2007年08月03日
メガネと女の子と技術の進歩
夫が買ってくる漫画雑誌には一冊グラビアのある雑誌があります。表紙もグラビアです。
私「今日の表紙はメガネっ娘だね。初めてじゃない?」
夫「それは違うと思うなあ」
私「そうだっけ?私がきちんと見てないだけかなあ?うーん、(中身を覗いて)でも、こんなに色んなメガネをかけている子は初めてな気がする」
夫「その子は僕の友人が『あの子はメガネっ娘じゃない』って言ってた子だよ」
私「え?何がダメなの?」
私はかなり真剣に考えました。
メガネが似合ってないのか。似合ってないとすれば原因は何か。笑顔に邪気がなさすぎるのがダメなのか。憂いを帯びた顔がないのがダメなのか。
私「普通に似合ってるし、かわいいよ」
夫「伊達なのがダメって」
私「伊達やったら何がダメなん?(メガネのレンズの)屈折率の問題?」
夫「目が悪くないから!…。キミ、アカンと思うわ」
ゴメンナサイ。私も自分がアカンと思います。夫に答えを聞いた瞬間「やってしまった!」と思いました。
今話題なのは、あくまで「メガネっ娘」という類型の人であって、「メガネ」という物体ではないわけで。媒体はグラビアだけど、話題なのは人だから、「カメラのレンズを通したときに、わずかにメガネのレンズで屈折する光の加減が写真に写らないのが気に入らないのかしら?」なんて考えからして間違ってるわけであって。
何より問題だと思ったのは一年前にも同じ会話をし、同じことを言われ、同じく「しくじった!」と思ったのに、学習効果なく同じことを繰り返してしまう自分です。
くやしまぎれに、「レーシックして、メガネをかけてたら、その子は『メガネっ娘』なのよ、どうなのよ」と思いました。
契約書でもそうですが、技術の進歩はものの定義を難しくしますね。正直いって数年前の技術的な契約書なんて見たくないし、数年後を予定した技術的な契約書なんて書きたくないです。
その定義条項を考案したのも相手案を呑んだのも私じゃない誰かです。え?過去のメールをみたら担当法務は私だった?
……私はただの契約書の文字を書く法務なんで技術的なことは分かりません。そこらへんは現場か特許担当者に。
投稿者 michy : 21:01
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2006年11月09日
全国でひろゆき宛の裁判が起こされる謎
Q2 裁判所からの訴状や判決を受け取らず、呼び出しにも
応じないという批判があります。それに対して、
反論はありますか。
北は北海道から、南は沖縄で裁判が起こっているので、
全部に出席することは不可能です。
んで、全部に出席できないのであれば、
全部に出席しないというのが平等だと思っています。ちなみに、裁判を起こすより普通に削除依頼したほうが、
お金もかからないし手軽なのですが、
弁護士費用を無意味に払いたがる人もいるようですね。
某雑誌の質問に答えてみるの巻。 : ひろゆき@オープンSNSより
いろいろ考えることはあるんですけど、それはさておき、私が勉強した知識だと、事前に合意のない限り、被告の管轄地で裁判を起こさないといけないと思ってたんですけど、何で「北は北海道から、南は沖縄で裁判が起こっている」んでしょう?
民事訴訟法
第4条 訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する。
(以下略)
民事訴訟法の実務とかよく分かっていないので、どなたかご存知でしたら教えていただけると嬉しいです。どこらへんを読めばいいのかだけでも。
投稿者 michy : 03:39
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2006年10月20日
「ビジネス著作権法」荒竹 純一
法律書の多くにいえることなのだけれども、中でも著作権法は近年注目をあびるようになってきた分野なのにもかかわらず、理論的な説明や理想論的な説明が多く、具体事項に落とそうとすると曖昧でいまいち使い勝手が悪い本が多かったように思います。
また、実際の運用がどうされているのか、ということを確かめようとすると、その業界ごとのいろいろな本にあたらざるをえません。そして、業界向けの本というのは、法律については少し述べてあるだけだったり、独特な用語を使っていたり、誤解をうめそうな口調で書いてあったりして、「あれ?法律論でいうとどうなるんだっけ」状態に陥ったりすることもあります。結局、類例を調べようと思うと、もう判例百選の過去記事をあたらざるを得なくなったりします。(最高裁判所の判例検索は便利ですが、実務のリファレンスにはあまり向かない気がします)
そんなイライラがたまっていた私に「ビジネス著作権法」はビシっときました。…多少「メシのタネがなくなった」と思った感がなきにしもあらずではあるあたり、私も一人の人間なのですが。
法律論というよりは、「ビジネスにおいて著作権法を利用する際のリファレンス」として使いやすいように、実務で問題になることに重点をおいて書いてあります。書き方も平易で読みやすいと思いました。
私が調べた限りでは、記述がほとんどなくてムカついた「派遣労働者が著作権を作成した場合、派遣先企業での職務著作となるか」という問題についても、多数の著作の意見を注釈で拾ったうえで「争いがある」が著者はこう考えると記していて、非常に役に立ちます。個人的考えでは「争いがある」場合は、全部契約書を作りたいです。
また、判例の引用も多く具体的で、結局、この著作物の「依拠」や「著作物性」ってどう判断されるのか、といったことにも判例が多彩に引用されていて、本当に実務に使えそうです。例えば、「依拠」→「言語の著作物」→(1)フィクションの中で(1)「ぼくのスカート事件」(2)先生、僕ですよ事件、(3)悪妻物語事件控訴審、とさしてメジャーではない判例が3つもとりあげられています。もちろん、美術の著作物などの場合にはきちんと写真も掲載されています。その他の分かりやすい例としては、ゲームストーリーの変更と同一性保持権の問題でも、(1)三国志控訴審(2)ネオジオ事件第一審(3)ときめきメモリアル事件上告審(4)裸体画像事件控訴審(すごい名前ですね…。DOAのヤツです)と4つも例が取り上げられています。
それぞれの業界において実務がどうなっているかということも、きちんと記述されているのが、さらに役に立ちます。その業界にいる人には当たり前ですが部外者は案外知らない、複製防止技術とコピーガード・キャンセラーについての記述(それが「スタビライザー」として未だに一般に流通していることには、さすがに言及が無い)、半ページではあるものの通常フリーウェアと呼ばれる著作物についての記述(注釈とはいえGNUという文字を見たときは感動しました)、ジャスラックその他管理事業者についての記述、「レコード制作者」とは具体的に誰に当たるのかの記述、キー局とネット局の関係などのさまざまな具体的な記述があって非常にためになります。
まだ精読はできてませんが、手元に一冊、ぜひ!!オススメです。
投稿者 michy : 22:54
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国会図書館は斬新だ -リンクポリシー問題-
なんか最近まだ無断リンクについて議論が熱いっぽいですね。
法務としては「私が復帰する前に早く識者の人が妥当な見解を発表して決着つけて欲しい」と思う一方、個人的には「本当に無断リンク禁止したいなら、利用規約をちゃんと読ませて[同意する]にしないと読めないインターフェースをすべてのページで実装したサイトを作ったらどう?そのシステムは売れるかもよ!」と危険なことを思っています。
そんな中、高木浩光@自宅の日記 - 第1回「リンクポリシー」大賞 受賞者決定で紹介されていた国立国会図書館のリンクポリシーが斬新すぎました。
リンクについて 国立国会図書館ウェブサイトへのリンクは基本的に自由に行っていただいて結構です。 リンクを張られる際はIPアドレスではなくURL(http://www.ndl.go.jp/)にすることをお勧めします。(以下略)
国会図書館にIPアドレスでリンクをはろうとする人をみてみたい。今の時代ではなかなか出てこないアイデアです。
リンクポリシーまわりの怖い話としては、同じブログの「会社のポリシーは会議室で決めてない、現場でコピペしてるんだ」もタメになります。医師の話にも通じるところがあると思うのですが、法務や弁護士ってよほどの場合以外リスクをとるべきでないと思うし、とってくれないので、そのままコピペしたり結果だけ求めるのではなくて、理由や選択肢を聞いて欲しいし、そうすべきだと思います。
自分に対しては「必ず結果も確認しろ」、「事後も気を抜くな」と肝に銘じることにしました。

横はいつか掲載しようと思っていた国会図書館ネタで、国会図書館の非常に斬新な求人広告です。見た瞬間、我が目を疑いましたが、そこに実在していました。関西の学研都市にある「関西館」を偶然通りがかったときに見たものなので、関西館だけのものかもしれません。
投稿者 michy : 19:36
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2006年07月20日
法律と価値判断 -刑法177条あたり-
「■[edu] 刑法には「人を殺してはいけない」とは書かれていない」を読んで、「え!そんなときに法律を持ち出すことがあるの」と少しびっくりしました。(でも、私も気付いてないだけで人に犯罪の意義を解説するときとかに同じようなことやってるかもなー、って気がしてきた…。)
例えば『人を殺してはいけない』とか『妊娠中絶をしてはいけない』といった話をする場合だが,それが「刑法に書いてある」などと言うと厳密には間違いになってしまいかねない。ウソだと思ったら条文の文言を確かめてみて欲しい。(中略)
法律は,社会を構成する大多数の人が〈好ましい〉と思っているであろう価値判断を反映させているだけの代物。
同意です。法律の制定過程を考えればすぐに分かります。法律は、国民の代表として選ばれた議員が議決権を握る衆議院と参議院で可決されて成立したものです。逆にいうと、それだけでしかありません。また、実際に法律が制定されてから、現実に行使されている間には時間的なズレがどうしても生じます。
議員を多種多様な方法で国民が選ぶ→議院で議員が過半数で可決→法律になる→それが行使される
「そもそもの価値判断」を語るときに、「法律に書いてあるから」と答えるというのは換言すれば「その法律が制定されたときの国民が選んだ議員の少なくとも過半数が、それが行使されると国益にかなうと考えたから」というだけに異なりません。(個人的には刑法には人を殺してはいけない理由が書かれていないの「個人的には「おまえのゴーストがそうささやいたから」と言いたい。」に同意!)
もっとも上記文書は、(たぶん分かりやすさとキャッチーさを重視したがゆえに)法定犯(その行為自体は道徳的には無色に近いが、行政取り締まりの必要上犯罪と定められているもの)と自然犯(法律以前に道徳的に悪いとされる犯罪)の違いとか、最近は法定犯も自然犯傾向にあるとか(例として手元の本には飲酒運転の例が挙げられている)、そもそも別に「○○してはいけない」と法律に書いたからといって「法律に書いてあるのは所詮ある時代のある人々の価値判断である」という事実には変わらない」ということが書いてないので、「[法律] 刑法には「人を殺してはいけない。」と書かれている。」という解説やWikipediaの刑法の項目あたりとかが役立ちます。
「まあ、まあ、そうは言っても、その時代の価値判断なんだから今もあてはまることが多いんじゃない?」と思った、アナタ。そんなアナタのために、私が長年疑問に思って来た刑法177条あたりの話をさせてください。堕胎罪(胎児を堕胎するのは罪とされる)も道徳問題なのかどうかというと謎といえば謎な気配がありますが、アメリカでは宗教上の理由から実際に「たとえレイプによる妊娠でも中絶は反対」っていう人たちはいるし、優生学的色彩をおびた優生保護法が1997年(最近かよ!)に改訂されて母体保護法(医師会の指定する医師なら妊娠中絶してもOKという内容)になった今たいして実害はない気がするので。
刑法177条というのは強姦罪を規定しています。
(強姦)
第177条 暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
客体が「女子」だけなんですよね。中学生日記でも「男性の10人に1人が何らかの性的虐待を受けた経験がある」という統計が出てたし、私は女子に限定するのって意味あるのかな、と思います。限界事例を持ち出すなら、両性具有で戸籍上の性別が男である人がいたとして、その人に対しては強姦罪は成立しないの?その人に対して強姦罪が成立するとしたら、両性具有ではない男性に強姦罪が成立しない決定的な違いってナニ!?と思うわけです。「妊娠する危険性があるから」ってことなら、「じゃあ、妊娠する危険性のない女児のほうが重いのはどうして?」って疑問がふつふつと湧いてきます。怪我する危険性があるからってことなら(以下自粛)(かなりどうでもいい知識ですが、判例によると処女膜の裂傷はこの罪ではなく強姦致死傷罪でカバーされます)
男性が客体の場合には強姦罪が成立しないので、「強制わいせつ」になるわけなんですけど、罪名の響きも違うし、刑罰が六ヶ月以上といきなりかなり軽くなります。
主体についても疑問があります。争いはありますが、女性も男性とともに行うことによって、この犯罪の正犯(共犯=幇助、教唆に対する概念で「犯罪を犯したもの」の意味)となれるというのが判例です。そもそも何で争いがあるのか、私には既に謎なんですが、別に女性だけでも被害者の立場からすればたいして違いのないことが行えるような気がするんですが…、どうして男性が一緒でないとダメなんでしょう。
上記のような流れから、「姦淫」とは「男性器を女性器に挿入すること」とされ、既遂か未遂かは「姦淫」があったかどうかで判定されます。(テクニカルには違う犯罪類型ですが、実際は強姦罪未遂ではなく、強制わいせつ罪既遂となることが多いようです)しかし、刑法でいう「姦淫」がなくたって被害者がダメージを受けることは想像に難くないし、そもそもそれ以外に性行為の方法がないかというと(以下自粛)。
しかも、強姦罪は改正されて2年以上から3年以上の懲役になりましたが、強盗と比べるとその刑罰の弱さが目立ちます。
(強盗)
第236条 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。 2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
強盗が5年以上で、強姦が3年以上っていうのはどうしても私には理解できません。まして強制わいせつの六ヶ月以上なんて!
こんな法律を拠り所にして価値判断をされたらたまったもんじゃない、と思います。昔の時代にはそぐうものだったのでしょうが…。(でも、2004年の改正でも2年以上→3年以上(+集団強姦が4年以上)になっただけってあたりに、一国民でしかない自分の無力さを感じる…)
他にも、強姦罪の「暴行の意義」(刑法には「暴行」という言葉がいっぱい出て来て、それぞれの罪でどういう程度の暴行がその罪の暴行にあたるのかが判例でまとまっています)は妥当かという問題とか、「13歳以下なら無条件なのはどうして?」ってあたりとか、「二人以上で行えば親告罪じゃないって区別をつける合理性は?じゃあ、そもそも親告罪じゃなくていいのでは?」っていうのも疑問だったりします。
投稿者 michy : 23:00
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2006年07月06日
「Death Note」と法律
「Death note」も12巻が出て完結しました。連載でも読んでいたのですが、12巻を再び読み直してみて思いました。
読んで、理解するのにめちゃくちゃ時間かかる!
最初のほうはやりとりも分かりやすかったからさくさく読めたし、気にしなきゃいけないルールとかもさほどなかった気がします。でも、12巻にもなると説明が多かったり、その説明が何を前提にしているのかパッと読んだだけだと分からなかったりして「??」となることが多かったです。ここまで続けるといろいろと気にしなきゃいけない「前提」とかが多くなりすぎたから、じっくり読まないと理解できないのかなー、いきなりジャンプ読み出した人はついていけないよなー、と思ってふと思いました。
もしかして、法律も同じようなもの?
できた当初はさっくりしてて分かりやすかったはずの法律も、時々の知恵の働く人によって「あれ?こういう風にしたら、実は裏をかけるんじゃ」という試みの繰り替えしによって、判例やら、そもそもの法律の変更やら追加やらが繰り返されて何が定められているのかわかりにくくなっちゃったんじゃないかなー、と。その過程で、個々の用語に素直に読んだだけの日本語の意味とは違う定義が加えられたり、新たな概念を語るための用語が発明されたりしのたではないかと。
「裏をかく」→「判例で法律の解釈上それを違法だとする」→「さらに裏を」→「さらに判例で」→「さらに裏を」→「判例で対応しつつ、法律も整備する」→「さらに裏を」→無限ループ
これだけ繰り返された議論に、途中から何も知らずに入ると、確かにわけがわからないだろうなあー、と思った。民法だけでそんな条文が1000以上あるんだもんね。
それだけ議論が繰り返されたものを整理されて本にする学者さんって偉いなあ、と思いました。
投稿者 michy : 19:29
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2006年06月28日
「基礎から学ぶSEの法律知識」
ああ、「SEのための契約書さばき」を、「最近体調が悪いし」とか「どうも気分がのらないし」とかで頓挫させていたら、「まさに私がこういう書きたかった」みたいな新しい本が出てきましたよ…。
しかも、執筆者の一人がさりげなくお世話になった人だったりして、「確かに、同じような考え方の持ち主だったなあ」と悔しいような誇らしいような複雑な気分になりました。
さすがに知ってることばかりなので、買う気にはなれず本屋で立ち読みしてみたのですが、なかなかよく出来てますね。トラブル事例→契約書の重要性→個別契約書文言、法律の解説って流れは私がやりたかった流れそのままで、文書も分かりやすそうだし、図もそれなりにあるし、クイズ仕立てになってたりするし、なんてよくできてるんですか、キー!!!
私は、もうちょっと詳しくて実例がたくさん入ったのを、がんばって執筆するんだ。するんだ。とりあえず、NDAに関する項目をもうちょっと充実させようかしら。
「秘密保持契約書」や「業務委託契約書」って文言を見たことあるけど、「何のことやら」と思っていた人は読んでおいて損はないかと思います。
投稿者 michy : 21:17
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2006年03月17日
「SEのための契約書さばき」に2.5と2.6を追加
「SEのための契約書さばき」を公開してみたら、反響があって嬉しくなったので少し更新してみました。
よくお仕事をしていて、「瑕疵担保責任」って現場の人が言ってるけど、本当に意味が分かっているのかいつも不安だったのと、著作権というのは著作物を作成するだけで発生するってことも分かってくれてないことが多かったので、その二つの説明をして「契約書を締結しないと、こんな規定に従うことになるんですよ!!怖いですよ!!」とやってみました。
文字だけじゃわかりにくいので頑張って図もいれてみました。
しかし、法律用語を簡潔に分かりやすく解説するのって難しいですね…。この後、「とはいっても強行法規っていうのがあって」と進んで、独占禁止法やら派遣法やらなんやらについて解説するつもりなのですが…、ああ、空って青いなあ。
投稿者 michy : 16:18
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2006年03月14日
企業内法務部門の付加価値って?
