高価で小さなアクセサリを欲しがる女性は隠れた才能がある説
友人が最近買ったという指輪を見せれてくれました。
友「かわいくない?最近ねー、お金無いときでもアクセサリは欲しくなっちゃうんだよねー。服はどうでもと思うようになったんだけど」
私「確かに、このアクセサリはおもしろい。でもね、私、実はアクセサリのこと、よく分からないんだよね…」
友「どうして?」
私「いや、キレイだとは思うんだけど、値段が理解できないから見ていてもツマラナイんだよね。そのうえ、アクセサリってすぐに無くなるんだもん!」
友「…。確かにmichyはいかにも無くしそう」
私「そうなの!だから、指輪に数万円とか理解できないの。店頭の指輪を見てるだけで『これ無くしたらどうしたらいいんだろう』っていう恐怖感がわいてくるの。ガラスケースに入ってるやつはさすがに私が目の前で何をやっても無くなるわけないと思うんだけど、それでも無くなっちゃいそうな気がするの。アクセサリ売り場なんて『落として壊したらどうしよう』『間違って欲しくなって衝動買いをしてしまって、翌日に無くしたらどうしよう』なんて思いながら通り過ぎてるよ。その昔、夫に無理を言ってプレゼントしてもらった時計も無くしちゃったよ…」
その時計事件(たぶん一年も持っていない)以来、夫は私にアクセサリを買ってくれようとはしません。私も夫に「買って欲しい」という勇気がありません。よく考えれば、ガジェットのほうがよっぽど安いし無くならないのです。
友「そうなの?私、アクセサリも時計も無くしたことがない気がするから、その気持ちはわからないなあ。でも、まあ、確かに、いくらmichyでも服はなかなか無くせへんよな」
私「え?時計もアクセサリも無くしたことがないの!?」
少し私は凍りました。
私「…それって傘も無くさないの?」
友「いやいや、傘は忘れたりしたことがあるよ」
どうして傘を無くして指輪や時計なら無くさないのか私の頭では未だに理解できません。
アクセサリを無くすからつけない、というのは私だけかと思っていましたが、「けっこん・せんか」檀ふみ/阿川佐和子を読むと、檀ふみも阿川佐和子に「アクセサリは自分で買うもの。さあ、買いに行きましょう」という風に勧めたとたん、アクセサリは向いてないと思ってつけるのを辞めたというエピソードが載っていました。
檀 気がついたんですよ、持っても無駄だって。私、アクセサリーって、ま、指輪のことですけど、すぐなくしちゃうんだもの。そこらへんの引き出しに入ってるらしいんだけど……。(略)そうすると使いたいときに、使いたいものが出て来ることは絶対にないの。だから、これは私には向かないって
「けっこん・せんか」p28より
色々と違うところが多そうですが「そうそう、私も檀ふみと一緒」と勝手に思っておいてます。
そんな私は、かわいいアクセサリや時計に憧れる女性を見るたびに、「あんな小さいものを欲しいと思えるなんて。無くさない自信があるんだ…。ウラヤマシイ」と思ってしまいます。
そこで閃きました。
アクセサリを欲しがる女性をみるたびに「こんなものにこんな値段を払うなんて」と思ってしまう世の殿方は、見方を変えてみるのはどうでしょう。
その高くて小さなアクセサリが欲しいという女性は、そんな小さくて高価なものを無くさずに管理し、T.P.Oにあわせて付け替えが出来るという素晴らしい才能の持ち主なのです!
…いや、その女性がアクセサリを無くしても私は何の文句も受け付けませんが。










