2008年01月16日
羽根布団が余る理由
母と電話をしていたら、「使わない布団がたくさんあって困っている」と言われました。
使わない布団なら買わなければいいし捨てればいいと思うのですが、どうしてそんなものを買ってしまったうえに捨てられないのか、ただ単に滅多に帰らない私の布団が邪魔なのか、などとバカなことを考えていたら、事態は私の予想を遥かに越えていました。
母「ここらへんの法事に出ると、お返しに羽根布団をもらってしまうのよ。だから、どんどん増えていくの」
…えーと。
都会に住んでる私が勝手に考えるに、法事のお返しに羽根布団というのは、金額も法事のお返しだからどんなにかかっても一万円くらいだろうし、そんな安い金額の羽根布団なんて場所はとるわ、それでいてそこまで温かくないわ、法事でもらうからには近所の人も同じものをもらってるから誰にあげるわけににもいかないわ、それでいて「お返し」というもらいものだから捨てることもできないわ(心理的にもそうですが、田舎の場合、そんな大物をゴミ捨て場に持って行ったが最後で翌朝には隣町まで「あそこのおうちとんでもないことするねんで」とおひれにはひれついて伝わってしまうから物理的にも不可能であるに一票)、と貰って嬉しそうな要素はまったく思いつきません。
私「何で、羽根布団がお返しに出るの?何か理由があるの?」
確かに、田舎だと場所を確保するためにかかる経費は都会よりは安そうですが、それであっても、どう考えても法事のあるような頻度で、布団の買い替えが必要にならないことくらいはどこの誰でも分かると思うのですが、何かそれを超越する田舎の理があるのでしょうか。
母「田舎だからなのか、法事のお返しは量がたくさんになるほうがいいみたいよ。少なくとも、ここらへんであなたの祖父母の年代まではそうみたい。私は理系だからなのか、合理的すぎて、その感覚がまったく分からなかったけれども」
…なるほど。
確かに、その後のことを考えずに、「かさ張る方が良い」と「しかし、帰りに道に家まで持って帰ってもらうのだから、軽いほうが良い」という条件のみをあわせると、「かさ張るけど軽い」ということで羽根布団はベストソリューションになりそうです。
後の流れを勝手に考えるに、それで田舎の影響力ありそうな誰かが法事に使いだした途端、田舎の常で「○○さんのところは羽根布団だったからウチも羽根布団でいいんじゃない?同じにしておけば大丈夫よ」ということで流行したのではないかと。
そして、一度流行してある程度定着してしまうと、法事の仕切りを任された人間にとっては「みんな羽根布団なのに、ウチだけ違うものを出すなんてとんでもない。確かに、場所はとるし、もらって何がいいのか理由は分からない。だけど、他のものに変更してもよっぽど気が利いたものじゃないと同じような文句を言われる。ましてや、文句の言われないものを選んでしまうなんてことがを出来てしまったらさらに怖い。それより昔に羽根布団を選んだ、自分より年配の人たちが『あの人が違うものを選ぶから』って考えて次からはどんなことをされるかわからない。そんなものを選んでしまったのだから折に触れて誰かからは行事ごとの相談を受けるようにだろうし、その相談を断るなんてことをしようものなら、今後の生活に支障が出そうだ。かといって、そこで何か少しでも的の外れたことを言おうものなら、周囲が相談した人間を巻き込んでとんでもない評判を立てそうな気がする。そんな前門の虎、後門の狼みたいなよく分からないプレッシャーには耐えたくない。理由が分からなくても、みんなと同じ羽根布団を出させて」と羽根布団を選ぶ以外の選択肢へのリスクが非常に高い状態が出来上がりそうです。
そして、これが場所のない都会ならともかく、田舎なので、法事に出席するような年代の人が住む家の大部分は毎回の法事で羽根布団をもらっても保管する場所は確保できてしまうことになり、それについて抜本的対策をとるよりはリスク回避の性向が高くなる状態が続きそうです。そして、「羽根布団ばっかりもらって困った」という代に代替わりするか、勇気と実力のある仕切りが出現しない限り、なかなかに難しい状況が出現すると。
納得していると母が続けました。
母「私にはよく分からなかったけど、昔の我が家の法事で、義母(私の父方の祖母)は座布団を選んでたわ」
私「いや、羽根布団よりは座布団のほうがいいかなと思うけど。だって、布団よりはまだ座布団ほうが数が必要で、交換しそうじゃない」
何も知らない私は無邪気にそう言いました。しかし、母は言いました。
母「あなたの祖父母の家にどれだけ法事でもらった座布団が使われないままあったか!…それに、交換すればいいと思っても、なかなか捨てられないものなのよ」
どうやら羽根布団ブームの前には座布団ブームがあったみたいです…。言われてみれば、確かに祖父母の家に座布団がたくさんあったような覚えがあります。
羽根布団ブームの前に座布団ブームが存在したことを知っていて、そして「どうせ余る」ということを前提に考えれば、座布団に比べれば羽根布団は軽いし、収納に困ったにしても圧縮すれば羽根布団よりは小さくなりそうです。なるほど、出現した当時は羽根布団は画期的な品物であったに違いない、と思いました。
…まあ、そこまで分かっても、『それでも消えものやカタログギフトでいいじゃん』と思ってしまう私が田舎に住める見込みはあまり立ちません。
投稿者 michy : 2008年01月16日 07:24 :
バトン、思いつき、妄想
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コメント
うちも法事の羽根布団山ほどあった!
Posted by: なぐら : 2008年01月16日 13:26
ずっとお邪魔していましたが、コメントはご無沙汰な うめ です。
私の実家は田舎にあるので、「質より量!」という絶対的な風土がよーくわかります。
ここらでは、『重い』というのが重要だったようで、思い返せば、お葬式だけでなく、結婚式の引き出物でも「食器」が主流でした。。
昨年末から実家の大掃除をしているのですが、箱ごとたっくさんしまってありました。
湯飲み×10×8、小鉢×6×5、中皿×2×6、という具合に、出てくるわ出てくるわ。
ばーちゃん曰く「全部もらいもので捨てられなかった」……絶句。
わりと簡単に捨てちゃう私は、リサイクルショップに売り飛ばす気満々!
意図せずにですが、私で「代替わり」になったようです。
Posted by: うめ : 2008年01月17日 01:42
>>なぐらさん
私の田舎だけの極地流行だったらどうしよう、と思ったのですが、都のほうでも流行していたとのことで、なんだかほっとしました。
>>うめさん
ごぶさたしています〜。
…食器。それは私も覚えがあります。「もらいものばかりがたくさんあって困っている」と一人暮らしをするときに、母方の祖母から食器をたくさんもらい受けました。一人暮らしには多すぎるくらいの量だったので、うめさんが挙げているくらいはあった気がします…。
色んな話を総合するに、それはJAに預金をしていると毎月送られてくるものらしく、それがあるからなのかどうなのか農家でなくともJAは私の田舎のお年寄りには人気の金融機関らしいです。
私のような生活をしていてはそんなマーケティング戦略はまったく思いつかないので、「JAは田舎のお年寄りを掴むすべをこころえてるなあ」と感心したことを覚えています。
よく考えれば戦後の物の無い時代に青春を暮らしていたら、それがトラウマで「ものを捨てるのはイヤ。もらうのはスキ」というのになってしまいそうな気がしました。
どうでもいいですが、祖母から貰った食器は洗い物の下手な私がことごとく割ってしまったので、そんなに無駄にはならず有効活用されました…。
Posted by: michy : 2008年01月17日 01:57
