ショパンコンクールの日本版を妄想してみる – ちばてつやコンクール -
最近の講談社の「限定版」商法にいいように弄ばれ、「もしやもん」も「少女ファイト」も限定版を買い、あまつさえ、「表紙が違うから通常版も欲しい」と言い出している夫が「ピアノの森」も限定版を買ってきました。
「ピアノの森」は少年カイが成長してピアニストになっていく漫画です。「アッパーズ」にて連載、休載、雑誌廃刊を経て、なんと花形(?)のモーニングにて不定期連載され、アニメ化もされるまでになりました。「アッパーズ」連載から見守っていた我が家としては、主人公の成長とともに掲載媒体も成長していくような、漫画の出世物語を見ているようで感慨深いです。
そんな講談社の花形雑誌(?)「モーニング」で連載されることになった「ピアノの森」は、日本でも名高いショパンコンクールまで話が進んでいました。「アッパーズ」連載時は森の中で弾いていたことを考えると、「やはり『モーニング』連載にはショパンコンクールくらいの格が必要なのか」と意味不明な妄想してしまいます。
今回の限定版は、主人公がショパンコンクールで弾いた演奏を、ショパンの演奏で名高いアシュケナージの演奏を収録したCD付きで、漫画を読みながらCDを聞くと、「おお〜」と思えるファン心を押さえた作りです。
さすがショパンという音符が毛深く、黒鍵使いまくりそうなCDを聞いてると、夫が呟きました。
夫「ショパン・コンクールって大変やな」
私「なにが?」
夫「いや、だって、こんなに難しい曲で表現をしなくてはいけなくて、そのうえみんなが弾くような定番の曲があったりして、しかも審査員はポーランド人が多くて、いい弾き方だけどポーランドっぽくないなんて理由で審査が左右されたりするわけでしょ」
「うーん。確かに。でも、それをいうなら、ショパンしばりっていう時点でビバ!ポーランドって感じの不思議なコンクールだよね」
夫「ショパンしばり!その言い方はひどいな」
私「いや、私が聞いた限りだと、コンクールや賞って題名に有名な人の名前をつけても、その人の作品だけでしか判断しないものってほとんどない気がするんだよね。でも、ショパンコンクールってショパンしか弾いちゃいけないんでしょ」
夫「言われてみればそうやな。日本で同じようなものを考えだすと、アレか、『あしたのジョー』しか応募できない『ちばてつや賞』みたいなものか」
参考までに、ちばてつや賞の応募要項は、「作品内容:未発表(同人誌掲載は可)の作品に限る ページ数:無制限」のみです。
私「そうそう。そんな感じ。百歩譲って、ボクシング漫画しばりかなー」
夫「それイヤやなー。それで、審査員に『非常によく出来た作品だが、ボクシング漫画だからといって、最初からボクシングのシーンを描くとはいかがなものか。ちばてつや先生は、粘り強い日本人らしく、ボクシングをするまでにあれほどの過程を描いたがゆえにあの作品は傑作なのだ。この作品は、日本人としてのちばてつや先生の精神をから離れているので〜』とかってコメントされるんやろ」
そーれーはーいーやーだー。
二人して妄想をたくましくしてしまいましたが、よく考えると、クラッシックは再現芸術なので、「いかにショパンの心意気を再現するか」ということで、ショパンコンクールはショパンコンクールのままでいい気がしてきました。












michyさん、こんにちは。
>さすがショパンという音符が毛深く、黒鍵使いまくりそうなCDを聞いてると、
ツボでした。
ショパンの音楽について、というかショパンに限らず音楽全般に関して、
「音符が毛深く」という表現は初めて目にしました。
とても新鮮で、なおかつ笑えました。
最近、エテュードの「エオリアン・ハープ」を弾いたばかりなので、妙に納得できました。
「毛深い」、いいですよねー。
実は私の所属していたオケのトレーナーの先生が使われていた表現から拝借しました。もしかしたら由緒正しい由来があるのかもしれません(?)
私たち夫婦もkimurayukiさんと同じようにツボってしまい、我が家では未だに流行しています。
エオリアン・ハープもかなり毛深いですねー。