最近、体調や気分が戻ったからか、休職前に「私の組織はどうしてこうなのかしら」と憤りを感じていたことについて考えることが多くなりました。どんな組織にも完璧なんてことはないし、組織に所属するものとして、自分がストレスに考えることがあるなら、原因を分析してちょっとずつ努力して改善していくべきだとは思うし、自分にとって害がないなら「まあ、そういうもんだ」とあきらめるってことも大事だと思うのですが、その消化のためにもブログにでも書いて考えてみようかな、と思います。
上場企業法務マンサバイバルの「企業法務マンの生きる道l」と法務の国のろじゃあの「企業法務マンの生きる道?」になんとなく影響を受けて書いてます。よかったらこちらもご覧ください。
私の組織の問題だけかもしれないのですが、どうも法務部門における予防法務ってことについての評価がものすごく低い気がするんです。やってきた契約書コメント案件に対して、訴訟やトラブルになったときのの手間なんてあんまり考えずに、関連する契約書にもあたらずに、目の前の契約書をみて、適当に契約書にコメントをつけて、さっと返して、情報共有のための記録につけることもなく、淡々と契約書を処理することが評価される組織って私はなんだかむなしいです。
それっていきなり外部の弁護士でも簡単にできちゃうじゃないですか。企業内法務部門の付加価値ってなに!?って思うんです。
社内で法務部員を抱えてる価値って、これから自社がどういう風に進むか、どういう業務を行っているかっていう自社業務についての知識や、今までの契約書で関連する契約書はどうだからどういう制限があるとか、昔こういうトラブルがあったからここはこういう条項になっているとか、この条項を呑んでいいかどうかはどこに話を通すべきとか、今の目の前の契約書を片付けるだけではなくて企業の将来を考えてもっと先のトラブルのコストのことまで考えれる、ってこととか、その他とにかく「自社のことを知っていて、自社の将来のことを考えられる」ってことだと思うんです。
後々絶対にトラブルになりそうなことは一生懸命現場に譲るとどんな大変なことが起こるか説明して譲らないようにしてみたりとか、きちんと確認すべき部署に確認したか確かめてみたりとか(もしくは連絡してあげたりとか)、契約書を処理する前に過去の類似する契約書のやりとりをみてみて自分がパッとみたときには気づいていないけど前任者は気づいてたことろについてはコメントしてみるとか、後輩のためにそこらへんをまとめてみるとか、そんな、私には大事で、企業内に法務部門がある付加価値だと考えている時間がかかることをやってみても、右から左に何も考えずに数を処理している人と同じ基準、「処理した契約書数」だけで、評価を受けてるのかな、と思うとなんだかむなしいです。実態は分からないですが、「中身をみてよ!」と思います。
私が企業内法務部門の付加価値だと信じれていることってただの自己満足なのかな、って思ってるみることもあるんですけど、弁護士が増えてくる中で企業の中にいることに付加価値を見いだそうとするなら絶対に重要なことだと思います。
そういうわけで、復帰したら、英語の契約書もやってみたいけど、もっとみんなのサポートをして、業務に必要とされるような知識をまとめて、企業内に法務を抱えてることの意味をもっと宣伝したいと思うのでした。
投稿者 michy : 08:45
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2006年02月28日
「SEのための契約書さばき」をちょっと公開
「プログラマに資したいです」で、ちょこっと書いてると書いた「プログラマ向け契約入門プチ法律知識付き」の序章だけを公開してみることにしました。
あまりに序章だけで、今までのところ「契約書って重要なんです」ってことしか書いてなく、やっと次の章から「瑕疵担保責任」や「著作権」についての解説ということを初めるつもりだったんですが、文献にあたりながら書くのが面倒で頓挫しております…。いつも自分が読んでる文献は会社に置いてるっていうのも理由の一つだったりもします。
そんな序章だけでもよければ読んでいただければ幸いです。なんで「SE」かっていうと、夫が読んでる雑誌のSE のスキルセットのところに「契約書なんたら」ってあった気がしたのと、どうやら本屋がSEのためのどーのこーので花盛りっぽかったので時代を意識してみました。エンジニアのための、とかのほうがいいですかね??そこらへんの語感もよくわかっておりません。
コメントなどいただければ幸いです。
投稿者 michy : 20:58
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Wikisituationという構想
「プログラマに資したいです」というエントリを書いたら、「Wikistitutionってどうっすか?」というTBをいただきました。
ウェブで読める法律って注釈もないし、実行結果もわかりにくいから、実行結果であるところの判例を集めたWikipediaちっくなWikisitiuationをつくるっていうのはどうですか?という内容です。
最初、「うーん、私が考えてるのとなんか違うなー。それは私のやりたいことじゃないなー。何かイメージが一致しない」という漠然とした感覚を覚えました。なんでそういう感覚になったかとよく考えてみました。
私が「判例」っていう言葉を聞いたときに、無意識に法律家にとって意味あるところの判例、いわゆる法律をそのまま解釈しただけでは適用できない、限界事例における判例だけを集めたことを考えたからだと思いました。限界事例における判例を集めても、それは例外というか限界事例を集めただけだから、基礎的、根本的な法律についての知識(条文から読み取れることだけではなく、法の趣旨とか用語の意味とかの理解)があるような人でないとそのデータベースをみることに意味がなくって、それって結局は法律家だから、法律家にとってだけ意味があるものができるだけになっちゃうんじゃないかなー、と思ったのです。
私は今の「株」みたいにもっと法律が親しみやすくなって欲しい、ってことが望みだから、法律家がもっと便利になるってことにはあんまり興味がわかないのです。
でもそれって既存の枠にとらわれてるなー、と思ってみて、もう一回よくTBの内容を読んでみたり、プログラムとの関係に思いを馳せてみたりして分かりました。
そっか、別に限界事例の判例だけを集めなくっていいんだ
「判例」を限定するなんてこと、元のTBのどこにも書いてなくって、私が勝手に「条文主義における日本で意味をもつ判例っていえば、条文を読んだだけじゃわからない解釈に疑義が生じる限界事例における判例だから」と限定していただけだったのです。そうじゃなくって、条文を読んでわかることも、普通の人には分からなかったり、たとえ分かっても納得がいかなかったりしたら裁判になっているかもしれなくって、そういう判例は法律家は自明だからと注目はしないけど、その「納得がいかない」や「分からない」数だけで世の中に判例というのは溢れていて、それをそのまま集めればプログラムの実行結果が集まったように、法律の実行結果が集まったWikisituationができあがる、というわけではないかと思いました。なるほど〜。それは確かに便利そうです。
問題点としては、そもそも、その判例が読みにくい上に長い(…)ってことと、その膨大な数と量の判例をどうやって分類するのか、どうやって打ち込むのか、ってあたりでしょうか。今も最高裁判所のページで最近の判例が掲載されているように、裁判所がやってくれないかなー。裁判官もそういうのできたら便利そうだし、判決の安定性が増して、法的安定性が増すから日本にとってとてもいいことだと思うんです。
また、このWikisituationを活用しようとすると、活用する人に単純な民事訴訟法の知識が必要になってくると思うんです。つまり、「お互いに争いのないところは裁判官は判断しない」や、「証明責任のある側がその事実があると証明できない限り、その事実はないことになる」(たとえばいわゆる民法709条の不法行為による損害賠償を相手方に求めるのがすごく難しいのは、損害賠償を求める側が「相手方の故意又は過失」「不法行為の存在」「損害の発生」「不法行為と損害との因果関係」あたりを立証しなければいけない、っていう非常に厳しい立証責任があるからです。確か、消費者保護関連の法律はこの立証責任をある程度、企業側にもたせることによって消費者保護をはかっています)ってあたりの基本的なルールは、やはり分かってないとダメだと思うので、それをどうやって分かってもらうかってあたりも重要な問題かと思います。
そして、一番大きな問題が、みんなが知りたい最先端の問題に対する答えはまず判例として出ていないってことかと思いました。裁判って結果が出るまでにやはり時間がかかるし、判決まで持ち込まれる事例も限られちゃうので、「これをこうするとどうなるの!」ってことの判例が出てることのほうが珍しい印象です。法律家や弁護士さんはそういう相談を受けたときにどうしてるかというと、学者の本を読み込んでみたり、似たような事例を探してみたりして「こうなるんじゃない?」という予測をたてるわけです。予測なんで経済学者の経済予測みたいに人によってかなり違います。多数派とか少数派とか、○○論とか、いろいろみなさん論理を展開されています。
そんなわけで、裁判所が判断をしてくれない以上、次によりどころにするとしたら偉い法律学者さんの見解が一番だ、とみんな思ってるので、偉い学者さんの判断がこの世界ではかなり影響を持って「偉い学者さんがこういってるからこうなるんじゃないかなー」ということなってます。でも、堀江さんがやったニッポン放送株の時間外の大量の取引が、私が見聞きした限りでは「違法のおそれがある」っていうのが多数派だったのが、特に何もなくて済んじゃったり、裁判所が偉い学者さんと違う判断をして、「あの裁判所の判断はおかしい」なんて批評が法律雑誌に載ってたり、と偉い学者さんの判断が万全というわけではありません。
つまり「どうなるか分からない」って問題が多すぎるんです。それで、みんな「Wikisituationには何も知りたいことが載ってない」ってことになって法律に愛想をつかすのが怖いなーと思いました。
投稿者 michy : 20:57
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2006年02月06日
欧米と日本の比較からみる時間の概念と法律の仕組みの関連とこれからの日本の歩むべき道
「日本では「違法」と「問題がある」の違いが認識されないくいのでは」を書いた後に、「あ、そういえばあれを考えたときは『そういえば英米は判例法の国で、どっちかというと法の執行がより一生懸命に『問題であること』や『妥当でないこと』を違法であるようにしようとしてるのがおもしろいよなー』ってことも考えてたんだ。書くの忘れた…」と思いました。こういうことがないように、書きたいことを思いついたときにはメモをとっているのですが、それでもトリ頭なのですぐ忘れます。
そして、いつもの土日の日課で平日にためてしまった日経新聞を読んでいたら、こんな記事を発見しました。
(イギリスでは)首相の選出でも最大多数の政党の党首に女王が要請する形をとるわけですが、明文規定はなく、あえてルールを決めていないんですね。でも、こうした人間の判断を信じる非成文憲法やコモンローというのが、実は恐ろしいまでの英国の英知なのだということに気づきました。
(中略)
日本の憲法論議が条文があって精緻に突き詰めていって、それで国政を運営するという悪い意味での条文主義に陥っている。
(中略)
自衛隊の問題についても憲法九条に違反するかどうか、英国の英知からすると問題にならない。条文を制定しておれば、それで国がうまくいくわけではないんです。
(中略)
どうでもいいことは規則で決めておけばいいが、人の生き方とか国の運営の仕方とか、根幹にかかわることほど、実は明文規定などできるはずがないんですね。
2006年1月30日の日経新聞のコラム「インタビュー 領空侵犯」より引用。全文は茂木健一郎のクオリア日記の「インタビュー 領空侵犯 憲法論議で忘れていること」でも見れます。
記事によると茂木健一郎さんというのは、今はソニーコンピュータサイエンス研究所にいらっしゃる脳科学者ですが、東大の理学部物理学科を出た後に、東大法学部にも行かれ、その後は再び法律から離れてサイエンスの方面に戻られたかた、とのことです。いやー、私、こういう文系と理系を両方に関心のある無意味に頭のいい人、知的探究心の旺盛な人、大好きです♪大学の先生なんてみんなそんなものかもしれませんが、私が大学時代に所属していた研究会の先生もそういうところがあって大好きです。
しかも、私は大学受験当時に理学部物理学科と法学部とを同時に志望して、両方の学部を受験したりしていたわけです。その後の進路は私は法律のほうが好きで、司法試験を志したりして法務に勤めてますし、物理は高校時代の知識で止まっていて、相対性理論もイマイチよく理解できてませんが、勝手に何か共通するモノを感じます!!
そして、インタビューの内容にも「なるほど!」と思いました。私の英米法について欠けていた視点はそこだったんだと思いました。私は「決まりがあること」が重要だと考えていて、それを社会のモラルのような曖昧なものに依存して裁判官が判断を下す、きちんと書かれた明文化された憲法や民法(制定法)のない英米法がなぜ存在するのかっていう根幹が、いくら本を読んでもうわっすべりをしている感じで理解できませんでした。でも、条文があるから、それがモラルなわけではありません。本質は逆で、法律というのは、みんなが「あれは駄目だ」と思ったことをやめて、「あれはやるべきだった」思ったことを振興する、みんなの価値観を共有するためにあるものです。だから、究極的には条文とはモラルに沿ってできているべきだと思います。
ただ、もちろん、それは憲法のような価値観のもとになるような抽象的な法律にのみ当てはまることだと思います。それをもって罰則を課すような法律が「みんなが悪いと思ったことが悪いです」なんていう曖昧なままの内容だと行動の予測可能性がなくなって、安心して経済活動や生活などが行えなくなってしまいます。だって、行動をする前に色々調べてみて、今の法律や自分の周りの人のモラルには違反しないようだから、その行動を起こしてみたら、「いや、新しい『みんなモラル』からすると、あなたのしてることは違法だから罰を課します」なんて言われたらびっくりです。だから、少なくとも日本では法律を遡って適用する遡及効というのは、かなりの限界的な場合しか適用されない、ということになっています。
なんて話を夫と話をしていてら、「そもそも欧米と日本は時間感覚が違うよね」という話になりました。夫が思うに、欧米のキリスト教的文化というのは一週間を基準に進んでいて、しかも巡回することがありません。ストレートな時間概念です。その証拠に彼らはよく「24/7」と言ったりします。それとは違って、日本はいつまで経っても「24時間365日」といって一年が基準です。しかも、日本の時間は季節がうつろうように循環します。
時間が循環する、循環しないというのは、少し感覚的なのですが、説明を試みようとしてみます。日本では罪を犯したたり悪いことをしたら、それは「水に流そうよ」ということになりますが、それは決してリセットすることではありません。本人は「罪を犯した」という自責の念を背負っていきます。リセットするためには、善行を行うことによって「自分は違う人間である」ということを証明していかなければいけません。また罪がたまったままに亡くなると「地獄」という場所に行くことにされています。これが「循環する」と言葉で言いたかったことです。いつまでも罪はつきまといます。
しかし、私の知る限り欧米のキリスト教的概念では違います。キリストはすべての人の罪をあがなうために、皆の代わりに十字架での磔刑に処された、ということになっています。人が罪を償うのは、おもに罪を犯すことによって不当に得た利得や相手に与えたりしたダメージを金額に換算した財産の移転によって行われます。財産の移転の後は、キリストが皆の代わりに罪を背負うことになります。かの国で自分の非を認めることを嫌がるのは、自分の非を認めることはイコール財産の移転を伴うからです。日本のように「自責の念を持って善行をとむ」という概念がありません。きちんとしたリセットには教会での「告白」を伴う必要があるのかもしれません。死後の世界は一つとされ、キリストが罪を背負っていますので、そこでは皆は幸せです。これが「循環しない」という言葉で言いたかったことです。罪はキリストが背負うことによってリセットされて無になるのです。
蛇足ですが、循環のスパンが長過ぎるという点でインドの時間概念は謎です。死ぬまで罪の清算がなされず、カーストの変更がなされないインドでは時をあらわすときに皆どういう単位を使うのか興味がわきます。
長い時間概念の解説でしたが、そういう二つの時間概念の違いから、制定法(文書で書かれた法律が裁判の基準となる)と慣習法(コモン・ローともいう。書かれた法律ではなく判例が裁判の基準となる)という違いができたのではないか、というのが夫の説でした。
英米では時間の概念のスパンが短いから変化が激しく「法律」という文書にすることに労力がかかります。そして、循環しないから文書化しなくても不都合はありません。日本では時間概念のスパンが長いから変化も少なく文書にするということにそれほどの労力はかかりません。そして、循環するのでその都度法律を見直して、「ああこういう法律だった。こういう基準で適用してたんだ」と確認し直す必要があります。
また、時間の概念とは関係ありませんが、英米は価値観の違う人が多かったからか、相手と会話してコンセンサスを作る、という文化があります。コンセンサスを作った結果できるのが契約書です。だから、英米の契約書はとても長い文書で合意事項が一から十まで書かれています。だから、「お互いのそのコンセンサス」が規範であると考えられれば、きちんとした憲法や民法がなくても規範に従うということは日本人が思うほど曖昧ではないのかもしれません。
翻って日本はコンセンサスを作るというのがあまり得意ではなく、どちらかというと「上から何かを与えられる」という文化です。憲法も国民が作ったというよりはアメリカが日本のために作ったものを官僚が手直しし、「こういう国になるぞ!」というスローガンとして活用されていたのではという気がします。もちろん、それ自体を否定するわけではなく、あの時代にはそういう手法があっていたのだろうなあ、と思います。企業でも社長のやることは会社のゆくべき道、価値観を決めること、と言われるほどスローガンというのは重要だと思います。
いきなり「欧米」が「英米」になったことに気づいたかたもいらっしゃるかもしれませんが、欧州でもフランスやドイツは制定法の国で、日本が法律を作るときに参考にした国になります。だから、キリスト教的時間概念が慣習法を成立したのでは?という議論は当てはまらないので意図的に除きました。私の議論では時間の概念を「キリスト教的」とひとくくりにしていますが、制定法と慣習法の違いがあることを考えると、英米と欧州では時間の概念の違いがあるのかもしれません。もしくは、時間の概念と制定法、慣習法には優位な関連性はないのかもしれません。
そこで、これからの時代を見据えてみると、インターネットの出現や交通手段の発展によって、お互いの国や文化同士が近くなってきました。また変化の単位も短く速くなってきました。これからの時代は変化の短いときにも耐えられる英米的な概念の導入がある程度避けられないのではないかと思います。特に、スローガンを与えられるのではなくコンセンサスをつくるということに慣れるということと、憲法などの抽象的な価値観に触れるような憲法や法律の改定について議論するときに、文字をいじってるのではなくて、文化をいじってるのだということを体感するということが重要だと思います。
私が「日本では「違法」と「問題がある」の違いが認識されないくいのでは」で国民にもっと法律の教育をして欲しいと述べたのは、法律というのはコンセンサスの結果出来ているものだから、どういうコンセンサスがあるのか知ってほしいし逆にコンセンサスであるべきものが法律になっていないならそれを変えることを考えてほしい、ということと法律を変えるというのは文化を変えるという重要なことなのだからもっと興味を持って欲しいし、限られた人だけが弄ぶべきものではない、という思いが奥にあったのかなーと自己分析してみました。
投稿者 michy : 00:46
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2006年02月04日
日本では「違法」と「問題がある」の違いが認識されなにくいのでは
「ライブドア事件をめぐる報道」と「ライブドア事件をめぐる報道・続報」にいろいろコメントをいただいて、ふと考えたのが「日本って『違法』ってことと『問題がある』の違いがあまり認識されていない、言語化の難しい国家なのかな」ってことです。
それというのも、私としては「違法ではないことを違法なように報道するってどういうこと!?」という法務に携わる一員として、ただそれだけが言いたかったし、論点をそこにだけおいて書いたつもりでした。「適法」であっても「問題がある」ことはぜひぜひ自由に指摘すべき、と言いたかったのです。しかし、「いやいや、そうはいってもこういう問題があるよ」というご指摘のコメントをいただいてしまったんです。
しかも、自分もそこだけに力点をおいたつもりで書いてたのに、「どう考えても適法」ではなく「どう考えても自由」なんて書いてしまったりして、自主規制があったら適法でも自由じゃないじゃん!と後から訂正をしました。
法務の国のろじゃあの「ライブドアの件の西尾幹二氏の論稿に47thさんのエントリーが引用されてます」を読んで知ったのですが、西尾氏もふぉーりん・あとにーの憂鬱の「ライブドア本体(単体)粉飾疑惑の気になるところ」を引用して次のような文書を書かれているようです。
・・・氏がブログ(「ふぉ~りん・あとにーの憂鬱」)に書いていたが、ライブドアの戦略が「妥当かどうか」といわれれば首を傾けるが、「違法かどうか」は別の話である。「『社会が石を投げるから、罰を与えていい』のなら、法律とかはいらない」は、一歩退いて考える人の冷静な言葉であると思った。 (西尾幹二「誰がホリエモンに石を投げられるのか」諸君2006年3月号132頁より引用)
日本社会で、日本語で、「違法である」ことと、「問題がない」(=「妥当である」)ことの区別をきちんとつけて、みんなにわかるように誤解を受けないような文書を書くのって難しいなあ、と思いました。
その原因ってなにかな、と考えてみたのですが、「義務教育で法律を教えて欲しい」でも書いたのですが、すっごく抽象的な憲法をのぞいて法律というものは義務教育では学習しない、日本の教育の影響があるのではないかと思います。
法治国家なのに法律がどうなっていて、どういう仕組みで人を裁いているのかわからない人が多い。「悪いこと、問題になることさえしなければ関係ないこと」と思って暮らしている人が多い。すごく基本的な「契約は口頭でも成立する」ってことや、「著作権は原始的に発生する」ってことだけでも知らない人が多い。
だから、その二つを区別するための言葉や脳の仕組みが出来ていかないのではないかなーと思います。こういう教育を日本でも、もっとするようになればいいなあ、刑事訴訟法における裁判員制度はそのいい前段階だなあ、と思います。でも、教育が先のほうがいいかな、とちょっと前後が逆な気もしますけど。
(060205)
「そうか。じゃあ法律を勉強しよう」と思った人には伊藤真の入門書が分かりやすくてオススメです。
伊藤真の入門書には知的財産法がないのですが、知的財産立国を目指す日本としては著作権くらいは押さえておかないといけないので、この本もオススメです。
実例もわかりやすく、当社も社費で購入しました。
投稿者 michy : 15:55
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2006年01月30日
ライドドア事件をめぐる報道・続報
以前のエントリ「ライブドア事件をめぐる報道」には色々コメントをいただき、大変ありがたく思っています。いろいろと考えさせられることもあり、「まさにブログを書いてる醍醐味ってこれだよね!」と思ったりもしたので、そこらへんを少しまとめたエントリを別途たてたい、なんて思ってるんですが、あまりにびっくりの報道をみたので速報としてエントリーします。
一方、堀江容疑者の“ハレンチ”な側面も徐々に表面化し始めた。一部報道によると、ライブドアが02年、休眠会社の法人格を売却した先が出会い系企業だったことが発覚。また、特捜部が16日の強制捜査の際、押収したパソコンから、堀江容疑者とAV系女優との“乱交写真”が見つかったとの情報もある。
この報道が事実だったとして、あのさ、検察って違法なことを犯してないか取り調べる目的で、いろんな資料を押収しているんでしょう。私生活のことまで調べてリークする権利なんてどこにあるわけ?そんなことできるんだったら、米国のエシュロンもびっくりの「いつ検察に何を調べて世間に公開されるか分からないプライバシーのない状態」っていう「ここは戦前かよ!」みたいな世界になっちゃうと思うんですけど。
だって、一応刑法によれば他人の敷地に許可無く(いや、敷地を利用している人の意図に反してだったかなー?刑法勉強したのずいぶん昔で忘れた…。気分がのったら本を調べて補足します。補足コメント大歓迎!(他力本願))侵入したとかだって違法なんだよ。そんなの、ふと、誰だってやっちゃうことあるじゃん。そんなのは違法でも「見逃し」てもらったり、もしくは法律の解釈の違いとかなんとかで「グレー」なことがあって、それがまかり通ってる世の中なんだから、適当に細かい法律をあされば、家宅捜索容疑なんて適当に見つかるんじゃないの。それでPC押収されて「アイツのPCはエロゲでいっぱいでした」とか個人のプライバシーみたいなことを暴露されるって考えたら末恐ろしいよー。
ここまでされたら、さすがに堀江さんも検察(国)を名誉毀損で訴えられるんじゃないの。確か名誉毀損の構成要件(これに該当すれば違法、っていう基準)って、不特定または多数に事実(真実でもOK)を提示して他人の名誉を侵害すればいいわけだから。ああ、でも公開先が不特定または多数じゃないとかって逃げちゃうのかな。そんなの今回の「包括的に考えれば違法」っていう検察の理論からいくと、新聞記者にしゃべるなんて「包括的に考えれば」不特定または多数にしゃべってるのと同じであって、構成要件に該当して「違法」なんじゃないの、って言い返してやりたくなるけどね。
まあ、でも、どう考えても過去の判例をみている限り、国が訴訟に負けるとは思えなくて(噂に寄ると国が負ける判決を書くと、裁判官は出世できなくなるらしい←どこが憲法で保証されてるはずの「裁判官の独立」だって話だけど、そもそも中国では裁判官の独立すら保証されてなくて党幹部のお気に召さないだけで普通に退職の危機らしいので、日本はまだマシ)、最悪誰かが負けるとしても雑誌社とか検察の一部の人がイケニエになって終わるだけなんだろうとは思うんですけどね。
今回の特捜部長さんが昨年の就任演説で『額に汗して働く人、リストラされて働けない人、違反すればもうかるとわかっていても法律を遵守している企業の人たちが、憤慨するような事案を摘発したい』と語っていて、私にしてみると「真面目に働いてる市民を守りたい。ギリギリなことやって大金稼いでるヤツは許せん」と考えているような、私からすると前時代的な価値観をもった人のようにみえるからそういうことになっちゃうのかなー。
ちなみに、私がこういう価値観を受け入れられない理由とかは、「嗚呼、堀江貴文!:日本人はまたお金の使い方を学べないの」が詳しくって、「その通り!」と思ったので、そちらをご参照いただけると嬉しいです。
端的にいうと、私はいわゆるところの「コツコツ働く」ってだけが価値のあることじゃなくって、資産を運用するとか、いいものの価値を見いだすとか、そういうことにも意味や価値があると思っていて、そういう知識を貯えようよ!郵便局に預けるってバカな使い方をする官僚にお金を渡すに等しいよ、って考えているってことです。意味や価値があるから、それでお金が儲かるんだし、富の移転が発生するんだと思うわけです。売り上げの40%近くが国庫に入金されて配当に回らない究極の損するギャンブル、宝くじが庶民的娯楽として受け入れられてるのに、「コツコツ働くに意味がある」って思うって「そりゃ、政府の搾取にだまされてるだけだろ」と思いますです。
投稿者 michy : 05:14
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2006年01月27日
ライブドア事件をめぐる報道
未だにライブドアのやったことの仕組みがつかめず、どのくらいグレーなのかブラックなのか検討もつきません。会計や金融の法律って難しいですね。isologueで磯崎さんがおかしいと指摘してあるキャッシュフロー計算書をの解説を読んでも、何が書いてあるのやらわかりません。会計士になった後輩や同輩は偉いなあ、と当たり前のことですが思わず感嘆してしまいました。金融関連の弁護士さんが高給取りな理由もよくわかりました。
そんな状態ですが、日々報道される「ライブドアはこんなこともやってました」報道合戦に少しあきれかえって頭痛がしてきています。
道義的とかモラルがどうかとかについてならともかく、決して違法ではない行為まで違法なように報道するってどういうこと!?
検察の適当な報道を鵜呑みにせずに、ちょっと誰かに聞くとすれば、いやせめて初歩的な商法の知識さえあれば分かるじゃん!そんなスポーツ新聞や週刊誌じゃないんだから、もうちょっと勉強して報道して欲しいなあーと思います。
おかげで、本当に違法な行為が何なのか掴みにくいじゃないか!
