二兎追えないときの決断
人生は何度も決断を迫られることがある気がします。私はあんまりにも望み薄なことばかり追求することが多いので、「両方手に入れられるかもしれないこと」を直前まで考えてなかったりします。そんなチャンスがあることはほとんどないともいえるし、どの道も成功か失敗か分からないのだから引くことと進むことを「二兎」だと思えば、いつどんな人も二兎を追っているともいえる、とも思います。
最近TSUTAYA DISCASでハマっている、プロフェッショナル仕事の流儀 アートディレクター/佐藤可士和が決断をするときに「最も困難な道を選ぶ」と言っていて、なるほど〜、と思って自分の決断の基準も書いてみたくなったので書いてみます。
私の決断の基準は高校生の頃から変わっていません。
うまくいかなくなったときにより後悔の少ないと思う道を選ぶ
その昔、二つの道、どちらを選んでいいか悩んでいたときがありました。かなり悩んだのですが、ある日、片方の道について現在判明している条件以外に「他にその道を選ばなくて良い理由はないか」とばかり考えていた自分に気付きました。「この道を選んでうまくいかなかったら後悔するだろう」と思いました。もう一つの道は「その道を選んで良い理由はないだろうか」とばかり考えていました。この道を選んでも、自分が選びたかったんだから後悔は少ないだろう、と思いました。
どっちの道が良かったのか未だに分からないことも多いし、それはいつになっても誰にも分からないんだろうと思ったりもするし、「その道を選んだ自分」を正当化したいがために理由を探したくなったりすることもありますが、今のところ、この基準を変える予定はありません。











「武士道とは死ぬことと見つけたり」ですな。二つの道があった場合、人間は兎角安い道に進むもの。それを逆らう心構えこそ大事だということですな。
>>とおりすがりさん
佐藤可士和さんの場合はそうですねー。
私の場合はどうなんでしょうね。後悔の少ない道に進んだ方が外部からみると困難にみえても私の場合心理的には楽だったりするし、外部からは楽にみえても心理的には困難こともあるし、何が「安い道」なのかよくわからなかったりします。