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2007年02月07日

どうして働くか ブックマークに追加する

私が働くのは働くことが好きだからで、他の人も多かれ少なかれそんなものだと思っていました。しかし、ある日、友人と仕事の辛さについて語っていると「それは仕事でお金もらってるんだから苦しいよ。仕事をしなくても生活していけるなら毎日踊って暮らしてる」と言われてびっくりしました。

その友人とは似ている嗜好があるものの、いろいろと価値観が違っていて、その違う価値観について忌憚の無い意見を言い合うのがとても楽しいなあ、と思っています。仕事についても色々と視点の違うことがあって勉強になるなあ、と思っていたのですが、その視点の違いに今になるまで気付かなかったことにびっくりしました。…ちょっとしたズレの元を知るためには、本当に大元まで遡った話をしないとダメだなあ、と思いました。

私はお金をもらわずに生活していけるなら、お金なんてもらわずに働いてもいいと思っています。私はそう思えるだけの仕事しかしたくないし、できるとも思えないし、「それじゃ生きていけないよ」と言われたら、別にそこまでして生きていたくないと思っています。そして、少なくとも意識的には、それが高尚な思考だとかそう思っているわけではなく、ただ単に私はそういう人間だと思っています。(無意識に思っていて、それが文章に表れてる!って批判も受けそうだけど、それは人間はある程度自己を肯定したい生き物で、ある程度の自己欺瞞に陥ることは仕方がなく、私はその無意識を制御できるほどの器量はないので、そこはもう仕方がないと思っています)

私がお給料をもらうのは生活のためと、自分が付加価値を生み出しているのに相応のお給料を受け取らない仕組みを作ってしまったら、その会社のためにも、社会のためにもならないと思っているからです。

だから、自分が、お給料をくれる人に、ひいてはエンドユーザーに、提供していると感じる価値より多くのお金をもらうときは、とても気が重いです。それは自分がもらってはいけないお金をもらっているような気がします。そんなときはとても罪の意識を感じるので、必死で「私には生活があるからこのお金をもらってもいいし、そもそもこれは会社からの私の将来への投資なんだ」などの一見合理的な理由を探して自分が感じる付加価値以上のお金を受け取る自分を騙そうとしています。

夫も「働くのは好き」という人なので、根本は一緒かな、と思っていたら、ある日彼が不思議なことを言いました。

「僕が仕事をする根本は、仕事が楽しいからだと思う。すごくしんどい時期もあったけど、そのときも楽しかったなあ、って思った」

…私にとって仕事は楽しいことも多いですが、苦しみのほうが大きくても働いていたいくて、それで幸福です。たとえ、給料の総額を、鍼灸やマッサージや、良い食べ物や、働くことによって生じるストレス解消のための買い物や飲み会やタクシー代や、働くと家事ができないので家事サービスや、そんなこと全部に費やして、それでも働いていて頭痛なり腹痛なりが止むことがなくても、私の精神が耐えられるなら働いていたいです。それは働く前からそういう考え方でした。そして、働き始めるとその思想はもっと強くなりました。(実際にかなりの額を働くために費やしていたと思います。その手の話をするとひかれることが多いです…)

それを考えると、私は「楽しいから」働きたいんじゃないよな、と思いました。別に楽しくなくても仕事は続けたいです。それは、やっぱり「好きだから」なんですが、よく考えれば仕事が好きな理由があるはずにも思えます。

そこで、その理由を一生懸命考えてみました。そして、やっと分かりました。私は、仕事をしていると「自己が肯定できるから」仕事が好きで仕事をしたくて仕事をしていれば苦しくても幸福なんだなー、と思いました。(どこから生まれたかは私には分かりませんし、変更したいとも思いませんが、きっと根本には自己に対する無価値感というか自己否定の意識があるんでしょう)

さっきの発言と逆になるようですが、会社が私にお給料を払うのは、やっぱり自分にそれだけの価値があるからだと思えます。また、私がお給料をもらえるのは、社会が私に対してその価値を払っているから、還元すれば社会に対して何かをしているからだと思えるし、その成果が目に見えます。人に感謝されることも、お礼を言われることも、笑顔をむけられることもあります。しかも、それを多数の人から受けることがあります。

ストレス耐性がないのにこんな考え方だから無理をしちゃうし、なまじ休職にいくまで無理をできてしまうのが私の生き方がツライって言われるもとなんだろうなあ、と思いました。でも、そうでない生き方ができるとも、したいとも思えないし、ツライならツライままでいいし、そうでなくなるなら自分でないとも、自分を変えてまで生きていたくないとも思ってしまいます。

しかし、それにしても働く理由って人それぞれでびっくりしました。

投稿者 michy : 2007年02月07日 09:47 : バトン、思いつき、妄想 |    

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