どういう点が問題かはふぉーりん・あとにーの憂鬱の記事が詳しいので、そちらを参照いただければと思いますが、私が特に最近ピキピキきているのが「株式分割」を違法として書いたような記事が多いこと!一つasahi.comの記事をピックアップしてたんですが、あまりに内容がひどかったのか期限が切れたのか削除されていました。
株式分割しても会社の価値が変わるわけでもないし、何か違法をにおわせることがあるわけでもありません。株式というのは、会社に対する価値で、それを10分割してみんなで保有しようが、100分割してもっと細かい単位で保有しようが、それは自由適法です。どう考えても自由適法です。それなのに「株式分割をいっぱいして会社の価値をかさあげる違法行為の容疑」みたいな報道ってどうなんでしょう。
(060131)私がここで述べたかった株式分割が違法であるか、適法であるかどうかとは関係ありませんが、Free!さんからのコメントで、2005年3月7日付(ライブドアの株式分割後?)で東証が5倍以上や投資単位が1万円以下になるような株式分割は慎むように「お願い」をリリースしていたことをご指摘を受けました。あくまで「お願い」ではありますが、「自由」というわけでもなかったようですので参考のため追記いたします。
株式分割をしようとすると何故か株価が上がって、株価×株式数の絶対的な値段が上がるっていう、日本特有のおかしな現象をうまく利用しただけじゃないですか。この現象がおかしいとか、「これを逆手にとったことでモラル違反」とかいうならともかく、まるでその容疑で逮捕されたみたいな書き方って、そもそも新聞のモラルとしてどうなんですかね。
「株式数がいっぱいあると東証のシステムに負荷がかかるから上場企業として東証のシステムに配慮すべきで〜」とかいう論調ならまだわかるんですけど。
もちろん、「株式分割をすると、配当などの場合に管理コストがかかる。ここまで分割するのは配当する気のない企業」とかいう指摘はもっともだと思うので、こういう情報にもっと紙面をさいて欲しいなーと思う今日この頃です。
…こういう報道にあきあきした人がブログとか2ちゃんねるとかに流れるのかなー。
投稿者 michy : 23:09
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2005年12月17日
「白昼の死角」高木彬光
私がまだ大学生で司法試験の勉強をしていた頃、予備校の講師に「手形小切手法をきちんと学びたかったから、小説などを読んで実際に使われる場合の理解を深めるのが近道ですね。僕のお勧めはタカギアキミツの『ハクチュウノシカク』です」と言われて、「ハクチュウノシカク」?どんな字かしら、「白昼の刺客」?などと思いながら探し当てた本。
母に私の叔父が若い頃熱中して読んでいたと聞きました。それだけ古い本で、前半の始まりは手形と関係なく株と金融のお話で始まったりするので、少し懐疑的に思いながら読み勧めましたが、そんな心配など全く杞憂でした。
手形小切手法を勉強するなら、時代を超えてお勧めできる本です。手形なんて興味が無くても、ちょっとしたビジネス小説なんかで手形が出て来て、「裏書」「割引」「振出」なんて言葉の意味がなんとなくしかつかめなくてもやもやってするときありませんか?そんな貴方も一読すれば手形のスペシャリスト…、とまではいきませんが、輪郭はかなりつかめると思います。
また、前半は東大生が行った闇金融として有名な「光クラブ事件」を作者独自の視点から取り上げています。この部分の出来も見事です。知り合いに「株ってどうやったら儲かるのかな?」と問われたときに、この部分に出て来た運用論を語ってみたら、「みんな同じことを言うね」と関心されました。時代を超えて普遍的な事件だと思います。特に、当時と同じようななバブル一歩手前のような今には、読んでおいて「こんな手口にはだまされないようにようしよう。株はやっぱり難しいなあ。うまい話には裏があるなあ」と思うのに良いかもしれません。
後半から始まる、主人公の手形を使った犯罪の手口は見事としかいいようがなく、未だに読んでも関心させられます。最初は本を借りていたのが、何度も読み返したくて思わず購入してしまいました。終わり方も最初に繋がっていて見事です。私が敬愛する島田荘司も尊敬する作家、故高木彬光随一の傑作ではないかと思います。
高木彬光氏が1995年に他界されたために、今は新装版が出ています。
私はこの本で高木彬光の存在を知り、読み始めました。ただ、私にはどうしても作者と相容れない世界観がありました。この本だけなら気にならなかったのですが、作品全部が全部から、作者の「仕事のできる男たるもの、愛人の一人や二人くらいいるのが甲斐性ってもんだ」という女性観が見えてくるのです。
私は仕事もできて、妻だけを愛する夫ってやつが好きだー!!!
そんなわけで、私の高木彬光探訪はあまりの価値観の相違に途中で挫折することになりました。それさえなければ、神津恭介シリーズなんていかにも私好みなのになあ。
ちなみに、同じ予備校講師には、民法ではナニワ金融道を勧められました。こちらも当初漫画喫茶で読んでいたのものの、何度も読み返したくなり、我が家に文庫で全巻あります。民法、商法に興味があるなら一読をお勧めします。
(060128)今なら冒頭の「光クラブ事件」は、ライブドア事件と比べて読むと興味深いと思います。当時は貸金でしたが、大衆から小金を集めて違法すれすれの事業をするというのはとても似ています。
「(略)僕がどれほど法律を研究してみても、この仕事には違法性がないのだ。ただ、ひっかかるとすれば、銀行法違反が精いっぱいのところだが、なに、警察の連中には、そこまで法律を研究している人間は、一人もいやしないよ」
このように自信家だった作中の隅田が検察の突然の捜索を受け、逮捕されるシーンはまさに今の堀江さんの状況と照らし合わせると興味深いです。今後どのように展開するのか気になります。
投稿者 michy : 05:33
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2005年12月12日
愛ルケの映画化と愛ルケを刑事訴訟法の併読に
びっくりニュースが飛び込んできました。「失楽園再び「愛の流刑地」映画化」です。
あの日経新聞の朝刊最終面で連載されていて、行為の最中に相手を殺してしまうこととか、その後の主人公のへたれさ加減とか、赤裸々な性描写などが話題を読んでいる愛の流刑地の映画化ですよ。愛の流刑地はネットでも「愛ルケ」との愛称で注目されています。詳しくはにっけいしんぶん新聞にて連載中の今日の愛ルケなどを読んでみましょう。
もちろん、幼い頃からの日経新聞愛読者の私は「愛の流刑地」には注目していました。特に、主人公が相手を行為中に殺害してしまった後からはもう釘付け。私は新聞は最終面から読むエセ読者なので、最初に愛ルケのチェックです。
私が休職中の職場のランチでも、ランチ友は同好ですから話題だったようで、「ランチで話題なのでお勧め」とのメールを先輩から頂きました。休職中なのにありがたいなあ。
でも、既に押さえていましたよ、もちろん
私の情報スピードは油断できないのよ!でも、にっけいしんぶん新聞はこのときに先輩に教えてもらいました。ツッコミ仲間がいなかったのて、それ以来、愛読者です。
ランチで愛ルケの話題をするためだけにでも復職したい!
我ながらあほらしい復職動機ですね。いや、いいんです。復職の動機なんてそんなもんで。(本当か?)
日経新聞のテレビCMの就職活動バージョンで、「普段はどの面をよく読んでますか?」と面接官が聞くものがありますが、あの返答はまずは「まずは愛の流刑地ですね」でアイスブレークしてから本題に入るのがベストだと信じてます。私ならそれをされたらたぶん内定を出します。
映画化では主演は役所広司さんということですが、主人公のへたれさ加減にはぴったりかも!私の役所広司のイメージっていったい、と思わないでください…。
ところで、この愛の流刑地、私は別の側面からも注目しています。それは刑事訴訟法を学ぶのに適した題材なのではないかということです。法律を学ぶときに一番最初に直面する問題というのは、その法律の適用されるときをイメージできないことです。特に学生だとビジネス経験もないし、限界事例ばかり扱っているので、多くの法律でこの問題に直面します。
社会人だと民法や商法は身近な話題になりつつありますが、刑事訴訟法は傍聴にでも行かない限りあまり縁がありません。昔は私の尊敬する故高木彬光の「破戒裁判」が法廷推理の先駆けとなった歴史的傑作として有名だったかと思うのですが、さすがに時代が過ぎました。刑事訴訟法も新しくなり、時期に遅れた証拠の提出等に罰則が定められるようになって、「破戒裁判」は昔を懐かしむものでしかなくなってきたのです。
ところで、またエントリを改めて紹介できればと思いますが、同じ作者の「白昼の死角」は今でも通用する手形小切手法を理解するのに、とても役に立つ、いや手形小切手法に興味が無くてもおもしろい歴史的傑作の犯罪小説です。映画化やドラマ化もされた模様です。
そんな刑事訴訟法をうまく理解する良い本がなかったところにやって来ました。
でたよ、新時代の刑事訴訟法の併読書が!
愛の流刑地は前半はともかく、主人公が相手を殺してからは、警察に捕まったり、弁護士と接見したり、証拠の取り調べを受けたり、裁判を受けたり、刑事訴訟法で押さえておくべき事柄が満載です。しかも、内容は刑事訴訟法の観点からみても、世間的な観点からみても突っ込みどころ満載興味深いもので、途中で読むのをやめられません。
ましてや、行為中に相手を殺したときに殺意が認定されるかどうかは刑法の論点の一つではないですか!
こんなに刑事訴訟法を学ぶときにふさしい物語がありましょうか。ぜひ、皆様も日経新聞にてご一読、書籍化された際にはご購入を。
(051217)「白昼の死角」の書評を書きました。こちらです。
投稿者 michy : 20:30
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2005年12月07日
よくできたGoogleのブランド使用規約
Webをぶらぶらしていたら、SiteBites | Blogで、「Googleさんと仲良くするためのいくつかの心構え」でGoogleについてこんな表記を見つけました。
しかし、サービスの利用同意事項にはロゴだけではなくサービスのスクリーンショットや記載文面など、これがGoogleらしいものだと一目で判別しうるすべての要素や素材の無断使用や転用を一切禁ずる旨の条文がある。GoogleのことはGoogle自身が語るべきであり、たとえそれを利用しているユーザであったとしても、その解説を実際のサービス提供画面から引用して行うことは許されないということだ。
スクリーンショットもだめなの!
ちょっとびっくりしました。Googleのスクリーンショットを使って、サービスの解説や批判をやったらダメなんて。
私はアルバイトを含めたお仕事で利用規約を作っていたこともあって、だいたいそこに何が書いてあるのか分かるので、いつも利用規約は読まずに同意したり、Agreeしたりしています。
注意:良い子のみなさんは絶対に真似をしないでください。利用規約はきちんと読んでから同意しましょう。何があっても責任持てません。
だって、契約書みたいにネゴできるのならともかく、サービスを利用するには同意するしかない利用規約を読むのに労力を使うなんて時間の無駄っぽく思えるんです。しかも、利用規約を作ろうと考えてみれば分かるのですが、そこはだいたいユーザーにやって欲しくない商用利用とか想定外の利用を制限して、自分を免責しているという内容になります。つまり、逆のこと、サービスの想定外のことをやりたいときや責任を持って欲しいときだけ利用規約を読めばいいということになります。
この「サービスの想定外のこと」は、サービスの技術的な知識がない場合やそもそも著作権などの法律の知識がない場合は、意図せずして行ってしまう可能性があります。だから、そのために利用規約にはいろんなことを書かなくてはいけないわけです。
しかし、私の場合は「この、私を誰だと思ってるの。何でも中途半端、法務だけど理系女子よ。技術も法律もある程度なら分かるわよ」というわけで、自分を驕ってだいていの場合は利用規約を読まないのです。いろんな人にあてはまる明らかな不利益を大勢に適用しようとしたら、私以外の偉い人が読んでニュースサイトが騒いでくれるとも信じています。
しかし、Googleを利用してこのかた、スクリーンショットが自分のWebで使用禁止とは考えてみたこともありませんでした。私もいつもの方針を改めなければいけないかもしれません。
急いで、Googleのサイトを確認してみました。サービス利用規約は普通で、特にスクリーンショットなどについてコメントしてません。むしろ、多数言語で多数地域対応しなければいけないところ、必要なことを必要なだけ厳しめに書いてあって法務としてはとても好感がもてます。日本語訳もとても自然です。今まではYahoo!が口語調であるもののわりときちんとしているので参考にしていました。しかし、検索だけではなく利用規約もYahoo!ではなくGoogleの時代がやってきていたんですね。何かあったら参考にすることにしました。
しかし、こうなるとスクリーンショットについてどこに書いてあるのか気になります。ちょっと探してみたら、Googleブランド使用規約というページがひっかかりました。太字は筆者です。
Google 社では、Google をご自分のサイトに掲載したいというユーザーの方々からのご要望すべてにお応えしたいと考えております。しかしながら、Google というブランドが培ってきた、客観的かつ公正な検索エンジン プロバイダとしての評判を保護するために、ブランド名がサイトに掲載されることで、Google がそのサイトに支持を与えている、あるいは提携しているとの印象を与えかねないご要請についてはお断りさせていただいてます。これは、Google の登録商標、ロゴ、Web ページ、スクリーンショットなど、Google 独自の特徴 (以下、「Google ブランド」) が、疑わしい資料と関連付けられると弊社が判断した場合にも当てはまります。そのため Google ブランドのご利用にあたっては、書面による明示的許諾を事前に得る事が必要です。Google ブランドについては、当ガイドライン、および当該契約条件に従い、Google が許可した特定の目的に限り使用できます。当ブランドの使用法に関してすでに Google と書面による合意を交わしている場合には、その契約書の合意事項以外の使用を望むのでない限り、使用許諾を改めて申請する必要はあ りません。それ以外の場合、書面による事前の許可なく Google ブランドを使用できるのは、Google 検索ボックスなど、当ブランドを事前の許可なく利用できることが弊社 Web サイトで明示されている場合に限られます。
普通はこういう著作権に関する表示みたいなものって、ロゴなどの明確な著作物の使用に関する場合だけに適用されるものだと思ってたんですが、明示的にスクリーンショットと書いてあります。
何でサービス利用規約からブランド利用規約にリンクしてなくて、こうやってぽっとおいてあるだけでブランド使用規約がすべての他のWebサイトでスクリーンショットが使用される場合に適用されることになるんだろうー、とちょっと悩んでしまいました。Gmailの場合はGmailの利用規約で下記のように明示的にリンクされていますが、汎用的なサービス利用規程にはこのような箇所がありません。ちなみに、Gmailは利用前に利用規約に同意しないと利用できないので、ブランド使用規約違反=利用規約ということになります。
広報活動 : Google の商号、商標、サービスマーク、ロゴ、ドメイン名、およびその他の特有の表示 ( 以下「 Google ブランド 」 ) を使用するためには、その使用が本契約およびその時点で有効な Google ブランドの使用に関するガイドラインの内容もしくは引用事項に適合している必要があります。かかるガイドラインについては、 http://www.google.co.jp/permissions/guidelines.html ( または Google が随時提供する他の URL) を参照してください。
ロゴが載ってるスクリーンショットの場合は、利用を制限するのは簡単です。ロゴはGoogleの著作物なので、著作権者であるGoogleが明示的に許諾した場合を除き、Google以外の他者が利用すれば各国の著作権法違反です。で、著作権者の明示的な許諾条件というのがブランド使用規約になるので、そこで利用に制限をかけていれば、ブランド使用規約違反の利用は著作権法違反になります。
でも、ロゴのないスクリーンショットの一部だったらどうでしょう。どういう根拠でこういう制限をかけているのかちょっと悩んでしまいました。そして気づきました。
そうだ、スクリーンショットイメージもGoogleの著作物ってことなんじゃん!
こんな簡単なことに思い当たらないなんてどうかしてるよ、私。そうだよ、そうだよ。勝手なWebサイトでスクリーンショットの一部を使われても、Googleが生成したスクリーンショットイメージ自体が著作物だから著作物の一部を著作権者に無断で利用していることになるんだよ。
あれ?でもそれじゃ、著作物の一部だから引用ができることになるんじゃ…。
引用は、条件を満たせば著作者の許諾なく行うことができます。引用は、利用規約などで制限できる任意法規ではなく、どんな場合にも必ず適用される強行法規だから事前同意で制限をかけられるとは思えません。
引用は、質的にも量的にも引用する側の本分が主で引用が従であるといえ、引用部分がはっきりと区別され、引用元が明示されているならOKとされています。
つまり、Googleのロゴを含めないような正当な範囲での引用になるようなスクリーンショットの一部を用いながらなら、Googleのサービスの解説をできることになります。もちろん、Googleと提携しているかのような誤解を与えるような作り方をしたら著作権法以前に不正競争防止法違反だと思いますが…。
なーんだ、心配したほどじゃないじゃん。よく考えたら、そもそも、ロゴを使用したスクリーンショットの無断複製って誰も著作権法の権利を行使しないだけで著作権法違反だから、他のサイトでもやっちゃいけないし。
しかし、Googleのブランド使用規約はよく考えてありますね。見習わなきゃ!!
投稿者 michy : 20:52
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2005年12月06日
ぼったくり飲み屋
「不当表示寿司屋」で私(?)と寿司屋のバトルを掲載したら好評だったので、便乗して私と飲み屋のバトルなどを書いてみたいと思います。
それは不当表示寿司屋のバトルから少したったある日でした。私と夫は、後輩を家の近所の飲み屋に拉致って彼の何かのお祝いをしてあげていました。後輩の祝いなのに、わざわざ自分の家の近くに呼びつけるあたりが私のメンタリティを象徴しています。
その家の近くの飲み屋は初めて入ったのですが、ドリンクが380円くらいと比較的安く「お、ここ、結構いいじゃん!」と思いながら上機嫌で飲んでいました。禁酒する前の話です。後輩は終電があるので先に急いで帰ります。繰り返しますが、これは後輩のお祝いごとです。駅までの見送りすらありません。酔った私にはそんなことを思いつく余裕すらありませんでした。後輩、申し訳ない!むしろ、「終電に間に合うか間に合わないかの時間管理は自分でしてよね!」と自分すらしたことないことを後輩に要求していた気がします。
後輩も帰り、そのあと上機嫌で夫と飲んだ後、会計をすることにしました。レジの前に行くと張り紙が目に入ります。
「22時以降は深夜料金として20%割り増しになります」
はあ!今初めてみたんですけど、そんなお知らせ。表の看板にも書いてなかったし、店内の目立つところにあるわけもないし、メニューにもそんなこと書いてなかったって。レジの前にたってみたら目に入るってどういうことよ。料理や飲み物を注文する前には分からなくて、料金を支払う段になったら「実はあの金額は22時までの金額だったんですよ」って、それナニ!
この飲み屋は朝の5時まで営業してるけど、それって営業時間の大部分が割り増し料金ってこと!?24時間営業のタクシーやファミレスならいざ知らず、どういうプライシングしてるのよ。だます気まんまんとしか思えない。しかも、「あれ、この飲み代安いかも」と思ってバンバン頼んでた自分が一番許せない。
ちょっとさ、これって刑法246条2項の詐欺罪にあたるんじゃないの。確か、人を欺いて錯誤に陥らせ、財産上の利益を得たら246条2項の詐欺罪でしょ。これって私が割り増し料金を払ったら、お店側は最初に割り増し料金がかからないメニューを提示することによって、割り増し料金がかからないかのような錯誤に私を陥らせて、その結果、私にバシバシ注文させて注文数を稼いで20%割り増し分の財産上の利益を得たっていえるんじゃないの。だって安くなかったらあんなに頼まなかったもん。ちょっとどういうことよ。
せっかく人が気持ちよく飲んでたのにー!!!
私も大人だし、怖い人が出て来たらイヤだから割増料金を払わないとはいいません。しかし、一言くらい文句つけたいです!だけれども、運が悪いことに今回は夫が一緒でした。同行してたのが前のように法務女子メンバーなら、あんまり遠慮することもないのですが、夫は私がお店の人と喧嘩することをいやがります。私は文句のつけかたが下手らしいのです。
「ねえ、ねえ、これ超むかつくんだけど!絶対にメニューにも、店内の目立つところにも22時以降は20%増しって書いてなかったよ。メニューに20%増しって書いてあったか聞いていい?」
かなりの穏やかなところからのアプローチです。夫はちょっと不機嫌そうな顔をしたものの、しぶしぶOKしてくれました。
私はレジで、払うという意思を見せるためにカードを出しながら店員さんに聞きます。
「この22時以降20%アップってメニューのどこに書いてありますか?」
「しょ、少々お待ちください」
店員さんは慌ててメニューを調べにいきました。かなりの時間がかかってます。しらばくして戻ってきました。
「あの、載ってないみたいなんですけど」
やっぱりそうだよー。ぼったくりだ、ぼったくりだ。とはいっても、支払わないとかゴネると夫が怒りそうなので、穏やかに店員さんに告げました。
「責任者のかたに、メニューに22時以降は20%増しですよ、と書いておいたほうがいいと、言ってた客がいるとお伝えください」
この客はわけの分からないことを聞くな、と思ってたかもしれない店員さんはそこで我に返ったらしく、神妙な顔で予想外の対応をしてくれました。
「申し訳有りません。ご指摘ありがとうございます。このたびはご指摘頂いたお詫びとして、20%オフとさせていただきます」
おっと!マジで伝言するだけだと思ってたら安くなったよ。3人分の飲み代の20%は痛かったから、かなり助かったよ。ちょっと印象がよくなりました。
少し機嫌良くお店を後にしました。しかしお店を後にすると何であんなにすぐに対応してくれたのかが不思議です。私、穏やかに文句言ったつもりだし、それだけで深夜料金にするかどうかの対応を変えるってお店としていいのかなー。そういうもんなのかなー。主張をしてみるのがいいってことなのかしら。
ハッ!そこで気づきました。私が文句を言ってるときに、夫が私の後ろで無言でたたずんでいたことを。夫はヒゲを生やしていて、コワモテと言えばそれで通る顔です。しかも、その日の服装は「本当のまっちゃんのTシャツ」で購入したカラフル和柄Tシャツにジーンズ。
もしや、怖い人に間違えられた?
深層は未だもって分かりませんが、そのお店はすぐにリニューアルオープンしました。
投稿者 michy : 10:24
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2005年11月21日
不当表示寿司屋
ランチでときどき通りがかる店に私たちが「不当表示寿司屋」と読んでいる店がある。ランチの店の呼び名は「イケメン」(かつてイケメンがいたから)だの「お墓」(お墓のそばにあるから)だの、それなりの由来があり、この不当表示寿司屋も不当表示ゆえにその名をつけられているらしい。
先輩の話によると、店の前にランチの見本がおいてあって、イクラなどおいしそうなネタが置いてあるのに、いざ店に入って頼んでみると、イクラなんて出て来ない。やたら安いタコやタマゴだののネタがのった皿が出てくるだけなのである。
どうやら「板前の気分で握ります」ということのようなのだが、それなら「板前の気分ランチ!」とでも書いておけばいい。決しておいしくないわけではないので、それでも客は入ると思う。表に豪勢なネタが並んでいるから、ついつい期待してしまうのだ。
その日も私たちは不当表示寿司屋の前を通りかかった。見本にはイクラにシャコにとおいしそうなネタが並んでいる。私は、不当表示寿司屋たる由縁をあまりつぶさに体験したことがなく、ついつい寿司屋気分だった。「この店がいい」ということで「不当表示寿司屋だから、表の見本にあったイクラなんて絶対にないよ!」と言われながらも入った。
実は私の目当てはシャコで、イクラはともかくシャコくらいなら出てくるんじゃないかと思っていたのである。
表に見本のあったランチをみんなで注文。
届いてみたら私の予想にも反してイクラどころかシャコもない!全部安いネタ。
先輩「ほら、やっぱり不当表示寿司屋だよ」
確かにまごうことなき不当表示寿司屋。どこにも「板前の気分です」とも「一人一人違います」とも「高いネタがないことがあります」とも書いてなかった。メニューにも書いてなかった。注文したときにも言われなかった。
消費者の不利益になることって事前に告知しないとダメじゃないかー。明らかに事実より著しく優良だと誤認させようとしてないか?絶対に不当表示だよ。景表法違反だって!絶対に訴えたら勝てる。法務として、イクラはともかくシャコは許せん!
