ダメだと思うものにお金を払ったらダメ
最近つくづく思いました。資本主義の意味って「お金に価値がある」ってことだから、お金を払うときは、「それは自分がその商品なりサービスなりを選択しているんだ」ということを必ず考えなければいけない。
自分がダメだと思うものにお金を払ってしまった時点で、自分はそのダメなものを肯定していることになってしまうと思います。だから、ダメだと思うものにはお金を払わないようにしないと、自分の周りは「自分がダメだと思うもの」ばかりになってしまいます。
自分の周りが「自分がダメだと思うもの」ばかりであることに対して、他人にまったく責任がないわけではないけれども、少なくとも「お金を払ってしまった」自分にも責任があることは理解していなければいけないと思います。
だから、本当に買うものやお金を払うものは選ばないといけないし、自分が良いと思うものには積極的にお金を払いたいなあ、と思いました。それは、自分が信じる政治家に一票を託すのや、良いサービスをされたら笑顔を返すのや、好きな人が喜ぶことをしてあげることと同じだなあ、と思います。
昔読んだ、「人生思い通りにコトを運ぶ法」に載っていた、「オペラント」っていうのは当たり前だけど重要だあな、とつくづく思いました。「何をオペラントにするのか」ということ決めたのが、資本主義の場合は「オカネ」で、民主主義の場合は「ヒト」で、それは目的ではなくて手段にすぎないけれども「手段」ではあることはきちんと考えなくてはいけないな、と思いました。
もちろん、自分がお金をもらうときも同じだと思うのですが、なんだかそれは難しい問題すぎてまだまだ「つくづく思う」ところまで行きません。










