のヤツじゃないのか?」ということです。

世界史自体がよく分かっていないので、適当ですが、バビロニアはバベルの塔の話が好きです。エジプトの無駄に大きなピラミッドや象形文字あたりも好きだし、イクナートンの時代のネフェルティティの像も大好きです。ギリシャだとギリシャ神話やパルテノン神殿に代表されるようなギリシア建築が好きです。ローマだとネロが好きだし、コロッセウムも好きです。ヨーロッパではパリという街自体が好きだし、ヴェルサイユの王妃の村里も大好きです。ギュスターグ・モーロやグスタフ・クリムトが好きだし、彼らが題材にしたサロメも大好きです。ロンドンはビッグベンやウェストミンスター寺院がなんともいえません。ケンブリッジに残る建築にも魅せられました。テートギャラリーもステキです。ニューヨークはMoMaには一度は行ってみたいし、マンハンッタンにそびえる高いビルたちにはしびれます。ハリウッドだと「風とともに去りぬ」の映画や「マトリックス」が好きです。

まあ、そんなわけで日本のゲームや漫画が「倫理的じゃない」とか「不道徳」だとか批判されていたりすることがあるわけですが、私の好きな芸術のたぐいはいつもその時代に批判にさらされているようなので、「そんなものか」と思うに至りました。きっと後世には評価されます。そして、いつかは移動しちゃうわけですが、私の母語は日本語なので、移動は死んだ後だといいなあ、と思ったりします。

日本の文化でも平安と江戸が大好きです。「文明は西に移動する」というテーゼと「全国あほ・バカ分布考—はるかなる言葉の旅路 」を読んだ結果、私が真だと思ってる蝸牛考とをあわせるとどうなるのかしら、と思ったりします。

投稿者 michy : 2006年11月19日 08:00 : バトン、思いつき、妄想 |    

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