お茶を注いでくれる店員に話しかける。
「あの、表にあったシャコがないんですけど」
店員は慌てながら言った。
「ただいま持ってきます」
え!?た、ただいまですか?ランチセットの全5カンはもう出てるんですけど、まさか、これに付け加えて持ってくるつもり?
私はシャコが目当てだったんだけど、イクラが目当てだった先輩(同じく法務)がこれ幸いと付け加え。
先輩「あの、イクラもないんですけど」
「そちらもただいま」
そちらもですか!?もしや私たちに寿司を追加で二つも提供してくれる気ですか!?
びっくりして様子をうかがっていると、店員は厨房となにやら交渉し、私たちの手元にはランチの5カンに加えて追加でイクラとシャコが届いた。まさか、こんなあっさり目当てのネタが手に入るとは…。
…文句って言ってみるもんだな。
私たちの「絶対に不当表示だよね!景表法違反だよ!」という専門用語の入った断言や、その日爆発していたやたらと法務用語の入った愚痴が怖かったのか…。法務女子ランチおそるべし。
それをみていた隣の客が、「おい、オレもウニがないんだけど」とウニをゲットしていたが、ウニは表の見本にはない!!!!。
そんなちょっとのクレームで高いネタを二つも追加で出していて、店の経営は大丈夫なのかい。それより不当表示をやめたほうがよっぽど儲かると思うんだが。
その後、メニューにどういう変更が加えられるのか気になっていたのだが、次に通りがかっても、不当表示寿司屋は相変わらず同じ体裁のままで「気分で握ります」ともなんとも書いていず、「この店は大丈夫か?」とかなり気になった。
投稿者 michy : 10:07
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2005年07月25日
印紙税のかからない主な場合
関連エントリ:「秘密保持契約書の印紙税」
あまりにも「秘密保持契約 印紙」での検索が多いので、印紙税のかからない主な場合一覧を作ってみました。
秘密保持契約
「秘密保持契約書の印紙税」参照。
印紙税法でいう課税文書にあたらないためです。
委任契約
請負(物の完成を約束する契約)ではなく委任(ある法律事務をすることをお願いする)や準委任(法律事務以外の事務をすることをお願いする)、ライセンス契約の場合は、印紙税法にいう課税文書にあたらないので非課税です。
コンサルティング契約とか顧問契約は、納品をお願いすることがないと思うので、非課税だと思ってよいかと思います。
でも、題名がどうであっても物の納品をお願いしていると「請け負い」ととられるおそれがあるため、納品義務をなくしておくのがよいです。
しかし、もちろん納品義務があるべき場合に、納品義務をなくせばもちろん相手が完成品を納品しなくても契約上は責任追及できないし、バグ等を直してもらえる瑕疵担保責任とかももちろん追求できないので、そういう場合に印紙税をケチるのはやめましょう。
ライセンス契約
ライセンス契約も請負ではなく、その他課税物件とも関係ないことが多いため課税できない。
ただ、「請負して作った結果ライセンスしてあげるの」っていう契約を一つにまとめてしまうと請負になる可能性が高いので、読みやすさの他にもライセンス契約はライセンス契約で分けて管理した方がいい。
外国で締結した契約
国外との契約の場合は、自社が先に署名すると、締結地が国外になるため印紙税を納めなくて済む。
国または地方公共団体その他法令で定める団体との契約
→非課税法人リスト
その団体の発行する契約のみが印紙不要になります。自分の企業の発行する契約は印紙が必要になる。
つまり、二社間契約で自分保管用で相手が発行したものと相手保管用で自分が保管するもの2通を発行すると1通が印紙必要、1通が印紙不要。→通達
この他にとある団体が発行する、とある文書だけ非課税という非課税文書もある。
投稿者 michy : 21:52
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2005年06月25日
座右の書としたい本
法務をしていて、「これが手元にあるとカッコいいよなー」と憧れている本がいくつかあります。まだ全然そんなものを参照する領域まで到達していないんだけど、憧れをこめて。
「Black's Law Dictionary」 ¥13,456 (税込)

「英米法の勉強をするならもっとけ」という感じらしい本。英米法における英語の広辞苑のようなもの、なんだと思う。法律上の単語の定義がきちんと平易な単語で書いてあり、どれに対しどういう判例があるかとかも詳しく書いてあるらしく、「これにあたればすべて解決」みたいな本らしい。どうやらロースクルーでも評判の書らしい。最近、会社にあることを知った。
いろんな法律上の英語の単語を日本人のために、簡単明瞭に説明してあるらしい本。法律英語の以外の単語もそれなりに分量がとってあるらしく、判例なんかの解説もしてあるらしく、日本人にはなんだか素晴らしそうである。
とっても片付いている隣席の人の机にある数少ない本。会社の本棚にもあるのを見つけて「ふーん」と思ったものの、その重さとデカさをみると、ちょっとひるんでしまって、ひいてみる機会は今のところない…。
「新版 英文契約書作成のキーポイント」 ¥2,940 (税込)
英文契約書で気にすべきことを簡潔に、しかし詳しく丁寧に解説した本。尊敬すべき先輩が手元においていた数少ない本で、かつ友人が「先輩から勧められてためになった」とブログでコメントしてくれていたので読み始めてみた。
英文契約書って昔から使われている言葉や決まりが多く、その多くには来歴があるのだけれども、来歴を考えたり調べたりしないで(上の二つの辞書を使えばわかると思うけど面倒で…)「みんな使ってるから」という理由で深く考えずそのままに放置しておいた心当たりのある人におすすめ。何事もそこに単語があるには理由があるんだなあ、と思った。自分が動かしてる契約書のこの単語の意味ってなんだろー、って思ったときにはオススメ。個人的に感動したのは締結日を書くときの「This contract is entered into as of May 25th of 2005.」の「as」の意味を解説してくれてたとき。
これを全部頭にいれて仕事できたら、かなり仕事できる人だよね、って感じで、興味深いものの私にはまだ難しいのであった。先輩は「辞書的に使ってた」と言ってたけど、私は知らないことばっかりなのでただいま精読しております。ときどき飛ばし読みがちになるけど…。
「知的財産・著作権のライセンス契約入門」 ¥2,940 (税込)

尊敬すべき先輩二人が手元においていた本。きっといい本なんだろー、と思うものの、なんだか難しいことがいっぱい書いてあるので、まだ読んでいない…。どうやら物語形式でいろいろ説明してくれて、実務よりで使えるらしい。
カタチから入るタチなので、とりあえず購入してみた。いつどうやって読もう。
投稿者 michy : 23:24
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2005年06月23日
プログラミングと契約書起案の類似点
プログラムも書いていて、でもってビジネス判断なんかもやっている友人に、契約書の解説をしていたら、「契約書って僕には言葉遊びにみえる。プログラミングみたいだね」と言われて、「全くその通り!」と思った。
ただ、私はすっごく重要な1点だけが違うと思っている。それは実行者。
プログラムはコンピュータが実行する。だから、曖昧な点や分からない点があるとすぐにエラーを出す。だからすぐに間違いに気づける。(時々自分が変に間違っててエラーも出ないで動いちゃうときもありますけど…)
契約書は人間が実行する。曖昧な点や分からない点はうまく咀嚼して処理をする。だから、変な文書でも通ってしまうことがある。
でも、目指すところは同じ。コンピュータ/会社に「何をして欲しいか」「それにはどういう条件に従わなくてはいけないか」「何をしては駄目か」そう一連の手続きや決まり事を定めるためのもの。
例えば、「契約書語の理解のために」からルールを引用してみると、
一般的用途以外で使用する語句や人によって解釈分かれる可能性がある上に何度も登場する語句は必ず定義する。
cf.「小会社」「製品」などなど。
契約書では、何度も出てくる語句はそのたびに詳細に書くと契約書が長くなるし、一カ所直したときに、他の箇所も必ず直すことを覚えているとは限らなくてメンテナンス性がとても悪いから、最初に「○○とは____で____で____な××をいう」という定義をするのが一般的です。
日本語では短い契約書も多いので、そのときは「___な××(以下「××」という)」などと短く本文中に定義を書いたりします。
この定義っていう行為が必要な理由は、きっと、オブジェクト指向でプログラミングするべき理由と似ているはず。
(オブジェクト指向プログラミングが求められる理由には、計算機自体の特性なんかも関係ある気がするので、それは省く。人間はどちらかというと、逐一書いてあるほうが読みやすいですよね…)
定義していない語句は使わない。
cf.目的が書いていないのに「本目的」、定義がない「本成果」など。
定義ってつまりは、同じ処理を繰り返し書くことを省くためにもうけられるクラスやインスタンスと同じことだと思うので、「作っていないクラスやインスタンス」は使わない、ってことでプログラミングでは至極当たり前で「そんなことしたら、コンパイルしたときにエラーが出るよね!」ってことだと思うんです。
定義しないときは、必ずその都度明確にする。
cf.「小会社(ここで小会社とは~」
クラスやインスタンスを作らなかったら、そのたびにコピペして、同じコードを書いてあげなきゃいけないんですよ。って、当たり前ですね。
主語や述語を明確にする。
誰が何の義務を負って、何の権利があるのかはっきりしないとビジネスにならないので。
プログラミングは各関数が、それぞれどういった形態で使用可能か、どういう引数をとれるかがきちんと決まっているので、きちんとした引数を書いてあげないとエラーが返ってきます。当たり前です。
でも、人間は主語のない文書や目的語のない文書でも平気で締結して実行しちゃうんですよね。特に日本語だと。そして、将来「この主語はA社と読めますよね、普通」「いや読もうと思えばB社とも読めます。むしろあえて書いていないところからすると、B社とも読もうとする意図があったと考えられる」とよく分からない問題が勃発。
意味や意図の分からない相手方修正案、相手方ひな形の中の文書は受け入れない。
何したらいいか分からなかったら、プログラムは動かなくてハングアップしてくれたり、その前のコンパイル段階でエラーを返してくれたりするからすぐ分かっていいですね。
また、IT業界で見聞きすることなどは法務にもあてはまったりします。
どんどん新しい言語を覚えなくてはいけない!
法律は次から次へ出来るんですよ。新しい局面に対応するために。どんどん新しい言語を覚えなくては行けません。
複数の言語(や機種)で動くプログラムを作るのは困難
異なる法律をいくつもカバーする契約書を作るのってかなり難しいです…。各国リーガルに聞かないと分からないの。
移植は大変なときがある
資本主義の国同士の企業で使っていた契約を、共産主義の国へも使えるように改変しようとするとかなり大変です。土地が借りるのは可能だけど、所有は国家だけが可能だったりするんです。
前の人の作ったアルゴリズムは色々検討して、長いソースが短くなっているから参考になる
長々と書くべきところをどう短く書くかや、自分が新しく書いたことが必要なことを網羅しているかどうかは不安なものですが、何十年も続いて来た契約書があると、「ま、いま想定できるリスクはここに入ってるんだろう」と、そこは安心して使用できるものです。
大人数でプロジェクトやる場合、ルールをはっきりしていないと出来たプログラムの共有がたいへん
同じプロジェクトを別の側面から切り取った二つの契約書を分担して書くと、○○さんの書いた契約書と××さんの書いた契約書が矛盾してた!ってことになりがちです。
だから、情報共有や打ち合わせが欠かせないのですが、とっても工数がかかる…。
まあ、仕事の悩みは同じってことなのかもしれません。
投稿者 michy : 21:08
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2005年06月19日
「契約書をみろ!」「いや、ソースを読め!」
法務としてのエゴを言わせてもらうと、法務は「法務に相談に来る前に契約書を読んでこい。日本語(or英語←法務のエゴでは読めてしかるべき、となっている)で書いてあるでしょ」と思っている、と思う。
しかしながら、夫やエンジニアとのメールや会話のやりとりをみる限り、一部の契約書も読める非常に希少価値の高いエンジニアを除き、エンジニアは「こんな契約書用語で書いてあるもの読めるか!文書投げるから解説してくれ!それが法務の仕事じゃないのか!しかも、英語なんてエンジニア用語の英語ならともかく、法務の使う法律英語なんて読めるか。Wheres Clauseってなんやねん!なんで大文字で始まる言葉があるんやねん」と思っているように思える。
一言で言うなら「そんなに契約書読めというなら、お前がソースコードを見ろ!」と。
私の究極的な理想論でいうと、法務はソースコードを見るべきだし、エンジニアは契約書を読むべきだと思う。でも、それは私がどっちも見れる人間だから言ってる理屈だけで、それは他人の能力や興味に対して無理解だな、とも思う。(おごり高ぶりたくってこう述べているつもりはないのです。そう聞こえたら申し訳ないです。私は両方みれる代わりに両方中途半端だし、理系の理屈が分からない人への理解は欠けていると思うし、体力はあきれるほどないし、まあそういうのは人それぞれだと思ってます)
極論すれば、法務が「いや、だって契約書だって英語だし」って主張してるレベルで、ソースコードだって英語だと思うんだよね。そんなアセンブラじゃないんだし、Cとかの高級言語で書いている限りhuman readableじゃん。しかも、最近はもっと可読性を高めたスクリプトとかあるし。見たことの無い言語だって、基本的なプログラムの構造さえ理解していれば、そのプログラムの実現したいことは分かるし、しかもプログラムなんてコメントアウトもしてあるし、基本的な概念は分かると思う。
#include studio.h
printf("hellow! world?n");
プログラミングができないので例えが貧弱で申し訳ないのでですが、このプログラムの意味するところなんて、「stdio.h」ってファイルをソースコードをバイナリにするときにインクルードして(まあ、これは決まり文句ですが)、hellow! world?nをプリントアウトすること、ってその程度なら英語さえ分かれば誰でも分かると思うし、その程度の理解だけである程度プログラムって理解できるのに!と理系な私は思う。?nが改行コードなんてトリビアレベルの知識でいいじゃん。(実際にこの程度の知識も業務に焼くに立つときがあります)
契約書だって、そんなに難しくないレベルの英語で理解可能ではないかと思っていたりします。下は契約書というよりは、GNU Public Licenseの一文ですが、
(前略)
3. You may copy and distribute the Program (or a work based on it, under Section 2) in object code or executable form under the terms of Sections 1 and 2 above provided that you also do one of the following:a) Accompany it with the complete corresponding machine-readable source code, which must be distributed under the terms of Sections 1 and 2 above on a medium customarily used for software interchange; or,
(後略)
from GNU GEneral Public License
なんかとある条件(いろいろあるっぽい)のもとにバイナリで配布できると、で、そのうちの一つがcomplete corresponding machine-readable souce codeをaccompanyさせることくらいは読んで頂いて、それに対する感触を考えてから法務とのミーティングとかに望んでくれると嬉しいな、と法務に属する私としては思うわけなんですが…。
え?そんなのできるわけないって?すみません…。
なんでこんなできもしないことを言い出すんだこの女は、と思ってると思うので、こんなことを主張してる理由を説明すると、お互いの業務に対する理解ってその程度くらいはないと意思疎通ができないし、お互いの業務に対して責任のとりようがないじゃないというのがあるんです。
だって、法務のいい分とエンジニアのいい分を聞くと、明らかにビジネス上重要な判断をお互いに相手に押し付け合っていて、その溝に対して誰も何の責任も取らないんです!お互いの部署で、お互いの中で「相手が悪いよね」って言って終わってる。それって組織としてビジネスとしてなに?おかしくない?
法務の理論を聞くと、法務は法的リスクを解説する部署ではあるけれども、ビジネスリスクをとったりできる部署ではないから、何かリスクをとらなくてはいけないことがあったら全部ビジネス部門(現場)の了解がいるからそんなことはやっていない。また、法務はビジネスをする部門ではないから(間接部門)、「契約書をよく読むとどうなるの?」って問い合わせには答えるし一読しても分からないリスクは指摘するけれども、実際の契約書はビジネス部門が読んで、ビジネス部門が守ってくれなくては意味が無い。だって法務部門はビジネス部門に質問をしたり、契約書に書いてあるレベルでしかその部門の業務内容や商品構成を理解できない。実際にビジネスをやり、他社とのやりとりをし、商品を作ったり売ったりしているのはビジネス部門である。だから、ビジネス部門が主体的に契約書を読んでそれに従って業務を行うべき。契約書に書いてあることをを守らず、法務が法的にみて内容に疑問があるときに法務にも問い合わせをしないのは現場が悪いし、また考え方にもよるけどそれはビジネス部門がリスクをとってるってことだから法務が口出しすべき筋合いではない。
で、翻って私の想像するエンジニアの理論というと、契約書なんて日本語とも思えないような言語で書いてあるものを、いくら読んでみようとしても、内容がまったくつかめない。読もうとすると、ものすごい工数を必要とする。ソースコードをエンジニアが書いているように、契約書も法務が書くものだし、読むものだろう。相手から来た契約書は意味不明で内容も理解できないけど、法務に転送すると何かしら「正しい」契約書にして返送してくれるはずだから、それを先方に転送すればいいはずだ。業務内容が不明?僕の使ってる用語はエンジニア業界では普通の用語だし、ググれば出てくる用語なんだけど、なんで聞いてくるの?同じ会社なんだし、いろんな部署の仕事みてるんだから、会社のことなんて法務のほうが分かってるんじゃないの?ともかく、契約書を法務に送ってみると、「○○と書いてありますけど、問題ありませんか?」と言われたよ。問題あるかないかって、僕も下っ端だし自分の部署でどういう運用しているのか分からないよ。法務のほうが昔どうしてたとか詳しいんじゃないの?昔の契約書みてみてよ。それと同じにすればいんじゃないかなー。守れるかどうか自分もよく分からないけど。なんでそんなこと聞いてくるの。「正しい」契約書を作るのって法務の仕事じゃないの?
お互いに、「契約書に何を書くか」っていうビジネスとして根幹のことを押しつけあってっちゃ、まともなビジネスも契約書もできるわけないじゃん!
どっちの言い分もここに書いてあるのは、少し過激に書いてあって、たいていはどちらかの部門の人がいい人でこことは少し違う考え方をしているために意思疎通が成り立ったり、間に管理系の部署の人が入ってるために意思疎通が成り立ったり(もしくは余計こんがらがったり)するんだけど、お互いにバリバリこういう考え方だったりすると、すっごく大きな責任がブラックスポットに落ちちゃってると思う。
こういうのは、とても日本的な曖昧さが全く意味なく発揮されている部分だと思う。そういうわけで、法務部門はソースコードを読んで、エンジニアは契約書を読みましょう、というのが極論だけど私のマイブームなのでした。
投稿者 michy : 02:25
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2005年06月11日
メールは証拠が残るから便利
英文契約書関連の本をいくつか読んでます。先輩の机の上にあった本は難しくてわけがわからない。講習会に行った講師の本は、講習会で言ってないことを探すので大変だ。自分が知りたいことだけを、わかりやすく、でも自分にあった程度に飛ばし気味で、っていう本って探すのが難しいですね。
自分にあった本がないときの、私の解決方法は「多読」なので、頑張って読みます。しかし、頑張って読むための体力ないのが難点です。睡眠時間もとらないとダメだし。読まなくてはいけない本が家で山積みになっています。今読んでいる英文契約書関連の本はそのうちレビューを書くのでよかったら楽しみに待っていてください。(むしろそれをモチベーションに頑張る!)
