ベートーベン交響曲第9番「合唱付き」とシューベルトの即興曲
友人の演奏会でベートーベン交響曲第9番「合唱付き」を聞きました。クラッシックなのにチェロとベースで「ミミファソソファミレドドレミレードド」と歌いだすあたりから一人で勝手に客席でリズムとってしまいました。合唱が入るあたりでは感動して涙してしまいました。第四楽章からは「生きろ」という言葉を感じます。横の夫をみたら夫も泣いていました。
後ほど、夫に「『生きろ』だよね。宮崎駿だね」と言ったら「あのコピーは糸井重里やけどな」と言われました。そっかー。どちらにしろ、師走にこの曲を聞く、という文化を作った日本人は素晴らしいと思います。
もっと色々書けたらいいなあーと思うのですが、ベートーベンは苦悩の末に書いたこの第9番「合唱付き」は本当に難しく、とても私の筆では言葉にできません。
夫は「耳が聞こえないのに、これを書いたベートーベンは本当にすごいよ」といつもいつも言うのですが、その手の能力に恵まれなかった私からすると、「絶対音感と、譜面をみての同時再生可能パートがベートーベンレベルである人なら、耳なんて聞こえなくても頭の中に響く音を譜面にすればいいだけだから書けるでしょ。響きを確かめられないから、面倒だとは思うけど」と思います。
アイルトン・セナは、きっとコース図をみるだけで走っている自分をイメージできたのだと思うのですが、それと同じで、絶対音感+譜面を見ただけで脳での同時再生音数がある程度あれば、「耳が聞こえない」なんてハンデは作曲に対してはそれほどではないと思ってます。
第9番「合唱付き」のCDはバーンスタイン/ニューヨークフィルとラトル/ウィーンフィルを聞いたことがあるのですが、私はラトルの洗練されている感じが現代っぽくて好きです。
帰りには思わずカラヤン/ベルリンフィルのSACDとのハイブリッドを買ってしまいました。PS3はSACDの再生がすばらしく、なんとCELL内のSPUを5つも使ってるとの記事をみて、かなりのロマンを感じたのが理由です。
しかし、HDMIで出力しようとすると、HDMI1.1以上に対応していなくてはならないようで、「ヤラレタ!」と思いました。夫はさっそく「HDMI1.1以上対応のオーディオが欲しい」と言ってます…。
前日には、友人の単独のピアノコンサートを聞きにいってきました。彼女がプログラム上メインに据えていたのは、シューベルトの即興曲だったのですが、私はシューベルトにまったく興味がありませんでした。しかし、彼女の演奏と解説を聞いて、とてもシューベルとに興味がわきました。
その即興曲は、シューベルトが敬愛していたベートベンの死の直後で、彼が死ぬ1年前に書かれた2つのシリーズの即興曲の1シリーズ目op.142でした。
私の解釈によると、一曲目からは、ベートーベンの死を受け入れられなくて、「いやだ」「いやだ」「いかないでくれ」と苦悩するシューベルトの心が、二曲目が現実とのギャップとの苦悩し、それによってより衝撃を受け、「いやだ!」という思いが一曲目より強まったシューベルトが、三曲目からはやっとベートーベンの死を受け入れられ、「悼む」とうい気持ちになったシューベルトが感じられました。
四曲目はよく分かりませんでした。あまりにも透明で澄んでいるのです。夫は「まったく分からない」と言っていました。私は「死を希求して、そこに安らぎを求めているのかな」と思ったのですが、演奏者の友人に聞いてみると「死期は分かっていたと思うけど、死を希求しているのかなー。その時期には歌曲でも、とても精力的にすてきな歌曲を残してるんですよ」と言われました。興味がそそられます。
その後Wikipediaで調べてみたら梅毒の第二期で亡くなったということで、梅毒の第二期は2年くらい続くそうなので、逆算するとこの即興曲を書いたときは「死ぬ」ってことは分かっていたのかな、と思います。
とても気になってCDが欲しくなったので、演奏者の友人にオススメのCDを聞いたら「私もよく分からないのですが、モーツァルトやシューベルトでは内田光子さんが有名で、参考にしました。普通に良かったですよ」と言われたので購入しました。なんとムジークフェラインでの録音というゴージャスさです。
…それにしてもiTunesのクラッシクを扱いにくさはもう少しなんとかならないものでしょうか。













先日はありがとうございました!
楽しんでいただけたようで嬉しいです♪
4曲目ははかない人生へのあきらめのようなものともとれるかな〜。
mollだけど、重すぎず、軽やか。
アルペジオでおりてきた右手と八分休符、ちょっと長いスラーが、
ため息みたいにもきこえますよね。
でも、憂いながらも感情はたかぶって、燃え尽きる。
て感じでいかがでしょ?
二曲目がdurで四曲目がmollってあたりにシューベルトの非凡さを感じました。内田光子の演奏を聴いて、また印象が変わりました。内田光子の演奏は、なんていうか難しさを感じます。ゆーこちゃんの演奏はわかりやすかったです。
>>4曲目ははかない人生へのあきらめのようなものともとれるかな〜。
うーんうーんうーん、「諦め」であんなに透明になれるのかなー、と思ってしまいます。「燃え尽きる」というのは、そんな気がします。「死を希求している」と思ったのは、たぶん、その感じだな、と思います。
『即興曲』は
若かりし頃(?)に経験した、
自分にとってとても重要だった人の死と、
その直後の自分の心の動きが思い出されて、
非常に印象深かったです。
そんな意味で、4曲目に照らし合わせることができるような経験を
自分がしていなかった感じがして、
よくわからない、感じがしましたです。
ひょっとしたら、文化による
死を受入れ方の違いもあるのかもしれませんね…。
★ベートーベン第9
ベートーベンの第9が
過酷な歴史の中で翻弄された名曲だとは
もう直ぐ72歳に成…