フェラーリとランボルギニーに挟まれて
土曜日にドライブしていたら、前にフェラーリ、後ろにランボルギニーというシチュエーションになりました。
…一瞬「グランツーリスモ 5 プロローグ」の世界ににまぎれこんだのかしら?と思いましたが、そうではなくリアルの話です。
都内ではよくあることなのかどうなのか、確かにマセラッティもベントレーもよく見かけるような気がします。が、しかし、と思いました。そして、田舎に帰ったときの母との会話が頭を通り過ぎました。
(私たち夫婦がプジョーを買った、という話を受けて)「最近はこのあたりでも外車に乗ってる人は結構いるし、プジョーに乗ってる人もいるのよ」
そして、母は、実家から首都圏の私鉄の駅換算で軽く二駅は離れた家を通り過ぎるときに、停まっている車を指して「ほら、ここの家がプジョー」と教えてくれました。
…プジョーを持っているわけでもない母が、そんなに離れた家の車のメーカーを知っていることくらい、実家のあたりで「外車を所持する」ということは特異なことなのだけれども、母は「都会はもう少し多いかもしれないけど、少し違うだけで似たようなもの」と思っているんだろうなあ、と思って、あまりの意識の乖離になんともいえない気分になりました。
そんな母は、私の看病のために私たち夫婦のマンションに来たときに、心底びっくりした様子でこう言いました。
「子供はどこで遊ぶの?」
私たち夫婦のマンションの近所には、田舎には普通に存在するような、車が滅多に通らない道路も、緑豊かな山も、近所の人の目が届く広い公園や空き地や田んぼも、複数人が遊べるような庭のある家もあんまりありません。でも、都会とはそういうもので、それは母を含めた田舎の人も分かっていると思っていましたが、そういうわけではなかったのか、と思って、なんともいえない気分になりました。
田舎に住んでいたことのある私でも母との会話の違和感にびっくりしたので、都会に住んだことのない田舎の住人が都会のことを分かるのや、田舎に住んだことがない都会の住人が田舎のことを分かるのは、なかなか不可能に近いんだろうなあ、と思いました。
私の実家よりもう少し開けてたところから、最近関東にやってきた友人が、「違う国やと思う。ほんまに異文化や」と語っていましたが、「都会と田舎は言語は一緒だけど、違う文化を持った違う国だと思うのがいいよなー」と思いました。












青山一丁目交差点あたりで国道246号を
通る車を半日だけ眺めて頂いて、
その通った車の購入合計額を教えて
差し上げるともっとビックリして頂けたかと。
(半日あれば間違いなく1日で「億」行きます)
私は最近青山から東京都の僻地に職場が
変わってしまいましたが、仕事内容はともかく
会社のそばを走っている車の種類の違いが
寂しいです。
前の職場では1日に1台は生のランボルギーニ
やらアストンマーチンやらフェラーリやらを
見ていたのに、今では雑誌かゲームの中で
見るばかり。
代わりに、値段こそスーパーカー以上ですが
最高速では無く最大積載量やら最大トルクが
ウリの高級トレーラーがバンバン走っているので
これはこれで楽しいのですが…。
総額はかなりいきそうですね〜。
ただ、何故か、脳内シミュレーションをしていたら、母が「だって金額が大きいのは、大きな道だし、東京にはたくさん車があるからでしょ」と言うような気がしてきてしまいました。
「でも、あの感覚は伝えたい。金額が何かの道だ」と悩みに悩み「そうか、分布図はどうだろう」と閃めきました。車の金額の分布図(一般車、社用車、トラックなど別)です。これならいけそうだ、と思ったら、もうすっきりサワヤカ爽快な気分で、何かを成し遂げた気がしてきました(笑)