英文契約書関連の本を読んでて思ったのですが、英文契約書のストラテジーはビジネスでも役に立ちますね。日本語であっても、法務として取り組む以上、そもそも契約書に対する姿勢とはそういうものでなくてはいけなかったのかもしれませんが、今に至って気づきました。
具体的に役に立った英文契約のストラテジーが何かというと、「口頭で相手に伝える」というのは、「相手がこっちに注意を引きつけてくれる」や「柔らかい雰囲気がする」「物事を進めるのが早く進む」ということではいいのですが、「証拠が残らない」ということでは、全然全く駄目ってことです。
「証拠を残す?同じ会社の人間同士で?何の為に?」と昔は思っていたのですが、自分が本当に信頼できる人以外、証拠を残しておかないと、結局言った言わないの言い合いのレベルにみんな落ちちゃうんですよね。(信頼できる人はそういうわけのわからないことは言ってこないか言ってきても、「あのとき言ったよね?」というと分かってくれる)そして、自分が年下であったり力の弱い人間であったりすればするほど、その証拠の能力は落ちるんです。
だから、自分が「言ったと証明できない場合のリスク」(作業が増えるとか、給料が減るとか)を負いたくないと思った場合や、「○○さんにも言ったと思うんですけど」という説明をもう一回したくない場合や(転送すればOK。もしくはコピペ)、上司に仕事したってアピールしたい場合や(これは邪道)、多くの人に名時内容を一度に伝えたい場合には、メールもすることが必要。
多くは「口頭で伝えたほうが分かり安かった」り、「そのほうがきつく聞こえなかった」り、相手が理解しているかどうかは確認できたりするので、口頭や電話でも伝えるんだけど、その後、電話で言った同じことをメールでもいうのが大事!他にも「あれ?この人ってどこまで理解してるんだっけ?どこから説明すべき?」って思ったこととか、「相手のメールのこの表現どう言ってるのかよくわからないよなー」って確認事項が出て来たときは電話で確認して、「○○とお伺い致しました。ありがとうござます」ってメールに書いておくと相手が言ったことも証拠に残せて便利です。
わけわかんないこと言われて、「前言ったよね!?」と思ったときは、メールをすかさず引用しつつ、「前も申し上げたんですけど」って言えばOK。全然言ってないことを「法務が言ったから」って言われそうになったら「全然言ってないよね?」と転送してあげればOK。偉い人から「部下の○○から法務が契約書作るの遅いから仕事進まないって聞いてるよ」って言われたら、○○さん宛のメールには、必ずその人の上司や偉い人をCCにいれておいて、「○○については検討されましたでしょうか?」と催促ニュアンスを出しておけばOK。
ただ、もちろん、「自分にとって都合が悪いことも証拠が残っちゃう!」っていう問題はあります。他部署や他の人に転送されたらイヤなことを自分が言ってたら、それも転送されちゃうかもしれない。
でも、思ったんです。そうやって気を使うのって私にはあってない。人によって態度を使い分けるとか、嘘をついてみるとか、無理です。間違ってたら謝るから、それで許してって感じ。しかも、私の理解としてはビジネスパーソンとしては、いつも社長に出しても恥ずかしくないくらいのメールを書いてないとおかしいんです。だって、部署を代表したり、会社を代表したりしてるわけだから。ときどき相手の会社の担当者のほうが自分の上司よりも頼みやすいと思ってる人がいるんですが、それはスジを間違えてる!!!自分の会社のことは自分の会社内で片付けるべき!!友達なら友達ベースで何か頼むのはアリだと思いますが。
なんでこうやって主張するかというと、そのあたり分かってない人がいて、一度会っただけとかなのに、特に断りもなくとんちんかんなことを頼まれることが多いのです。法務ってそういう部署なのでしょうか…。
またまた余談ですが、時々法務が出した、会社の論理を押し通しただけの社内向けのメールを、社外にそのまま転送して、「どうですか?」って聞く人がいます。相手方法務として私が受け取っちゃってびっくりです。いや、法務のメールを転送してくれた、相手の会社のあなたさーーー。それはあなたの会社の問題でしょ。あなたの会社の利益を最大にするべくあなたの会社の法務がコメントしてるんでしょ。うちはうちの会社の利益を最大にしたいから、相手の法務がコメント見えたら、一番下の妥協ラインをごり押しします。そりゃそうでしょ。
反対に自分のコメントが転送されて、びっくりすることがあります。あのね、そんな法務が「ここまでならゆずれます」とか、「他社さんにはここまで譲ったことがありますけど、実際問題現場ではどうですか?」って言ってるコメントをそのまま転送したら、自社に不利になるに決まってるじゃん!そこを交渉するのがあなたの仕事でしょ。なにやってんのさ。ふー。現場(社内クライアント)にわかりにくいメールを書くとこうなりがちなので、わかりやすく、うちの利益を考えるとね、と書いてあげたり、相手方にそのまま出していい部分は代書してあげるのがポイント。忙しくて手間を省くと逆効果が多いです。
英文契約って異文化同士のやりとりだったり交渉が多かったりするので、私のこの場面と同じような「書面にして何か残しておかないと相手が理解したか、やってくれるかどうか不安なの」という気持ちによって、膨大な書面が作成されます。そういう交渉過程のメモ書きをLOI(Letter of Intent)とかMOU(Memorrudum of Understanding)と言ったりします。両者で署名もしたりします。これさえあれば、相手がやってくれないときには、「○○にそう書いたよね?」と言えば、相手が確認してくれて、慌ててやってくれるから便利。最悪、もめにもめて裁判になっても、こういう議事録っぽいのがあれば証拠になるかもしれないし。
でも、そういう交渉過程の文書になると、一方には都合がいいと一方には都合の悪い場合が多く、「ああ、でもこの部分を誰かに広められたり、裁判で証拠にされたり困るの。どーしよー」と相手方は困っているというジレンマがあります。日本語は交渉過程ではお互いの主張のやりとりをするだけだし、お互い捺印済みの部署をとりかわしたりしないし、文書自体も比較的短いので、まだこういうジレンマは少ないです。英文契約書ではこの問題をどうにか解決しようと、「この書面は何も法的効力を持ちません」と書いてみたりといった解決策を試みようとするわけなんですが、いざ裁判ってなると、なんて書いてようと書面として残っている以上は証拠能力が認められたりするそうです。
つまり、「残したくないことは書くな」、これ以外はないと。誰かが承認しないと駄目なんです、って問題だったら「subject to XX's approval」って明確に書いておけ、と。
ね、私の仕事における対人関係のポリシーと似てませんか?結構、今のEメールが普及した昨今の仕事ストラテジーと英文契約書の考え方は似てると思います。
(050513)読みにくかったので推敲しました。
投稿者 michy : 00:47
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2005年05月25日
契約書語の理解のために
研修に行ってみた。「弁護士/米国公認会計士」って肩書きの人が講義しくれて、ためにならなかったわけじゃないんだけども、八割型が私でもできそうな講義だったので、先輩から教えてもらっていつも使ってるコツを備忘録的アップ。
そのうち時間があったら解説なんかでもしようかなー、と思います。
ルール1
定義していない語句は使わない。
cf.目的が書いていないのに「本目的」、定義がない「本成果」など。
ルール2
一般的用途以外で使用する語句や人によって解釈分かれる可能性がある上に何度も登場する語句は必ず定義する。
cf.「小会社」「製品」などなど。
定義しないときは、必ずその都度明確にする。
cf.「小会社(ここで小会社とは~」
ルール3
主語や述語を明確にする。
誰が何の義務を負って、何の権利があるのかはっきりしないとビジネスにならないので。
ルール4
条件などは「・」等で区切らず「又は」や「及び」、「若しくは」「並びに」を用いて必要条件か十分条件かを明確にする。
ルール5
意味や意図の分からない相手方修正案、相手方ひな形の中の文書は受け入れない。
意味が分かってないとこっちも義務が守りようがないです。意図が不明だとお互いに都合のいいように解釈してもめ事の元です。もめないために契約書作ってるのに本末転倒です。
ちなみに、相手方が「こういうことですので、原文のままで」ということがありますが、「そういう意味ならそう買いてよ」とか、「そういう意味にとれるようにこういう文言を追加してください」と食い下がるのが法務の本筋(?)っぽいです。
メールを残しておくだけでも証拠にはなりますが、モメてるだけのときでも、いざ裁判ってなったときでも、メールだけと契約書に書いてあるのとでは大きな違いです。
相手が「今説明したから大丈夫ですよ」と言ったら、「御社の担当者も弊社の担当者も変更した場合に誤解がないように、という話をしてるんです」と引き下がらずに構えましょう。
投稿者 michy : 22:14
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2005年05月19日
英語の友
私が英語を書くときの友の本の紹介です。
私が英語を書くことは、ほとんどありません。あえて英語を書かなければいけないときって、だいてい相手を説得しなきゃいけないとか、本社のエゴを押し通したいときとか、相手が言いたがらないことを聞き出さなきゃいけないとか、難しいシチュエーションばかりです。
事実を書くだけなら辞書と首っぴきでやればなんとかなるんですけど、相手に納得してもらう、っていうとなかなかできません。
そんな私のメールの友がこの本。返事を催促したり、クレームに対応したり、希望や期待を伝えたり、念を押したり、相手の理解を確認したり、日本語でも「相手が怒らないように。でも納得して動いてもらえるように」と気を回すときの例文がたくさんあって参考になります。
「と思ってよろしいでしょうか」や「適切な対応をお願いします」あたりは助かりまくりです。
Amazonの書評をみると、絶賛に混じって「ネイティブにみせたら、あんまりよくないと言われた」等などの書評もあります。どちらが正しいのか分かりませんが、私の英語レベルではこれよりいい表現なんて見当たらないし、日本人が多少英語を間違えていたところで、外国人はあまり気にしないと思うので気にしていません。
法務英語のシーソラスみたいな本。「○○ってことを書きたいんだけど、普通、英文契約書でなんて書くんだっけ」という疑問に思ったときによくひいてます。同じ言葉でも単語がいっぱい載ってたりして、使い分けられるのでよいです。
準拠法をなんと書くか、レポートを提出して欲しい頻度をどう英文化すべきか、よくある単語とそれぞれの単語の違い、なんていうのが載ってます。
高いけれど、それだけの価値はありました。
投稿者 michy : 21:04
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2005年05月08日
「ごめんなさい。法務なんでつい」
法務という仕事の基本は、契約書が実現したいビジネスを理解してあげることだと思う。
その材料は社内クライアントから聞くべきだったりするんだけれども、何もかも聞くっていうのも芸がないので、ある程度会社のプレスリリースには目を通したり、業界雑誌は読んだり、メールに分からない言葉があったら検索してみたりする。
で、「こういうの作ってください」と社内クライアントから依頼されたりしたときには、質問の回数とかは押さえつつも(だってそんな「業界雑誌読めば?検索すれば?」なんてことまで聞いてたら、お互いの工数が膨大に消えたりするから。でも、だからといって分からないけど質問をしない、ということが正しいのかというと、それは間違いだと思う。程度問題ではあるけれども、それをするくらいなら社内クライアントの時間を割いたほうがマシだというくらい、法務がビジネスを理解していないことの悪は深いと思う)、こういうこと知らせてくれないと実は作れないんだよねー、ということを色々質問したりして聞いてみる。
というわけで、法務をやっていると、いろいろ質問するくせがつく。つくんです。つくんだってば!つくってことにしておいてください。
だから、やたら人の恋愛事情やその他諸々を詮索している自分がいる。
この間も大学の友達の家に遊びに行ったのはいいけど、
その中の友達の「仕事辞めたよ。転職はしてないけど」発言にやたらと突っ込んでみたりとか、
もう3年も付き合ってる彼女にまだプロポーズしていないという男性に「女の子が結婚したくない、って言ったならいいけど、その年で3年付き合っといて、婚約も言い出さない男って『ちょっとはっきりしてよ』って感じだと私は思うよ。彼女も理解してるっていうけれど、本当に理解してるの?親御さんからのプレッシャー感じてるって言ったよね?彼女は具体的にどう言って同意したの?」と追いつめてみたりとか、
もっと長い期間付き合ってるけど、「結婚なんてする人の気持ちが分からない」と言う彼女を持っている男性については「そんなに長く付き合ってたら、もう裁判所で彼女が「婚約してました」って言ったら通っちゃうんじゃない?いざ彼女が結婚を言い出したときに別れましょう、お金も払いません、じゃ通らないと思うんだけれども、そこらへんのリスクヘッジはどうしてるの?」と、普通の人は考えないような限界条件を提供してみたりしてしまった。
そんな私もいつも質問した後で「やば!立ち入りすぎたかも」と思うことは思うので、そのたびに「ごめんなさい。法務なんでつい」と言い訳にならない言い訳をしている。
でも、よく考えてみると法務なんて仕事につく前から「michyさんってピンクですね♪」と言われるくらい、お昼のワイドショーネタっぽい人の恋愛ネタって大好きだった。そもそもが好奇心おう盛なので、恋愛に限らずやたらと質問をするのも好きだった。
…私の質問好き&詮索好きは仕事のせいにしていいのだろうか。
むしろ、この仕事が私にとって天職だったのでしょうか。
(050510)回りに相談してみたら「いや、婚約の証明は結構難しいと思うよ。『この家を買おうか』なんてメールとか残しとかないと無理じゃない?長く付き合ってるだけじゃだめだよ」と言われました。ダメか…。
心当たりのあったかた、ご安心ください。そして、こんな証拠を残さないようにご注意ください。むしろ慰謝料をもらいたいかたは、そういうメールをさりげなく残してみてください。後はさりげなく、全然知らなかったんだけど、住宅展示場付近をとおりかかってみて一緒に家をみて劇的瞬間(?)をデジカメ写真とか。
投稿者 michy : 21:29
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2005年05月02日
法務テクニック2
揉んでる
いろんな人に検討してもらってること。表向きは、いろんな人の検討結果をもらわないと漏れがあるかもしれないため、このようなことをしていることになっている。
しかし、たいていの人は「やって」と言われたときから目を通すまで時間がかかるので、「やっといて」「あっちから来たあれ、あなたもみといて」「あれをきみもみて」というやり取りが繰り返され、その催促のときに「あれどうなってるの?」「ああ、○○(部やさん)に揉んでもらってます」というやりとりが再生産される。
そして、そのチェーンに入ってる人が「催促されてから読む」ポリシーの人(もしくは結果的にそうなってる人)だったりすると、検討期間が大幅に増える。
用例:「ああ、その件は今揉んでるんです」
自社の社長印を押さない
大きな会社は「契約書」ってことにして、社長印を押すと「社内稟議を通してください」ってことになって、ややこしくなる。社内稟議は書類も起こさなきゃいけないし、説明まわりもしなくちゃいけないし、社内で確認部署も増えるし、大変なのである。
そこで、「自社が義務を負うことなく、相手に義務だけ負ってもらえばいいこと」なら、相手の印鑑だけ入ったものをもらうと楽なので、そういう書類を起こす。
とにかく一回返す
自社から送った強気の契約書に修正が大幅入って帰ってきたときに、なんにも修正してあげず、「これはこういうことなの!」って説明入りで返してあげること。一回投げるだけで修正に応じてあげちゃったりすると、「ああ、あそこは修正してくれるんだ」と思われてしまうおそれがあるため、そういうことを防ぐ。また、同じ契約書を多数展開していると、修正すると、あとあと管理やメンテナンスが面倒であるため。
法務にあげてもらう
相手からもらった契約書に修正をしたんだけれども、法務にあげない限りは訂正をしてもらえなさそう、という部分の場合、社内クライアントに「相手がなんて言ってもそれは方便で、相手の事情です。法務にあげてもらってください」と言っておく。
担当者にはその箇所を修正する権限がない場合が多いため、担当者レベルと話をしてもラチがあかないことが多いため。
また法務は、法務にあげられてから始めて話を聞くことになるので、一ヶ月担当者と話をしたあと法務にあげてもらっても、法務の対応は最初から法務にあげた場合と変わらず、一つ上のテクニックを活用した「修正できません!」コメントがまず届いたりする。
それなら、最初から法務にあげてもらったほうがよい。
相手の現場から相手の法務を説得してもらう
この条項を譲ってもらうためには、法務判断ではなくて現場判断だろうなあ、という条項の場合には、まずは社内クライアントに相手方の現場を説得してもらう。
法務は「これは通常受け入れられません」と突っぱねることはできるが、その条項を受け入れるとなると、それは最終的には現場判断となる。このため、現場さえ突破できて「それは大丈夫なんでー」と相手方の現場が相手方法務にいうと、法務もOKして通ることはがある。
ここで「そうはいってもそれを受けるってことは、こういうリスクがあるんですよ」と相手方法務が説明しだすと、現場の意見も翻ってしまうことが多いので、この手段は相手方法務が現場に対してあまりにも理解のない場合に使う場合が多い。
投稿者 michy : 16:46
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2005年04月23日
契約書をなぜデータ化できないか
「何でも自動化」で軽くこんなことを書いてみたら、いろいろ反応を受けた。
しかし、定義したらプログラムできるって、それは美しく無駄の無いオブジェクト指向なプログラムなのかなー。美しくなくても動けばいいなんて、私はそんな考え方は嫌いだーー!!!(だから、プログラマは挫折した…)契約書もプログラムも、意味さえとおればいいんだろうけど、後からのメンテナンス性とかを考えると、絶対にきれいに作っておいたほうがいいの。それにそれが私の美学にかなうの。業務フローを計算機に理解可能な形式にさせるだけで、こんなに難しいなら、契約書のXML化は遠いなと思った…。
その後、いろいろ考えてみて、何で契約書がデータ化(もちろん、PDFとかWordとかにすることではない)できないか考えてみました。
私が考えるに、契約書っていうのは日本語を思う存分メタ化した言語なんです。
メタ化すべきものだから、数値化することができなくて、だからデータ化できない。
かといって、式で表現すればいいかというと、契約書自体は式で表現しとけばいいかもしれないけど、具体的事象が出たときに、それは数値化しないと式にあてはめられない。でも、具体的事象を数値化するってなに?それは桁と行数が天文学的数字な行列?ってことになるわけです。で、式はそれを判定するものか、と。
で、その具体的な行列なりを会社がビジネス(物を買ったりとか…)を行う毎に入力するのか、と。誰が入力するんだ、と。そもそも、その式なり行列なりの定義を考えるのは誰か?そのどっちもの工数はどこの誰が出すんだ?
だいたい、いちいち定義しても、今も想定外の新しい事象が出てくるたびに、法務を呼んで「この場合は契約書をよく読むとどうなるのか」とか検討させてるじゃないか。データ化したら新しい事象って過去の定義からは数値が出て来ないんじゃないか、とか。そのたびに定義を拡張するのか。その運用は誰がやるんだ。そのたびに、コンサルを雇うのか?そもそも、それが今後の法務の仕事なのか?
それなら、別に今は普通に回ってるんだしいいじゃないか。新しい派遣さんやアルバイトさんや社員やコンサル雇って、お金出てくのいやだし。
だいたい、契約書っていうのはメタ化しているとはいえ日本語で書いてあるんだろう。じゃあさ、みんなそれをみて運用とかは出来るんじゃないか。別にコンピュータに任せないで、人間でやったほうが確実だし、安いんじゃない?分からないときには法務に聞けばいいじゃん!
ということで、今はその一番いい折り合い点であると経営陣が考えるところの、「思う存分メタ化概念を活用した日本語(=法律用語)」で契約書は書かれているわけであった。
そして、内容を理解できるのは法務だけで(実は法務もよく分かってなかったりしたり…)、現場は日本語だからと思って理解してみて、運用してみる。ちょっと無理が出るような気もするんだけど「いやいや、こうも読めるし」と思って運用してみる。
……そして、法務は「そんなの契約書読んだって、絶対にそうは読めないってーーー!!!何でそんな運用してるのーーー!!!」と叫ぶ。
投稿者 michy : 01:16
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2005年04月22日
法務テクニック1
この仕事をある程度やってると、いくつかテクニックを覚えるようになります。それが推奨される行為なのかどうかはさておき、それらのテクニック解説。
寝かす
社内クライアントからもらった案件(契約書のチェックやリスク検討)を、いったん見るものの返事をしないでペンディング状態にしておくこと。表向きは「考える仕事だから、すぐに結果を出せるわけではない」「さまざまな状態を考えてみることで、リスク評価ができる」ということになっている、と思う。
用例:「すみません。その件は寝かせてあったんです」
ボールを投げる
社内クライアントから仕事がきたんだけど、今はもらったデータを全部読んで、いろいろ検討してる時間はないというときに、「この点はどうですか?」とクライアントに質問を投げておき、その質問の答えが返ってくるまではとりあえずその件についての検討はやめること。表向きは「具体的な事情が明らかになってないと、検討はできない。すべての場合をシミュレートできて危険性を指摘できるわけではない。また、法務が考える事情とクライアントが考えている事情が違っていると、法的リスクを指摘するときにズレがあったり漏れがあったりしてしまうために、不明なことは問い合わせなければならない」となっている。
用例:「その件は相手にボールを投げておいたから、その間は時間稼ぎできると思うよ」
…おかしいな締め切りを引き伸ばすいいわけばかりだな。
なんか、このエントリを読んでるであろう法務以外の人が誤解したらイヤだな、と思ったので追記。ここに書いてあるテクニックは、誤解されがちですが、文字通り表向きのとおりに用いてる法務のかたがたも多いです。(私がどっちかは追求しないでください)
ただ、ちゃんと理由があるのに、それをいちいち伝えないと信じてもらえなくてですね、「なんか法務に投げると時間かかるよね。仕事してないんじゃないの」と言われるんですよ。
その状況をちょっと皮肉に伝えてみたかっただけのエントリです。だから、法務での検討に時間がかかってもしょうがないんですよー。でも、催促はしてもいいかも。(私は案件の重要度は、それが放置されたときの結果で考えるようにしているつもりなので、別にクライアントから催促がないから、といってないがしろにするわけではないですが、少なくとも「しつこいなー」と思ったら先に片付けたりするので、他の人もそうかな、と思い)
投稿者 michy : 20:21
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2005年04月20日
LEGAL XML
くだないエントリにコメントを頂いてしまって恐縮なisologueの磯崎さんのエントリで、「オープンな法体系」っていうエントリがありました。
契約書を作るって行為がプログラミングみたいに統一言語でできて、書く地域語への変換とか、裁判とかがプログラム上で解決できればいいな、みたいなSF話です。
それの追加で、今実際にXMLでLegal XMLって企画が動いているいるんだよエントリもありました。
契約書のXML化については、私も3年くらい前から夢想しています。今日も「いや、契約書を読めばわかるじゃん!」みたいな問い合わせをうけ、契約書の内容を解説。
そういうのってコンピューターがやってくれると楽なんですよねー。各国語だけじゃなくて、もっとわかりやすく具体的に。(ちなみに、「契約書は一般人が分かるように書いてある」っていうのは法律家のよくする話ですが、この仕事をしてるとそれは嘘だと思う。「法律の話のわかる」って前提が必要ですね。著作権は原始的に発生するって分からない人が契約書読んだってさーー)
仕事をしていて、契約書は日本語とか各国語とかで法律的に(?)書くことにより、書いてるときには予測可能性のなかったことを、なんとか解釈とか運用とかでカバーしようとしてると思うようになったので、契約書をコンピュータが理解可能な言語にするっていうのは無理だと思うんですけどねー。妥協の産物で、今わかることだけを定めてるわけじゃなくて、将来起こるかもしれないことを定めようとしていて、でも今分からないから曖昧に書いておいて、将来になったらその辞典で「解釈」の変更だの、「運用」の変更であって、「契約書」の変更ではないって言い訳で対応してる。だから、デジタル化されて曖昧さを無くした時点で、そもそもディールがまとまらなくなると思う…。それか、その実際の場合を定義すべき数値がないとか。
理系だからこういう発想がでるのかなー。
夢見たいな話でした。
投稿者 michy : 22:51
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2005年04月19日
法務の仕事ってなに?
