「世界悪女物語」澁澤 龍彦
何故かある日、歴史ものや悪女ものが読みたくなり、「悪女たちの残酷史」岳真也と「「世界悪女大全」桐生操を買いました。
前者は新書だし、分類もはっきりしていて読みやすいです。後者は文庫で少し長く、同じ人物が何度も出て来たりして、頭がこんがらがりそうになりますが、悪女への愛を感じます。前者は著者が男性で、後者が女性なので、そこの違いも出ていて読み比べていておもしろかったです。両方の本の参考文献などをパラパラと読んでいたら、悪女ものの元祖といえば澁澤龍彦らしいことを知りました。
そして、ある日、八重洲ブックセンターに出かけたら澁澤龍彦フェアをやっていました。名前は知っていたし、訳書を一冊持っていたものの、顔写真を見たことはありませんでした。写真集などをパラパラとめくって「怪しいとは思ってたけど、ここまで怪しいお兄さんだとは思わなかった。何故にこんなヌード写真が…」とびっくりしつつ、「世界悪女物語」を含めて数冊買ってきました。
…えーと、澁澤龍彦の本を今まで読まなかったのは、本能で危険を察知していたのではないかと思いました。都市の好みにせよ、人の好みにせよ、絵画の好みにせよ、私と澁澤龍彦は好みが似ているように思えるのですが、澁澤龍彦は私が「それはちょっと」と思う領域を軽々と超えていっています。もっと若いときに影響を受けていたら、現在の世の中で生きていくのが今よりさらに難しかったんじゃないかと思ってしまいました。
その「それはちょっと」という感じは本文にも表れています。太字は私です。
ヨーロッパの北の果ての、貧しい陰鬱な国スコットランドから、中世以来の洗練された文化国家フランスに連れて来られ(以下略)
私が似たようなことを思ってないかといえば、少し思ってますが、そんなにさらっと身も蓋もないことを書かれるとどうしていいやら。びっくりしていると、次のページにはもっと凄いことが書かれています。
湖と森の多いスコットランドは、暗い情熱によって引き裂かれた悲劇的な国である。オランダやスペインやフランスのように、人口の密集した、商業や貿易のさかんな、文化程度の高い国とは丸きり様子がちがう。シェークスピアの『マクベス』が見事に描いているように、貴族たちは血で血を洗う権力争いに明け暮れている。一方、狂信的なアルヴァン主義の布教者ジョン・ノックスは、説教壇の上で、フランスから帰った若い女王のカトリック信仰をあしきざまに攻撃する。
少女時代のみやびやかな環境とはあまりにも異なる、この憎悪にみちた貧しい国土で、若いメアリは政治の面倒にうんざりし、争い好きな貴族や坊主たちのあいだで、次第に馴染めない自分を感じはじめる。
スコットランドの立場はどこに!?という文書も断定的でおもしろいですが、メアリ(メアリ・スチュアート)の心情すら、断定的に書かれているあたりもなんともいえません。
なかでも、私が一番気に入ったのはルネッサンスという時代にについて書かれた以下の文書でした。
(前略)当時のひとびとが内面的な美、魂の美よりむしろ、外面的な美、肉体の美に対して、はるかに熱中していたことを示す好個の例である。その意味から、ルネッサンス期の特徴の一つは、魂の道徳的不感症といってもよかろう。
「魂の道徳的不感症」という言葉の選び方がおもしろいです。
紹介されている悪女自体もおもしろいですが、その紹介の文に表れている、澁澤龍彦の快楽主義で博学なところも楽しめます。
取り上げている悪女は、ルクレチア・ボルジア、エルゼベト・バートリー、エリザベス女王、メアリ・スチュアート、カトリーヌ・ド・メディチ、マリー・アントワネット、アグリッピナ、クレオパトラなどなど蒼々たる面々です。
登場する悪女の中で、私が一番好きなのは、現在モーニング連載中の「チェーザレ」の影響を頑張ってさっ引いてもルクレチア・ボルジアです。
同じ流され悪女系のメアリ・スチュアートもいいんですが、やっていることがすべて後手後手に回っているというか、流されっぱなしで、「周りは見えているのだろうか?」と思えるあたりがイマイチです。エリザベス女王との間で、「お姉さま」「親愛なる妹」と呼び合い親しげに手紙のやりとりをしていながら、一度も会った事がないあたりは「いい根性してるなあ」と好感がもてますが。
その点、ルクレチアは流されてはいるものの、自分でも精一杯何かをしようとしていたりする気がするし、ボルジア家の教育のおかげか周りが見えてそうに思えるところが好きです。そして、なにより、チェーザレとの間柄は!?ってワクワクドキドキできちゃうし。