新人にいろいろ教えていたら、「法務の仕事ってなんだろー」と悩みモードに突入してしまった。
私の今の理解は「仕事につきまとう法的リスクを、相手が理解できる程度まで説明してあげることと、法律を守るための手助け」です。
だから、社内クライアントが「そういう危険があることは分かってますが、それでも相手のいい分もわかりますので、この内容でOKです」って言うならそれで問題ない。私のお仕事は一見読み取れないようなリスクを説明してあげること。
というのが理想なのですが、そこは法務の思う理想と社内クライアントの理解にずれがあるのか、「この技術を使用したら、商品には○○って表示しないといけないですよ。気をつけてください」って言っても、社内クライアントは商品の発売時期には忙しくてそんなこと覚えてなかったりする。また、担当者が変更になって引き継ぎがされてなかったりする。
そこで、仕方なく「商品が発売されたときに表示しなければいけない表記」なんてリストを作ったりする。マニュアルを見かけたときに注意してみたりする。すると、次からは「チェックしてください」って言われたりする。すると上長に「そんなことは法務の仕事じゃないと思うんだけどね。それは現場の責任でやってもらえばいいんじゃないの」っぽいことを言われたりする。で、現場がやってくれるかというと…。
別に法務の仕事じゃなくても、私がやりたいからやればいいのかというとそうでもなく、法務の仕事として認められる仕事じゃないと引き継ぎや変わりの人員を捜すのが難しかったりする。また、私は一回倒れてるので、自分で自分の作業量を増やして、倒れる可能性を作ってどうする!?って感じであったりもする。今後、自分で増やした仕事で倒れたら、誰も同情してくれない思う。
どうすればいいんでしょうね。
投稿者 michy : 22:55
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2005年03月29日
PENCKのテンキーは無断使用
最近、他人の著作物の使用に関して、「え?そうなんですか。何にも書いてないのは勝手に使っていいんだと思ってました」という答えをされて脱力をした、という話を「義務教育で法律を教えて欲しい 」で書きました。著作物って基本的には原作者に帰属して他人のものなので、契約書を結んだり、明示的に許諾されていると証明できない限り無断で使っちゃだめなんです。
ということを思いながら、ニュースをチェックしてたら、こんなニュースを見つけました。
auの人気デザイン端末で、夫も持ってるPENCKのテンキーが、実は他人がオンラインで配布しているフォントファイルの無断使用だったらしいです。
(※:よほど芸術的でない限り、フォントに著作物性がないのは、なにかの判例のとおりですが、ここでは、フォントが芸術的であるかどうかを検討しません。なぜかというと、アナログなフォントをデジタル化してコンピューター上のファイルに記憶させる行為自体に創作性があるとして、フォントファイルに著作権があると認める見解をとるからです。フォントをデジタル化したフォントファイルに著作権があるかどうかについて言及した書籍はよく知らないのですが、まあそういうことで。KDDIもデザイナーもそこらへんについては争ってないみたいですし。どなたたか何か知ってたらご連絡ください)
で、最近のこういうオンラインフォントやソフトウェアって結構作者は著作権とかに敏感なので、readmeに使用許諾条件が書いてあったりします。まあ、法務としては「それを確認してね」っていうしかないわけです。
(※:「著作物性のないフォントを、ある一定の規則従ってデジタル化しただけなので、フォントファイルに著作物性がない」という見解をとった場合には、readmeというテキストを同梱する行為が、フォントファイル使用者を拘束するか、については争いのあるところではないかと思います。けれども、ここではフォントをデジタル化したフォントファイルには著作物性がある、という見解をとっていますので、無視します。ちなみに、市販のフォントファイルはシュリンクラップ契約になってますので、この議論はあたりません)
readmeに何が書いてあったかというと、
『印刷物、WEBページ等での御使用は自由ですが、このフォントを、作者の許可なく販売したり、営利目的の製品に添付することを禁じます。』
つまり、使っていいのは印刷物とWebページだけ。(※「等」が何を指してるかは不明確なので無視します。「製品に添付」といえるかどうかは、フォントファイル自体を添付していず、フォントを用いているにすぎないあたり争える気がしてきましたが、「等」が不明確なのでやはりここでは許諾無し=著作権違反って見解で)、他の目的に使用しようと思ったら、作者に連絡をとらなければいけないはず。
しかし、KDDIはこの連絡を全くとってなかったそうです。理由として、以下が報道されてます。
デザイン担当者本人が「PENCK」のテンキーに適したフォントを探して「Major Kong」を使用し、auの担当者に『テンキーの数字は手書きフォントです』と説明したという。担当者はこのプレゼンを受け、デザイン担当者による手書きフォントであると誤解したという。
ありえねー!!!!しかも、うちもあんまり他人事じゃない。
外注ってこういうことがあるから怖い。社内デザインならともかく、外注先だと管理がしようがない。担当者がいちいち「他人の著作物は使ってませんか?」って確認しなきゃいけないのかな。そういうのってデザインした人が自己申告するものだと思ってたけど違うの?
契約書になんて「全部あなたの著作権よね?違ったらその損害は全部損害賠償してね。」書いてみたところで、いざというときにまず謝罪したり、アクションしたりしなきゃいけないのは発売した会社だし、デザインの外注先って結構個人だったりするから「責任とってください」って言っても、お金を払ってもらえるかどうかあやしいし。
こういうリスクヘッジってどうやってやったらいいんだろう。
(*:050328追記:フォント自体の著作権や、readmeファイルの有効性、「等」の解釈について追記)
投稿者 michy : 20:09
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2005年03月27日
義務教育で法律を教えて欲しい
最近、あまりにも法律を軽視した発言を聞くことが多いです。ここは法治国家なのにどうして!?と叫びたくなります。
たとえば、詳しくは「それはありなのフジテレビ?」を見ていただければと思いますが、フジテレビvsライブドア事件で「第三社が大量に株を取得した後の新株予約権の大量発行」なんてことがありました。これを認めたら取締役が株主より偉いってことになっちゃうから、商法の趣旨からしてあり得ないと思うんです。
でも、フジテレビ/ニッポン放送はそれを堂々と主張して、負けたら社長が「残念です」ってコメントしてる。あり得ない。「残念です」じゃないよ。どう考えてもかない法律違反に近いことをやったのはどこの誰!?何で、これでフジテレビ/ライブドアへの不信感が増さなくて、「堀江さんのほうが嫌い」とかになっちゃう人がいるんだろう。どう考えても非常識なのは、明らかに法律違反だと思われることをやったフジテレビ/ニッポン放送側だと思うんですけど。
ましてや、最近はフジテレビが「このまま上場してたら誰かに買われちゃうかもしれないから、お願いだからうちの株買ってね」って大企業にお願いしてるし。Law Maniacsさんのブログにもありますが、本当、そんなに嫌なら上場するな、と言いたい。お願い先の企業だって、その株主への責任負ってるし、ただ取引があるからってだけであなたの株を買って、思いっきり値下がりしたら誰が責任とるの。
個人的には、フジテレビによるニッポン放送のTOB(株式公開買付)に、明らかに市場より安い価格で応募した、「何の関係もないうえに上場企業だろ」って感じの東京電力にもかなりムカつきました。案の定、株主代表訴訟の予告をされてましたが。我が家の電気料金の一部がそんなムダなお金に消えてるんだと思うと、本当に怒り心頭。寡占企業だからっていい気になってるんじゃないよ!って感じ。
ちなみに、テレビの一部には、「メディアは公平じゃないといけない。ネットの人って公平ってことを分かってないけど、ライブドアが会社を買収して放送免許とっちゃって大丈夫なの?」という議論をしているところがありますが、テレビが本当に公平なメディアなのかと問いたい。
NHKvs朝日新聞のときに全然自分の主張よりに放送してたし、今回のライブドアvsフジテレビでも、マスメディアは明らかにフジテレビよりの様子。ましてや、朝日が左寄りで、読売がやたら巨人よりの報道をするのは誰もが知ってる事実です。最近のテレビなんて、どう考えても「視聴率とスポンサーのことしか考えてません」って感じなのに、何を今更。ライブドアのファイナンスコーナーに「堀江氏のインタビューがあります」って言ってみたところで、同じ程度のことなんじゃないの。
そりゃ、自分たちが法律で寡占出来てる市場に、わけのわからない人がやってきちゃたまったものじゃないでしょうよ。でも、イヤだったら上場したり法律で規制をしとけばいいだけなのあって、上場して、法律でも「ダメです」って書いてないのに、「やっぱりそれはイヤ」とか言い出すのはただの我がままでしょ。
後から「ダメです」って法律を作るべき、なんて思ってる人もいるっぽいですが(放送法はよく知らないので、解釈の変更で出来るんだったらごめんなさい)、後から法律を作るなんてことがOKだったら、誰もが「自分がいざやっても後で法律でダメって言われたらどうしよう」って心配になります。自分の行動に対する結果の予測可能性がなくなるし、立法の横暴になります。なので、今できた法律が今より前の行動に影響を与える事を溯及効といいますが、法律で溯及効は、よほの場合以外ダメってことになってます。
「やっぱりそれはイヤ」ってダダこねてる子供みたいなことを言い出して、それを恥と思わない人間がマスコミの社長をやってるってどういうこと!?
だいたい、ライブドアが経営権を握って、フジテレビで好き勝手な番組作ったとしても、それが一般に許容できないほどの偏向報道やったら、法律違反で免許を取り上げられちゃうんじゃ…。
今まで自分たちは好き勝手やってきたけど、免許はまず取り上げらなかったよ。既得権益だからね。そんな素晴らしい既得権益をライブドアに上げたら、商売上がったりだわ、ってことなんでしょうか。
また、この間、ワールドビジネスサテライトを見ていたら、西武グループ特集で、社員のびっくり発言がありました。
このたび体制を立て直すために新しくやってきた顧問が、「西武グループ各社のコンプライアンスに対する熱意はどうですか?」って聞いたら、担当部署の部長は平社員と目を見合わせ平社員が少し沈黙した後、こう言いました。
「いやー、これまでは全くそういう考え方がなかったものですから」
え?ここ法治国家だよね?あなたはそこで商売やってるんだよね。びっくり。
それから、最近権利表記に関するミーティングをして、「いや、この場合の(C)はね、契約を参考に」って話を嫌というほどしたあとに、すっごく脱力する質問をされました。
「契約書を結ばずに使える著作物と、そうじゃなくても使える著作物との違いは何ですか?」
私「原則は他人の著作物は全部無断で使ってはいけないんです。ただ、一部の著作物には、「こういう条件なら無断で使っていいですよ」って書いてあるのがあって、そういう著作物だけはその条件に従うことを条件に無断で使ってもいいんです。無料であっても何も書いてないものは問い合わせをしてOKをもらわないと使ってはいけないし、その条件に同意できない場合も相手とネゴシエーションしないといけないんです」
「え?そうなんですか。何にも書いてないののは勝手に使っていいんだと思ってました」
…。今までのミーティングってなんだったんだろう…...( = =)ありえねーーー!!!もう私は疲れましたよ。
もうね、役人が江戸時代的発想でいるとしか思えない。聞いた話ですが江戸時代は、「法律のスキマを狙われたら困るから」っていう理由で法律は公開してなかったようですよ。何をやったら法律違反になるか分からない世界。怖い~。でも、施政者には都合がいい~。
IT時代ってことで、小学校でもPCの授業が始まったりしていますが、PCよりゆとり教育より何より学校で法律を教えて欲しい。もうこういう伊藤真の入門書レベルでいいので。
あ、伊藤真の本には知的財産法がなかった。知的財産立国を目指してるんだから、当然知的財産法は入るよね!

このあたりレベルで。ちなみに、キャッチーな実例も多いし、著作権法の中ではこの本が一番分かりやすいと思います。当社でも会社のお金で購入してもらったし。但し、やっぱり専門用語多いし、図解はないしで、「時間があったら自分で著作権法の本を書きたい!」と思うこと多し。著作権以外ではいい本を知らない。
ただ、あんまりみんな詳しくなって、私の仕事がなくなったら困るんで、そういう意味ではほどほどにして欲しいです^^;ただ、さすがに自分とっては当たり前のことを解説するのは疲れました。
どう考えても法治国家なんだから、理科や数学より法律のほうが重要そうだし、キャッチーだと思うので、これからは小学校で法律を教えてください。
絶対に官僚の「一般人が法律のことなんか知ったって権利だけを主張しだすだけでロクなことない」って考えだけで、法律のことは大学でしか教えてないんだと思うんだけどなー。
でも、お茶の間の番組として、普通に裁判が流れているというアメリカで、法律のことを分かってる人が多いかっていうとかなり謎な気もするので、法律の知識への一般への普及を促すのって無理なのかしら。そんなことないよね。日本人は勤勉がとりえだし、かの国は判例法の国で、法律の成り立ちがそもそも謎だから。
アメリカは地裁で「栄養チューブを取りなさい」って判決を受けた、○○さんの栄養チューブを再び取り付ける法律、なんてあほな法律作って、またそれが連邦裁判所で無効にされてるし…。うーん。ある特定の場合や、特定の人だけを対象にした特別法は禁止されるべきって言葉はこの国にはないんだろうか。
(050329追記)
なんてことを書いてたら「著作権の基礎」ってプレゼンを先輩がクライアントに向けてやってた。私も文句言ってるだけじゃダメだなー。
投稿者 michy : 22:51
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2005年03月23日
人権擁護法案デスノート風
なんか、最近、ネットで「人権擁護法案」に関する議論がはやってるのは知ってたんだけど、「なんか人権擁護って響きが左っぽい」と思ってスルーしてました。情報をスルーするのはよくないと思って、でもあんまり仕事以外で文字を読む気力がないので、デスノート風に人権擁護法案について解説してくれるサイトをみてみました。
へー。そんな法案があったんだ。なるほどなるほど。
まあ、突っ込みどころはいっぱいあるんですけど、そういうのはとりあえず不本意なところはあるにせよ、こういうところに任せておくとして(気が向いたら目的制限について、とか、手続法と実体法ってことについて書こうかと思うんですけど、きちんと書かないと反応が怖いので)「ネットもメディアになったなあ」って感想をもちましたです。昔、同じような法案が成立されたようとしたんだけど、それはマスメディアが国民を巻き込んで、すっごい論争になって廃案になったそうです。確かにうっすらそんな記憶があります。
で、それと同じことは今度はネットがやってるわけです。すっごく分かりやすい(しかも、今風な)Flashとかみんな無報酬で作ってくれて。これできちんと廃案になったら、ネットも立派なメディアの一員になったんだなあ、って感じで感無量です。
思えば、昔はNifty-serveなんかやってても、誰も知り合いがいなかったなあ。未だに当時のネットの知り合い以外、当時Niftyにいた、って人には会ったことがないです。ネットでなにかはやっても現実に伝播することなんて考えられなかったな~。
いわゆるパソコン通信ってものを初めてから約12年。こんな落書きを書き始めてからも11年くらい。関係ないけどPCを使い始めてたぶん22年くらい。いやー、なんか、時代って変わったな~。
ちょっと走馬灯のように記憶が行き交いました。初めて家族以外でPCを使ってる人に会ったときー、初めてリアル知り合いがパソコン通信をやってるって分かったときー、「カッコウはコンピュータに卵を産む」を読んで初めてUnixの存在を認識したときー、初めてインターネットに繋いだときー。
なんかネットも大きくなりました。これからはどんな時代なんでしょう。想像もつかないです。
投稿者 michy : 22:38
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2005年03月20日
リスクを認識させないと意味が無い
土曜日に大学時代所属していた金融の研究会の同窓会に行って来た。研究会の内容が内容だったので、同期が所属しているのは○○銀行だの○○証券だのそういうところが多い。ちなみに、○○に入るのが横文字か日本語かで給与や待遇が大きく変わるような気がする。
それはともかく、そんな中で、最近やたらと金融の規制緩和が進んできたので、受けなきゃいけない試験が多い、という話を聞いた。よくは知らないんだけど、銀行や証券の特定の業務を行うためには、それに対応した試験を受けて合格しなくてはいけないらしい。
で、行える業務が増えてきたので、それに伴って試験も増えて来てしまったらしい。1年で7つ試験を受けたりする、って話を聞いて、思わずガクガクブルブルしてしまった。
そんな話を聞いて、ふと「うちの会社も入社するときに、コンプライアンス試験とか受けさせたら少しは法務に相談してくれることの質があがるかしら?」と思いついた。
が、すぐに「うん?私の今までの経験から考えて、私が自分が受けた試験の内容を実現しようとしたことがあるかい?ないね」と思って、
「ねえ、その試験で覚えたことってさ、守ってる?」
と聞いてみたら、案の定、即答で
「いいや、まったく」
という答えが返ってきて、別の同期に「リーガルにそれを言われるとね、うーんとね…。いや、ごめんなさい!」と言われた。
ふー、まあ、現実なんてそんなもの。
いや、まあ、いいんだけど。別に法律違反とかしても、証拠なんて残ってなければダメージを受けることはないわけだし、そもそも銀行だったら監督官庁ににらまれない程度の違反なら、きっとリスクがないか、あっても現場には見えないんでしょう。
確かに、「ダメです」とか言われても、いざ違反したときのリスクが分かってないと、いまいち守る気にならない、っていうのはものすごく納得がいくし、私もそうする気がする。
私たち、法務のお仕事は、きっと、そのリスクを可視化してあげたり、どれくらい大きいかや、どっちをとるべきかをお知らせしてあげたりするための存在なんだろう。というわけで、これからも啓蒙活動のときは、「これをやらないとどんな困ったことが起きるか」ということをメインに啓蒙活動をしよう!と心に誓ったのであった。
投稿者 michy : 22:47
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2005年03月13日
定義のすり替え
連日、テレビで話題のライブドアvsフジテレビですが、日枝さんのこのコメントに思うところがあったので、エントリ。
--ライブドアと話し合いの余地はないのか。
◆堀江社長はテレビは10年後になくなると言っているが、私たちはテレビを21世紀の中核メディアにしたいと思っているわけだから、相いれない
日枝さんが意図して、「テレビ」って語の定義のすり替えをやってたらおもしろいなあ、と思いました。気づかずにやってたとしたら、ちょっとイタい…
堀江さんがこのコメントを言った文脈を私は知らないから、ただの想像なのですが、堀江さんが「テレビが10年後になくなる」と言ってるところでのテレビは、リビングにある動画表示装置であるところのテレビではなくて、周波数の帯域を必要とするテレビなんじゃないかと思います。
彼は別に、リビングから動画コンテンツが消えるなんて言ってるわけでは決してなくて、ただ、その伝達手段が無線で周波数を使用して、テレビ塔から流すっていう方法じゃなくなるかもね、ってことを言ってるだけだと思うわけなんですよ。
しかし、それに対して反論するときに、日枝さんが、「テレビ」って語の定義を変えて、リビングにある動画表示装置であるところのテレビがなくなるなんてことは我々は思ってないから、決して相容れない、という主張をするのはすごく手段として上手だし、おもしろいなあ、と思いました。決して、その姿勢自体への賛成ではありませんが…
契約書の論争や、普通のディベートなんかでも、相手が言ってる言葉の定義を自分に都合よく解釈したり、あやふやにさせたりしたりして、自己に有利な主張をすることはよくあります。
私も金曜日の夜に、そういう「定義のすりかえ」ちっくなコメントをされた契約書のカウンターを相手からもらって、ちょっと頭に血がのぼりかけました。私の「仕事のやる気」が起きるのってこういうときなので、相手方としては戦法を間違えると思いますが、それはともかく、そのコメントに反論しようとすると、少なくとも私だと結構長い文章になるし、結構色々調べて逆反論をされないように気を配って書かなきゃいけないので労力を使います。
ライブドアvsフジテレビの今回の論戦は連日テレビで放映されていて、結構メディアを巻き込んだ戦争になっているわけです。そこで、「相手が定義をすり替えていて、我々はそれを望んでいない」ってことをライブドアが的確に主張するのは結構難しいんじゃないかな、と思いました。でも、見てるとライブドアはうまくやってるように見えたので、さすがだと思いました
テレビのようなメディアって、放送や会見の一部を切り取って放映します。なので、長いまともな反論をしても、そこが視聴者うけするところや、ディレクターの意図にそう場面でなければ使われないわけです。
だから、ライブドア側としては論理的で的確で、でも視聴受けして、再反論をされないようなコメントを出さないと、この論戦では不利なわけなんですよね。考えたなー、と思いました。
って話を夫にしたら、日枝さんがいうところの「テレビ」であって、堀江さんが滅ぶと言っているのは、堀江さんがいうところの「リーチ」をもって、視聴者にアピールする、プッシュ型メディアの雄としてのテレビで、堀江さんが今後広めたいものは、視聴者がお金を払っても見たいと思う、どちらかといえばプル型コンテンツやメディアじゃないのかと言われました。
で、現在の主要なメディアであるところのテレビ局は、プル型がプッシュ型に移行することの現実をみな見たくないから、堀江さんの発言を理解できないし、アレルギーをもつんじゃないか、と。
R30さんも似たようなコメントしているので、そっちの見方のんが正解な気もするけど、あえて「日枝さんが分かって定義をずらした」ほうが、この勝負、おもしろくなる気がするので、そういう見方も提案してみました。
投稿者 michy : 02:04
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2005年03月07日
格安DVD屋さんニュース
「我が駅も都会になった」で格安DVD屋さんを「こういうのって、実は買うだけなら著作権法違反じゃないんだよねー、なんてね思いながら通り過ぎました。うーん、なんかとっても都会の住人になった気分。」と書いてたら、微妙なニュースを見ました。
海賊版DVDとその実態!というような記事です。しかし、映画会社がこう報道して欲しいのは分かるし、うちもコンテンツホルダーならそうして欲しいと思うけど、なんかあまりにツッコミどころが多かったので引用してつっこんでみます。
海賊版DVDを売る男は、売るのはダメだが、買うのは問題ないと言いますが、これは間違い。購入者も罪になるおそれがあります。
うーん、配布してる人は、コピーしてるから明らかに著作権法違反なのですが、購入者はその作品を家庭内で視聴するだけなら、なんら著作権法違反の行為はしないはずです。
著作権者には、「著作権」が与えられます。これはどういう権利かというと、複製権や頒布権といったいくつかの権利がまとまったものです。
著作権者は、そのいくつか権利の全部や一部の利用を許諾したり、全部や一部の権利を譲渡したりすることによって、お金を得るわけです。
これが他者によって勝手に行われると、お金を得ることができません。なので、著作権法違反としてその行為を差し止めたり、損害を賠償したりすることができます。
著作権を構成するいくつかの権利の中には、複製権(コピーする権利)や頒布権(配布する権利)、上映権(公に上映する権利)、公衆送信権(他人がデータをダウンロードしたりして見れるようできる状態におく権利)等はありますが、家庭内での私的な使用は含まれませんし、購入権などといったものもありません。
だから、ただ買って家でみるだけなら、どう考えてもシロだと思うのですが、どういう法律構成なんだろ???
噂ではたくさん持ってると、「売る商売をしようとしてたんだよね?」ってことが肯定されてクロになる可能性があるとか聞きましたが、これはなんだか、そもそも「買っただけでも」っていうだけとは違うし、うーん。
それとも、家庭のパソコンでみるんだけど、これが偶然インターネットにつながってて、しかも、そこにファイル交換ソフトなんて入ってて、このDVDを偶然交換対象品に指定しちゃったら、見てるだけだけど、公衆に送信可能な状態になってるから違反だよねえ、とか、うーん。
なんとなく。世の中の行為のほとんどは法律的に「グレー」だといういい見本に思えます。つまり、適当に法律構成をしたり、おおまかな行為だけをいえば、その中には、必ず違反の「おそれ」はあるという…。世の中って怖いなあ。
そして、肝心の映像を調べようとしたときでした。パソコンの画面に映像が映りません。画面が真っ暗です。 この海賊版DVDは、映像が全く出ない上に、パソコンの調子も悪くなりました。
「これが海賊版の実態です」(調査員)
いやいや。本当に画面が真っ黒になって、PCが調子悪くだけのDVDなら誰も買わないし、売れないから、映画会社困らないでしょ…。まあ、ジャケットの著作権は侵害されますが…。
映っちゃって、しかも、それなりにキレイだったりするから迷惑してるんでしょ…。
しかし、日本の未来のために、いい市民のみなさんはこういうところは利用しないようにしたほうがいいとは思います。
投稿者 michy : 19:19
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2005年03月02日
ニュースの密度
私はニュースが大好きです。年がら年中、ニュースをみています。地上波のニュースが普通に好きですが、やってないときはCSのニュース番組をずっと流してます。二周目くらいまでは平気です。
そうすると、同じニュースを違う番組でも見かけることがよくあります。ふと、なんで同じニュースなのに、こんなにとりあげかたが違うのかな?と考えるできごとがあったので、メモ。ニュース名を出すのもアレなので、関東でのチャンネル番号と時間を書いてみました。
21時55分。10チャンネル。
「今日は、ライブドアが、ニッポン放送の発行した新株予約権の発行停止を求めた仮処について、裁判所で審尋が行われました」
CGで出来た審尋の文字、大写し。
「審尋(しんじん)。少し耳慣れない言葉ですよね」
同意を求めないてください~。私は耳慣れなくないですー。
「これはどういう意味かといいますと」
マジ!?そこから説明するの?審尋なんて仮処分のたびにやってるじゃん!日本でどれだけ報道される仮処分があると…。そのたびに、ここまで説明ですか!?わかんなくても、ググればいいじゃん、って思うのは分かってるもののエゴかもしれないけど、さすがにそこまで大仰な説明にはつきあえない。
しょうがない、他のニュースだ。ガチャガチャガチャ。
22時10分頃、1チャンネル。
「~双方のいい分を聞く審尋という手続きが行われました」
そう。これよ、この長さ。この程度でいいじゃん。あそこまで盛大に説明する理由はない、と思う。
オマケ:
23時35分頃、12チャンネル。
「~審尋がありました。」
やっぱ、私はここがあってるのか。
投稿者 michy : 20:16
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2005年02月26日
それはありなのフジテレビ?
関連エントリ:「さすがライブドア、さすがリーマンブラザーズ」
アクセス数がすごくなってきてびっくりしたので、もうライブドア問題には触れまい、と思ってたところに、びっくりなニュースが飛び込んできたので、思わずエントリ。ニッポン放送が新株引受権を大量にフジテレビに発行したらしいですね。それで、ニッポン放送の取締役が「フジ・サンケイグループに残ることが我々の企業価値を高める~」とかなんとか言ってるっていう。
もう、なんか間違いまくり過ぎて、何から指摘すればいいのか検討がつきません。そうか、日本も昔はこんな国だったんだなー。今が産みの苦しみかしら。これから、きっと「法務」って言葉が重要性を持つのよ!と自分を励ましています。私、Y世代とかいう世代だから、上の世代のことがきっと分からないのね。最初は「はぁ?」って思った、法律の学者の先生が言ってたらしい台詞「実務の世界にいくと駄目になる」の気持ちがちょっとだけ分かってきた今日このごろです。
私がまず「マジかよ!」って思ったのは、この取締役が本当にこの行動をとることのリスクを考えてやったのかってこと。
あなた、あなた、フジテレビはおたくの株、30%くらいしか持ってないでしょ。ライブドアのんがいっぱい持ってるんでしょ?取締役っていうのは、取締役会の一員で、株主から選ばれて、会社をどう経営したらいいか考えるものなんですってば!株主のためじゃないことしたら、株主から会社じゃなくて取締役個人の責任を追及する株主代表訴訟起こされて、損害賠償しなきゃいけないんだよー。
個人の倫理と組織の倫理とどっちが大事ですか?
そこらへん、分かってこの行動出てますか?マジですか?法務にちゃんと、行動をとったときのリスクを聞いて行動してますか?
きっと、フジ・サンケイグループの中では、フジテレビのんがニッポン放送より偉いはずで(想像)「フジテレビさんが言ってるから、そうしよう」みたいなノリなんじゃないかと、私は勝手に想像してます。
いや、分かってやってるんなら、「組織のために自分を犠牲にできる昔の人って偉いなあ」ってだけなんですけど。はぁーびっくりした。
次にびっくりしたのは、大量の新株引受権の発行です。前のエントリ「さすがライブドア、さすがリーマンブラザーズ」でも言ったことなんですけど、株式(株主権)というのは、会社に対する財産上の権利とかこういう風に経営したいっていう支配権とか、もろもろの権利を発行済み株式数で均等に等分した権利をいいます。
株式(株主権)=財産や支配権等のもろもろの権利/発行済み株式数(*)
新株引受権っていうのは、その所有者が一定期間内に請求すれば、発行会社の新株を一定価格で一定数量買付ることができる権利のことです。つまり、上の式の分子も増えて分母も増える取引のこと。これはきちんとした目的のもとに、きちんとした価格で行えば、資本がいっぱい増えて商売がいっぱいできるようになってハッピー!なものです。会社が自由になるお金がいっぱい出来るからハッピーですよね。
でもね、考えてみてください。株式っていうのは、ただの会社の財産に対する権利だけじゃないんです。会社の支配権も兼ねてるものなんです。あなたがある会社の支配権をある程度持ってたら、いきなり「オレもお金あるから混ぜてくれ、あれ?オレが一番お金もってた。じゃ、これからこの会社オレ様の会社ね」なんてされちゃたまったもんじゃないですよね。それをやったのがライブドア~。って話はもうちょっと後で
そのために、株式を新たに発行するときは、取締役会決議がいりますとか、原則公募にしなさいとか、第三者に有利な価額で新たに発行するときには、株主みんなの意見を伺う会である株主総会の決議をとりなさい、とかいろいろあるわけです。
新株引受権も一緒ですよね。新株引受権があったら、株式がもらえちゃうんだから、勝手にいっぱい出されちゃいつわけわかんない人が入ってくるか分からなくて困っちゃいますよね。だから、新株引受権も「ちゃんとした目的がないと発行しちゃいけません!やたらめったら発行しちゃ駄目です」「取締役会の承認を得てください」っていう決まりがあるわけなんです。
そう、株主に選ばれて株主のために、経営の大まかな方向性を決めていく取締役会の承認がいるんですよ。いざとんったら、個人で株主代表訴訟に立ち向かわなきゃいけない取締役の集まる取締役会の。
でも、その取締役会の下した決断って今回はなんでしょう?「フジ・サンケイグループに残ることが株主のため」。一応スジは通って見えますよね。一応のスジを通すのが法務とかコンサルタントとかそういうヒトのお仕事~
でも、「ちゃんとした目的がないと発行しちゃいけません!やたらめったら発行しちゃ駄目です」って規制を忘れてます。会社は株主のものです間違っても取締役のものじゃありません。取締役は株主に選ばれてるだけなんです。取締役が勝手に新株引受権を発行できるんだったら、お金持ってるパトロンさえいれば、「このヒトの会社にやっぱなーる」って言って、新株引受権を大量発行すれば、どこの会社でも取締役の好き勝手で株主を選べちゃいますよねそれをされちゃ、誰も株式会社に投資しなくなっちゃうので、それは駄目です、っていう規制があるわけなんです。
今回のことをみると、どうもニッポン放送の取締役が株式を40%持ってるライブドアより株式を30%しか持ってないフジテレビにつきたくて、無理矢理、新株引受権を発行したように見えます。つまり、取締役が全然株主のことを考えない独断をしたみたいに、みえちゃうかなー、みたいな。いや、まあ、ライブドア以外全員の株主が「フジ・サンケイグループがいいの~」って思ってるとしたら、取締役は全然独断で動いてないわけですが。つまり、なんかやっちゃいけないことやっちゃんたんじゃ???
いや、でもでも、ライブドアだって、勝手に株式を買って「オレ、お金持ってるから、今日からオレがご主人さまね」ってやって来たんじゃん!どっちもどっちでしょ?って思うかもしれません。
でも、ライブドアのやったことって「公開かどうか分からないところ」で「公開じゃないと買っちゃいけない株」を買っただけなんです。堀江さんも言ってたけど、グレーゾーンのままほっといて駄目なら駄目で「駄目です」っていっとかない主管官庁が悪いわけなんですよね。役人が駄目っていっても裁判所が「いいです」って言えば、いいわけなんで、それは最終判断ではないですけど、役所の判断に従ったなら、それは斟酌されるでしょうし
対して、フジテレビのやったことって、「それOKなら、株主より取締役が偉くなっちゃうでしょ」ってことなんですよねー。こう、会社法を根幹から揺るがしちゃうような。アメリカ(あのアメリカさえ!)でも「既存株主の利益を害するから、やっぱり発行差し止め」とかされてるような。
うーん、それはいいんですかねー。私はナシって気がするんですけど。まあ、裁判所の結果待ちです。
以上、私見でした。
投稿者 michy : 03:31
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2005年02月22日
書類は捨ててください
最近は棚卸しの季節です。きっと、みなさんの職場でも棚卸しをしてるんじゃないかと思います。そんな中、私は声を大にして言いたい。
いらない書類は捨ててください!
いや、いる書類も捨てて欲しいくらいの気持ちなんですけどね。てへ。
アメリカの裁判には、ディスカバリって制度があって、トライアル(裁判?)の前に「これに関連する書類を出して」とお互いに証拠を請求しあう手続きがあります。ここで請求された書類をちゃんと出さないと、陪審員(アメリカは民事も陪審制にできます)に「証拠隠してるんじゃないの?」って心証を悪くされたりとか、きっと他にもいろいろデメリットがあったりして、最悪裁判に負けたりするらしいです。
たいていの企業は請求されたことに関連することすら企業秘密で出したがりません。ましてや、関連しないものなんて間違っても出したがりません。裁判官とか立法者は、きっと「分からなかったら全部出せば?そんなたいした作業じゃないでしょ」って思ってるんだと思うんですけど、そんなことはあり得ません!資料に一度目を通して、確実に関連しないものは除いて出しなさい、ということになります。
で、裁判で請求されたものなんていうくくりで、資料がファイルされてるわけはありません。そもそも、資料が整頓されてるのかすら怪しいこともあったり…。いや、もう、きれいにインデックスのたってる資料をみただけで、カンゲキ!みたいな。
そんな資料を作ってしまうような現場の人って普通は忙しいですよね。「アメリカの裁判で~」と言ったら、書類は出してくれるものの、分類をして出してくれるわけでもないし、整理されているわけでもない。
と、なると、その分類は法務がやることに…。るるるー。
いや、やっぱ、自社の製品って愛しいし、自社の人にやってることって知りたいから、資料を追ったりするのは楽しいんですけどね。
でもね、いかんせん、全然整理されてなく、意味も分からない資料を「これは何の資料かしら?なんで突然こんなところにこんなものがファイルされてるの?この書類の切れ目は?」なんて疑問を解決しながら、分類してくのって堪えます。しかもそれが膨大だったら…。
いらない資料は捨ててください!
いや、本当に。ない資料って出さなくてもいいんで。
投稿者 michy : 22:46
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2005年02月15日
イリーガル
今日、社内クライアントから転送されてきた社外からのメール。
「ご提案された契約書了解致しました。また、誓約書も了解致しました。今後はこちらの運用で進めさせていただきます。ただ、場合によっては誓約書に署名できない場合があると思います。その場合はどうしたらいいのでしょうか。その場合は続行は不可能なのでしょうか。
もちろん、こちらの誓約書を正として進めさせていただき、このようなことはイリーガルなこととは思いますが、念のためお伺いしておきたく」
…いや、イレギュラーの間違いだとは思うんですが。一瞬、意味が分からなかったです。うちはイリーガルなことはやらないんで、勘弁してください。
って、話を先輩にしたら
「そういえば、昔はそういうのあったねー。営業の人から、『DNAってあったほうがいいんですか?』とかってね」
二重らせん構造はあったほうがいいだろうなあ。っていうか、ないとどうなるのか知りたいなあ。
※NDA=Non Disclosure Agreementのことを指したかったと思われる。NDAの他にもCDA=Confidential Disclosure AgreemnetやSA=Secrecy Agreementなんて語もあったりして、ヤヤコシイ。
※※私もDHAとDNAと間違えていたことが判明。全然ひとのことを言えない…。
投稿者 michy : 07:40
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2005年02月09日
さすがライブドア、さすがリーマンブラザーズ
関連エントリ:
「それはありなのフジテレビ?」
ライブドアがニッポン放送の株式を35%取得して、大騒ぎになっていますが、これにはいろいろおもしろいコトが潜んでいるようです。
結論からいうと「ライブドアの社長の堀江さんはよくそんなリスクをとったな!さすが経営者。リーマンブラザーズは抜け目ないね。さすが外資系金融」ってところです。
最初このニュースを見たときは、日本放送の株式35%を調達するためのお金700億円はライブドアが転換社債を発行して調達したこと、その引き受け先がリーマンブラザーズってこと、の二つしか知りませんでした。
転換社債っていうのはご存知のとおり、会社が紙切れを発行して代わりに利息を約束するモノである社債の一種にもかかわらず、一定の条件を満たすと株式に転換することができる権利を持った社債のことです。
社債なので、株式に転換しないと会社が倒産しない限り、満期に普通に貸したお金+利息が戻ってきますが、株式に転換するとお金は戻ってこず株式の本質であるところの会社に対する権利のみが残ることになります。
ちなみに、株式(株主権)というのは、会社に対する財産上の権利とかこういう風に経営したいっていう支配権とか、もろもろの権利を発行済み株式数で均等に等分した権利をいいます。
転換社債の引き受け先がリーマンブラザーズってことは、リーマンブラザーズは引き受けにあたって社債の対価のウン百億円も出してるってこと。もちろん幹事手数料や発行手数料なんかはそれとは別にもらってるだろうけど。社債は一般投資家に売ることもできるし、株式にも転換できますが、ライブドアの株価や社債の価格が下がれば発行にあたって出したウン百億円と一般投資家の買取価格の差額はリーマンブラザーズの自腹のはずです。
ましてや、ウン百億円、右から左に簡単に株式にしたり売ったりできるようなものじゃありません。
売買っていうのは売る相手が成立しないと成り立ちません。ウン百億円の株式or社債を買う相手を見つけるのにどれだけかかるか。普通は大量に売りをかければ、売り圧力でそれ以上に株価や社債の価格は下がります。「みんな売ってるんだから、私も売らなきゃ!」っていう心理です。だから、ほそぼそと処分するしかありません。
ン百億円をほそぼそと処分するまでライブドアが業績を維持してる保証はあるのでしょうか?
「リーマン、えらいリスクとったな。そんな会社やったっけ。その社債、どこか買ってくれるアテがあるん?」とライブドアよりむしろリーマンブラザーズの行動にびっくりしました。
ところが、ぼーっとブログなどをみていると、「どうやらライブドアの発行した転換社債(CB)はCBでもMSCBらしい。しかも、ライブドアの大株主であるところの堀江さんはリーマンブラザーズに株を貸しているらしい」っていう話を聞きつけました。
MSCBっていうのは大学時代の専攻が金融だったくせに私も初耳だったのですが、社債の利息が0%(大抵)である代わりに、今の株価よりも割安な比率で株式に転換してくれるCBのことです。
例えば、アナタがCBを1200円分引き受けたとします。普通のCBならこの発行日の一定期間前の株価を基準として、それが400円ならいつまで経っても3株にしかなりません。でも、今の株価より30円割り引いた価格をもとに株式に転換してくれるMSCBならどうでしょう。ヤバイよ、330円まで下がってきたよ、ってときに転換したら4株にまでなっちゃうんです3→4株って33%も増えてます。いい条件です。

でもその代わりにたいては利息はつきません。1200円引き受けても、返してもらえるお金はいつまでたっても1200円。タンス預金かよ!って条件です。これは株式に変更しろと言っているようなものです。
会社は、このMSCBを使うと株式の公募よりすぐに、利息を負わずに大量の現金を調達できちゃいます。株式の公募って新聞に広告載せたり、応募期間を設けたりして時間がかかりますから。また、社債は、支配権がある株式と違って、会社に対する権利はお金の請求以外何にもないから利息なしじゃ誰も引き受けてくれません。というわけで、MSCBは発行会社にとって便利なわけです。
でも、既存の株主にとっては腹がたつことです。だって、*の式から発行済み株式数が増えれば株式の価値はその分、落ちるんです。分母が増えるんだから、値が減るのは明らかですよね。なのに、勝手に発行済み株式数を増やされちゃうんです。(貸してたお金が資本に入るので、まあ分子も増えますが)株式に変更しろって言ってるような社債なのに!
新株の発行なら、公募にしなきゃいけないとか、株主総会の決議がいるとか、いろいろ規制があるところなんです。でも、これは新株じゃないから、そういうこともできません。
ただの転換社債なら株式に転換する比率も決まってるし、利息ももらえるから全員が転換するわけじゃないだろうけど、MSCBはそのまま持ってても利息ゼロなんだから、まず株式に転換します。(っていうか転換社債には規制はあるんだっけ?そもそもないならなんでないんだっけ??忘れました←ふぉーりん・あとにーの憂鬱の理想と現実~ライブドアMSCBに想ふことにて、「著しく有利な価額」のCB発行には株主総会決議がいるとのご指摘をいただきました。ありがとうございます♪やっぱり、規制はあるんですねー。しかし現状は…)しかも、株式は必ず株式を転換する時点の株価より安い価格なんです。(正確には社債の株式の転換比率が現在の株価より有利である)ムカツキます!
でも、これで引き受け会社は(引き受け価格によっては)得をすることができます。その仕組みはこんな感じです。まず株式をたくさん持ってる人から株を借りて、それを売ります。売り圧力で(普通なら)株価が下がります。下がったところで、MSCBを株式に転換します。株を借りた人には、転換で得た株式を返します。社債を引き受ける(買う)ときに、そのときの会社の株価を基準に社債の価格を決めていれば、
売り圧力で下がった価格(市場の心理的要因)+株式が増えたことによる株価の下落+転換時の割引価格
分だけ得です。

実際には新株発行で株価が下がることは分かってます(*でも新株を発行するっていうと、なぜか株価はあがることが多いでようです。会社の価値があがるわけじゃないのでいつも謎ですが)し、転換時に割引することも決めてるわけなので、もうちょっと低い価格になる気もしますが。
もうちょっと詳しくは、「ダントツ投資!:MSCBを狙っちゃえ!2」をご覧ください。
で、今回の件をみてみると、MSCB発行会社ライブドアの大株主であるところの堀江さんはリーマンブラザーズに株を貸してるらしい。(これはインタビューで答えてます。R30さんのライブドア堀江貴文社長記者会見質疑応答参照)ああ、なるほど。ポンって感じです。リーマンブラザーズっていうのはこういうことを考えたんだな、って。抜け目ないですね。
リーマンブラザーズの思い通りいけば、損をする人がいたとしても、それは既存株主です。ライブドアの大株主は堀江さん個人なので、堀江さん個人がこの発行で一番リスクをとってることになります。維持でも提携を成功させて、ライブドアの株価を上昇させないとダメです。
これとは別のお話で、「1/3ルール」ということがあることも知りました。上場会社の株式を買い付けるときは市場による公開買付けによらなければいけないという決まりがあるそうです。(法務のくせに「そうです」ってカッコ悪いですが…)で、今回の取引は判例も出ていないし、実務家の間でも違法なのか違法じゃないのか意見が別れているグレーゾーンの部分での取引らしいということ。
詳しくは、「「ライブドア参戦」のM&A業界へのインパク(ふぉーりん・あとにーの憂鬱より)をご覧ください。尚、同ブログのライブドアのニッポン放送株式は「違法」・・・だなんて、滅相もありません(1)やライブドアのニッポン放送株式は「違法」・・・だなんて、滅相もありません(2)で「まあ、グレーゾーンとはいってもあまり危険はないのかもね」ってことが書かれております。
やるなあ、堀江さん。経営者ってそこまでリスクをとるんだね。そして、リーマンブラザーズ、らしくないと思った私が悪かった。きみたちはきちんとリスクヘッジしてるんだね。さすがリーマンブラザース。
投稿者 michy : 20:47
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2005年01月14日
おもしろいひと
Yahoo!Newsをみていたら、へんなニュースを発見。
市の建物をたてるための、建築業者による入札で、落札者発表後に市担当者を前にこんなことを言ったひとがいるらしいです。
「今回は自分が落札する順番だった。ルール違反だ」
……あほか。ルール違反はあんたやっちゅうねん。
で、「談合してたんですか?」と言われて、
「はい」
と答えたらしいです。
当の落札したところだけ談合を受け入れてくれなかったらしい。他の業者は談合のあったことを否定しているものの、提出された証拠の資料と同じ金額で入札。他の業者や市担当者はあっけにとられてたそうです。
なんか、こういうのをみると、脱力感におそわれますね…。法律やルールは「知らなかった」なんて言っても意味ないんで、頼むからちょっとぐらい興味をもってください。
もちろん、法律違反なんてしないほうがいいんですけど、あえて違反のリスクをとるときは証拠は絶対に残しちゃだめですー。噂によると、談合を禁止している独占禁止法を運用している公正取引委員会はなんでもかんでももっていくらしいですからね。
投稿者 michy : 19:03
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2005年01月06日
GPLとか企業法務の意義とか
夫の友人のブログであるKazuho Oku's Blogの「オープンソースの支配者 (ライセンスに潜む危険) 」によると、次のGPLでは特許の非係争条項(NAP条項?)を盛り込もうという動きがある(あった?)らしい。
GPLについては、「History of GNU - GPLとは何か -」をどうぞ。
なんでもGPLソフトウェアを特許違反として訴えると、GPLライセンスを失うっていう条項を入れたいらしい。そして、GPLを使用しているソフトウェアは、たいてい次のバージョンのGPLも自動的に採用することにしているために、次のバージョンのGPLでNAP条項が採用されると、新しいGPLソフトウェアだけじゃなくて、今も世界にあるたくさんのGPLソフトウェアたちが、新バージョンのGPLを採用するこになってしまう。すると、もう新GPLソフトとウェアを使用する人は、新GPLソフトウェアに対して特許に関する争いができなくなってしまうらしい。
(*「たいてい次のバージョンのGPLも自動的に採用することにしているため」っていうのは誤りな気がしてきた。「version 2 or (at your option) later version」って書いてあったら、どっちを選ぶかは使用する人のoptionなので。なんか書いたときは、そりゃ後のバージョンがあるなら後のバージョンが採用されるでしょ、って思ってたけど、それは私の英語力のなさの現れって感じ。でも、まわりのGPLソフトウェアのversionがほとんど新GPLで、新GPLの中に「本ソフトウェアにリンクしているソフトウェアは新GPLを採用しなければならない」って書いてあれば新GPLってことにしとかないとそのソフトウェアがライセンス違反になっちゃうので、どうせ一緒かー、と思って、そこらへんで思考停止中)
なんとなく図解
(*汚くてごめんなさい)

(*ここで、私が想定している新GPL条項っていうのは、「ライセンシーは、本ソフトウェアを含む他のいかなる新GPLソフトウェアに対しても訴訟を提起した場合には、本ソフトウェアのライセンスを失う」というような内容の条項です。で、もちろんGPLなので、このソフトウェアにリンクしたい場合やこのソフトウェアを改変したい場合も新GPLに従ってね、って書いてある)
別に相互ライセンスであるともなんとも書いてはいないけど、実質、悪名高きMicroSoftのNAP条項そのままって感じ。たぶん、日本だと以下のガイドラインに抵触しての独占禁止法違反で、この条項だけ無効なんだろうなあ。(アメリカはたぶんOK!)
(*EUはたぶん無理、、、だと思う)
特許ライセンス契約において、ライセンサーがライセンシーに対して、ライセンシーが所有し、又は取得することとなる全部又は一部の特許権等をライセンサー又はライセンサーの指定する者に対して行使しない義務を課すことは、ライセンサーが特許製品若しくは当該特許に係る技術の分野における有力な地位を強化することにつながること、又はライセンシーの特許権等の行使が制限されることによってライセンシーの研究開発の意欲を損ない、新たな技術の開発を阻害することにより、市場における競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがある場合には、不公正な取引方法に該当し、違法となる(一般指定第13 項(拘束条件付取引)に該当)。
(*上記のNAPっぽい条項だけっていうより、このソフトウェアを改変したり、リンクしたりする場合は新GPLに従え、ってなってることから、ヤバイのではないかと考えましたですです)
問題になったときに、GPLがNAP条項を採用することによって「市場における競争秩序に悪影響を及ぼす」かどうかを最終的に判断するのは裁判所なわけで、それまでは誰も本当のことは分からないのですが、GPLのversion 2 or later versionを採用してるGPLソフトウェアが相当数にのぼると、まず逃れることは無理なんじゃないかと思います(でも、MSが逃げ切れたら不明…)。まあ、だから日本は新GPLにNAP条項が採用されるか否かにかかわらず、NAP条項は適用を受けないともいえるので、ワールドワイド展開していないものにとっては、新GPLにNAP条項が採用されるかどうかは関係ないっちゃ関係ないわけです。(日本で「このNAP条項は無効か!」っていう裁判が起こされると自体はさらにややこしい様相を呈したりもしますが)
しかし、大昔にGPLのVersion 2 or later versionをソフトウェアに採用したプログラマは、日本では独禁法違反かもしれない条項を自分のプログラムのライセンスに採用しようとしたかもしれないわけであるってリスクを承知のうえなんですかね?
(*ここで「リスク」って言葉を使ったのは、リスクとリターンって概念が私の中で今はやってるから。うまく次の話題につなげたかったんだけど、いい言葉が思いつかなくて…。ここの「リスク」の意味は、「犯罪になる」ってわけではもちろんなく、「あなたのプログラムがそんなに風に使われる可能性もありますよ。あなたは普通に善意でプログラムを書いただけかもしれないですけど、誰かがそれをタテに「ねえねえ、このソフトの使用権失いたくなかったら、俺のGPLソフト訴えないよね?」なんて脅しっぽいことをするかもよ、って意味です。そんな風に読めないよ、ってかた、広い意味でのリスクってことで許してください)
プログラマがこの意味とリスクを理解して、自分のソースの冒頭に「GPLのVersion2 and later versionを採用する」と書いてれば、それはそれでOKでしょう。だって、自分がとったリスクなんだから。
でも、日本では「捨て印なんでおしてください」って言われたらなんとなく押しちゃうように、そんなことを考えてる人ってあんまりいない気がします。むしろ、私の今までの経験からいけばそんなこと考えていててくれるプログラマなんて神に等しい。私の偏見からするに、きっとみんなソースの冒頭に書いてある数行は意味のない行だと考えているに違いない。READMEってファイルは「読まなくても何の支障もないファイル」だと信じているに違いない。
よーく考えれば、later versionも適用されるなんて書いちゃったら、えらいことになることがわかりそうなものなのですが。だって、何がlater versionに含まれちゃうかも分からないのに、それに従っちゃうことになるんだよ。GPLを制定しているFree Software Foundationって今はまともな団体かもしれないけど、何かあってわけのわからない団体になって、わけのわからない条件を書いてくるかもしれないんだよ。関連ソフトウェアを作るごとに当団体にいくら貢ぎなさい、とかね。later versionって書くことは、あえて、そのリスクをとってあげてるわけなんです。
でも、慣行なんだかよくわからないけど、later versionって書いてあるGPLのソフトウェアは多いですね。みんな本当に分かっているのか心配になる…。Freeでソフトウェアを開発するソフトウェア開発者がいるように、FreeでGPLやBSDライセンスについて逐一解説してくれる親切なライセンスの専門家っていてもよさそうなもんですけどね。私のように日々、どうにかして自社のプロプライエタリを増やそうか努力していると、そういう発想は欠けてしまうのかしら。
そういうわけで、まあ、そういう文章に書いてあるリスクを解説してあげるために、企業には私たち企業法務とかはいるのかな、と思うわけです。さっきの例だとreadmeをちょこっと法務に転送して「これってどういうことなんでしょ?」って聞いてくれればよいのですー。
プログラマ業界に個人的に広めたい言葉。
「READMEもLICENSEも書いてあることは無駄じゃない。飛ばしちゃだめだ。読みたくなかったら法務に転送だ!」
新春から自分の職業の意義をかみしめておわり。
※michy050127編集 うーんと、ブログっていうのは一個人の主張であり、信じるも信じないも、反論するのも反論しないのもあなたの自由っていうスタンスなので、あんまり内容をいじる趣味はないのですが、自分の文章がいまいち読みにくいので注釈をつけてみました。リンクしてくださるかた、反論してくださるかた、お勉強になって感謝しております。
投稿者 michy : 19:43
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2004年11月17日
秘密保持契約書の印紙税
関連エントリ:「印紙税のかからない主な場合」
私は大変カンジ悪く、このblogのアクセス解析をしています。そうすると、どういう単語で検索した人がこのブログにたどり着いたか分かります。そしたら、近頃「秘密保持 印紙税」で検索して、このブログたどり着いちゃう人がが2、3日に一回いることが分かりました。
この単語で検索すると、私の10月のブログがひっかかるんですが、それぞれの言葉は別々のエントリにあるので、肝心の、たぶん検索した人が調べたいであろう「秘密保持契約書に印紙はいるのか。印紙税はかかるのか」については答えが出てきません。
うう、教えてあげたい。
「秘密保持契約書(NDA)に印紙はいりません。印紙税はかかりません」って、そっとささやいてあげたい。
あんまりささやいてあげたいので、こんなエントリを作ってみました。どうかこれがひっかかってくれますように。
(追記)コメントをいただいたうえに、よく考えると、秘密保持契約書やNDAって他にも名称があるので、その解説です。
機密保持契約書=機密と秘密の違いは、機密のんがより重要なこと(確か)、だそうですが、契約書において題名はほとんど意味をもちませんので、秘密保持契約書と機密保持契約書の違いは、作った人の気分です。
Confidential Disclosure Agreement(CDA)=どことはいいませんが、とある大きな会社が好きな題名。もうこの名前はいいです。(でも案件自体は大きなことが多いので、そういう意味では好きですが)
Secrecy Agreement(SA)=セミナーで「こういうこともある」と教わった名前。実際に出会ったことはない。古語でしょうか?
ちなみに、使用許諾契約書(License Agreement)も印紙はいりません。印紙税はかかりません。
投稿者 michy : 22:57
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2004年11月11日
恋愛頭脳と契約書
ふとmixiを巡ってたら発見しました。「恋愛頭脳」。あなたの恋愛観が世間とどれくらいずれているかを知らせてくれます。
私は「普通に思うよね」っていうことを答えただけなのに、
michyさんの恋愛観は、ほぼ壊れています。これは個性の範囲を大きく外れています。michyさんの考え方は多くの人と食い違い、衝突を生みます。彼氏彼女がいるならば、トラブルの種はほとんどmichyさんの中にあると言えるでしょう。また、これほどに恋愛観が一般像とかけ離れていると、多くの場合、目指すべき理想のカップル像、将来像に共通のものを描けないはずです。まず聞く耳を持ちましょう。
どういうこと!?そこまで!?
特に「駆け引き」と「許容と束縛」が「論外」との評価を頂きました。「自己犠牲の精神」も「極端」とのことで、
「好きな人のためなら○○だってできる」michyさんからこのような言葉を聞くことはできなさそうです。彼氏彼女をつくるときに契約書でも交わしてしまいそうなほどに自らの権利を主張するタイプのようです。「好きだから」を理由に何もかも捧げるような人を、どうか食い潰さないであげてください
げほげほ!!
いやいや、普段契約書を作ってない人にこのコメントならいいけど、普段から契約書作ってる私に言われたら、しゃれにならないよ。すいません。普段から当社の権利を主張しまくってます。すいません。いや、でも夫は大事にしてると思うんですけど…。
でもね、言われてみて思ったけど、企業で契約書が必要なときと恋愛って似てます。
契約書を作るときって、うちの権利を主張したいときだけじゃないんです。昔私が担当してた案件のほとんどはそんな場合だけでしたけど、最近は相手方企業の主張を聞く毎日、、、ってそうじゃなくてー。
こう恋愛モードですぐにでも付き合いわ、結婚もしたいわ、っていう二人にちょっと現実的なことに目を向けてもらうためのものなんですよ。
私が毎日チェックしてることって、そもそも別れたときはこんな程度のはした金しかもらえなくて文句ないの?とか「キミがいるおかげで、僕は稼げるってことになるみたいだけど、僕がもらうお金は僕がもらうお金で、きみも何かお金が欲しかったら働いてね」って条件を彼は提示してるけど、奥さんOKですか?だめですよね?って確認なんですよ。
企業同士の契約でも大きなモメポイントというかチェックポイントって結局のところ、秘密保持義務、損害賠償、成果の帰属あたり。つまり、「つきあってるってことは秘密にするの?どこまでしゃべっていいの?」ってことと「別れたときの慰謝料は?」ってことと、「二人の生活で築いた財産はどうなるの?」ってこと。男女関係で問題になることと一緒なんです。
こんなのつきあう前や結婚する前にチェックしとかなきゃ、トラブルになること目に見えてるじゃないですか。アメリカではプリナップ(婚前契約)ってはやってるじゃないですか。あれです。かの国では結婚する前に二人の価値観をあわせる「プレマリタルカウンセリング」っていうのも教会でやってたりするみたいっす。
この本に載ってました。いや結婚の後に買ったんですけどね、この本。え?いやいや読んだ後も結婚は後悔しなかったですよ。こんなところが恋愛頭脳の私に対する評価の低い理由なんですかね。夫は知ってるのかって?堂々と夫の前に置いてました^^;夫には「結婚したやん」ってつっこまれました。
そういえばこの本も結婚した後に買ったなあ。
でも、これはそれこそ「駆け引き」って感じなので、前の本がおすすめです、ってそういう問題じゃないかしら。
でもね、でもね、そういうことだから、「契約書を締結するような」ってそれは当たり前のことであって、ちっとも私の価値観が特別なわけじゃないの。そこらへん分かっていただけるかしら。
もちろん「そんなことは言ってもそういうリスクはとったうえで、あえて何の合意もない結婚に踏み切る」って選択肢もありだし、それもビジネス判断(or恋愛判断)だとは思いますけど、私としてはあり得ないなあ。
「つきあってください」「はい」なんて何にも決まってないのと一緒だから!だって「つきあう」っていう用語の意味だって二人で異なってそうじゃないですか。まあ、そういうわけだから、契約書の最初には語句の定義が出て来たりするわけなんですが…。そして、そこを読むだけで大変時間がかかったり…。これを読めばだいたい契約書の内容が理解できちゃったり。
そういえば、「浮気はばれなければいい」を選んだのもだめなのかなー。でも、契約違反の場合も、別にばれなきゃいいわけだし。だって、常に契約違反になる可能性って企業は抱えてるわけなんです。そんなの人間だってそうで、男の人と二人で食べてただけで、 浮気だって相手に言われちゃうかもしれないじゃないですか。まあ、それは定義の仕方ではあるんですけど、あやうく定義のない契約書を結んじゃったり、定義があってもいいがかりされたら終わりですよね。そういうときも証拠が無ければ有罪じゃないし、そもそも訴えられなかったら問題にならないですよ。つまりバレなければバイオレーション(契約違反)は成立しないと思うんです。え?私?私は嘘がつける自信がないから浮気なんてしないですけど。
いろいろ考えさせられました。
投稿者 michy : 22:38
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2004年10月22日
メールの題名
私のお仕事は法務です。契約書をみたり、法律の相談毎を受けたりするのがお仕事です。抱えてる案件やクライアントで、アクティブな数は十数件程度だと思いますが、こまごました案件は似たような案件が多く、トリ頭の私の頭からはすぐ抜け落ちていってしまいます。
そんな私のある日のメールボックス。
「ご相談」
あなた、そりゃ誰だって相談があるでしょうよ。相談なくして他部署の個人宛にメールしてくる人も珍しいよ。何の相談かメールに書いてくれないと「re:ご相談」とかが延々続いてしまって、メールボックスを見ただけじゃ私もいったいぜんたいどんな質問に答えてるんだか分からなくなってくるでしょ~。
「質問があります」
いやいやいや。確かに、「ご相談」よりは確かに分かりやすい。何か聞きたいことがあるんだよね。私は答えればいいんだよね。でもねーーー、何について聞いてるのかそこらへんをはっきりしてくれないと、またまた何の質問に答えてたんだかこちらも分からなくなってきて、私のメールボックスに埋もれちゃうでしょ。
「契約について」
おお、こりゃ進歩だね。何についてか書いてあるよ。でもね、よーく考えようね。ここは法務なんだよ。契約を扱ってる部署なんだよ。契約についてのメールが業務の何%をしめてるか考えてみようね。私が題名を診ただけじゃどの契約についてのメールかまた分からなくなること請け合いなんですよ。
「秘密保持契約書について」
さらなる進歩ですね。しかし、おしい!秘密保持契約っていうのは会社が何か秘密を開示するときに結ぶ契約なんですね。秘密の開示なんてそこらへんの部署で日常的にされているわけですよ。つまり、私の業務の20%程度は秘密保持契約についての業務なんですよ、これが。私はあなたの他にも秘密保持契約の案件は2,3件抱えてるわけであって、やっぱりその題名じゃ埋もれちゃうわけですよ。
というわけでですね、法務へのメールには取引先の会社名と契約の種類を書くように。
例:○○さんとのNDAの件です
投稿者 michy : 18:24
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2004年09月17日
Apple vs Apple
Macintoshを発売しているAppleが、Appleという商標の使用許諾を受けるにあたって「音楽事業は営まない」と契約していたにもかかわらず、iTunes Music Storeを運営してしまった事件がありました。
結局、ごく最近、Macintoshを発売しているAppleが契約違反で多額の違約金を支払うことで決着しました。
またまたこの事件を法務的視点から検討しようと思います。
法務ってこういう商標の使用許諾契約書をみたときは、
「こういう使用条件がありますけど、本当に守れますか?ご注意ください」
とコメントを書いて、社内クライアントにl確認してもらいます。
社内クライアントは目先のことしか考えてなくて、法務の懸念が伝わらなかったりもするので、「将来音楽ビジネスをできなくなるかもしれませんよ!」と警告したりします。
まあ、でも以前のAppleなら音楽ビジネスなんてまずやらなさそうだから、ここでも現場(社内クライアント)判断でOKが出てしまえば、ちょっと制約条件がある契約ってことでとおちゃって、後は現場と法務の記憶が残るのみ。
それで、担当法務も担当現場も職場を離れたずっと後になんてこんなビジネスをやりたいね、って相談が自分の法務に来たら?よほどいわくつきで、対外的にアナウンスされてて、自分もその企業を好きじゃない限り、そんな案件知らないよね。調べもしないよね。気軽にOK出しちゃうでしょ。普通、名称にまで気が回らないもん。(知財を扱う部署が扱う部署があれば別だけど、そこだって個別の使用許諾条件を管理してるかどうか…)
こういうリスクってどこの企業にも潜んでるんだよね。どうやればこのリスクが低減できるのかしら?私の夢のナレッジマジジメントによる情報の共通化?探求はつきません。
投稿者 michy : 21:44
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2004年09月16日
シティの法務についてちょっと考えてみる
こんな記事を読みました。
要約
シティバンクは横領もあったし、管理体制がおかしい!しかも、プライベートバンク(3億以上の金融資産を持っている富裕層対象の業務)では、保険や証券までやってたらしい。これは銀行業法違反じゃないの?というわけでこれらの業務停止命令。これらの業務はシティは撤退を迫られる見通し。
シティの悪い噂はシティに就職して転職した友達からは色々聞こえてきてました。けど、シティの外見はよかったからなんかギャップがあったんだよね。
しかし、今回の処分をみて「あー、なんかいい加減な銀行だったんだね、やっぱり」と思いました。私が聞いてた噂によると、シティでは、公私混同もよほどひどくなってからしか発覚しない。発覚しても、適当な処分って感じで、管理体制もあったのかなかったのかって感じだったみたい。そもそも本業のはずのPBが違法って…。「金のない客は客じゃない。お金のある客は神様」という社風だったって聞いたから、みんなコンプライアンスとかゼロだったのかねえ。友達が転職していったのも通りだったんだなあ、と思った。
そんなシティをみて、この会社で法務は何をやってたの?って考えてしまいました。銀行業法違反なんて、ちょっと考えればすぐ分かることだし、不安なら金融庁に照会をすればいいように思えるんだけど、今までずっとやってたことなら「実績もあるし」ってことにあまりに当たり前すぎて見過ごしてしまいそうな気もする。自分の日常でも、そんな風に仕事を処理しちゃいそうになることってある。ちゃんと原点に戻らなきゃ、法務の仕事してるって言えないよね、と思った。
それとも、現場に「ここを過ぎると違法ですよ」って注意はしてたけど、現場が無視してただけ?そういう本当の取引の実態を調査しない法務部門ってどうなの?と思う。けど、実際、自分がそこにいたら出来ることって上司に「おかしいです」って言うことくらいだよね。で、それで上司が対応しなかったら終わり。日常業務に忙殺されちゃってほっといちゃったりして。こんな場合はどこが悪いのかしら?自分は悪くない、悪いのは上司って言いたいところだけど、もうちょっと声を大きくするばよかったのかな、って後悔もしそう。さらに上に直談判してれば違うかなーって。まあ、それを言うかどうかは一法務部員の責任じゃなくて、気づくべきは経営者や管理者だと思うんだけど、でも、「できたかもしれない」って思いはあるよね。
それとも、現場(社内クライアント)の「でも、ここもこう解釈できるから、ぎりぎりでOKだと思うんです」って判断に押し切られちゃったのかしら?確かに、社内クライアントってこういう無茶ばっかり言って来る。半ば法務の仕事は、きちんと論理的な観点から「それは無理なんですよね」って説明してあげることだったりする。相手のわけわかんない主張に説得されちゃったら終わり。彼らも面倒な仕事はやりたくないから気合い入ってるから、最後の砦が法務。結局リスクをとるかどうかを決めるのは現場だっていうのが基本だけど、リスクがここまでいっちゃうと「それは現場がリスクをとるかどうかです」で済ませていい話じゃないよね。法務がきっぱり断らないと、考えさせられちゃった。私はこの前とあるミーティングで、無理を通されそうになって「そんなことをするならうちの社長のさらに上の判断を求めてください」って啖呵切ったんだけど、それくらい言っちゃっていいよね?いいよね?
っていうか、そもそも、シティの法務って契約書みる機能しかなくて、社内でどんな取引がされてるか気づいてなかったのかしら?それだったら、なんていうか…会社で法務部門を抱えている意味の問題よね…。私だったら、なんとかみんなの意識を変えようと努力するな。シティにはそんな努力をしてる人はいたのかなー。まあ、むなしく転職することになってそうだけど…。(友達がそんな感じだったな…)
うーん、なんだか色々考えさせられる事件でした。こんな見逃しが自分の日常業務で起こってないなんて、思えないよなー。きちんと仕事しなきゃ!と思わされました。
投稿者 michy : 23:39
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2004年07月21日
法務を「やってられない」と思った瞬間
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ここからはいわゆる典型的な女性の愚痴(以下「愚痴」という)が続きます。以下の愚痴を読み進める前に必ず注意深くこの注意文を読んでください。
愚痴には、つぶやいてもどうにもならないことばかりが書かれています。愚痴はあなたの建設的な意見や批判を全く求めていません。愚痴が求めているのは共感のみです。
ただ、あまりにもあなたの感覚からして、愚痴がひどい、愚痴の筆者に愚痴を述べる資格がないと判断した場合のみ、柔らかな口調でコメントすることができます。決してきつい口調ではコメントしないでください。
また、愚痴を書いた直後は落ち込んでいるおそれがありますので、好意的なコメントに対しても返答がされないおそれがあります。ご留意ください。
愚痴の筆者は愚痴の著作権は保持しますが、愚痴の内容に関して事実に基づくこと、正確であることを含めていかなる保証もしません。この注意文は日本法に準拠します。
以上の注意文に同意しない場合は読み進めないでください。
This disclaimer is Copyright 2005 michy on http://michys.com/blog/index.html
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「この取引って契約書はいらないと思うんですけど」
いまになっていわないでよ!いるに決まってるでしょ!
なぜか「なくて大丈夫ですよ」なんて言える取引をやってるような社内クライアントはこんなこと聞いてきません。キミは今まで会社で何をやってきたの?何年会社にいるの?何のために契約書って結ぶんだと思ってたの?法務って給料泥棒だと思ってたの?上司は何をしていたの?問いつめたくなることばかりです。
そもそもなんで契約って結ぶのかという原則論を一から説明するながーいメールを書きながら、なんで日本の小学校ではそういうことを教えてあげないのか、でもそれだから自分が食べていけるのか、 むしろそんなんだからメシのタネが少ないのか、そんなことをいろいろ思う今日この頃。
夢なのは、臨機応変に、ヒマなときには「必要かと思います」と答え、時間がなければ「問題ないと思いますよ」と答えてみること。私にはムリです(´ー`;)フッ
「決裁のことなんですけど」
確かに毎日決裁に接してます。でもね、決裁を管理してるのは別の部署なんですよ。その部署に問い合わせてください。いくらその部署の応対がよくわからないからって、いくらその部署の人がいつも会議だからって、いくらその部署の愛想がないからって、こっちに問い合わせしないでください。
確かにね、なぜか毎日チェックしてるから内容はある程度わかります。わかりますけど、ものには限度っていうものがあるんです。うちが答えても責任は持てません。責任もてなくてもいいから教えてくれって言われても時間には限りがあるんです。一度答えたら次かも同じことを問い合わせてくるんでしょ。
あなたが決裁をあげるのは、はじめてかもしれません。一年に一度かもしれません。でもね、法務社員に何人社内クライアントがいると思ってますか?一度教えたら次も同じことを聞いてくるんでしょ。一年後ですもんね。でもね、そんな社員が社内クライアントの数だけいたら、どうなると思いますか?
契約交渉は確かにがんばって一緒にやってきました。ミーティングでも顔をあわせました。聞きやすいのはわかります。でもね、決裁のことだけはやめてください。
「法務が○○って言ってるっていわれたんですけど」
言ってません。社外のやりとりで法務のせいにするのは格別、社内でのやりとりまでそれを使うのはやめてください。ましてや会議で、なんとなく法務の意見を聞いてみるのはやめてください。
日本語の使い方聞かれても困ります。トップの機嫌を聞かれても困ります。部署間の仲裁を任せられても困ります。ビジネス判断を求められても困ります。まだ雑用のんがマシです。
でも、法務は常日頃から雑用であふれかえってますので、そこのところを考えたうえでよろしくお願いします。
「今日中にお願いしたいんですが」
今日中って何時までですか?今は何時か知ってますか?今日は今日中が多いので、夜の2時になりますよ。それでもいいですか?
本当に今日中ですか?なんとなく言ってませんか?なんで今日中なんですか?今日中なら前もって言ってくれないとできませんよ。今日は前から溜まってる仕事がいっぱいあるんです。それを差し置いてもしなきゃいけない仕事ですか?
法務だって魔法使いじゃないって知ってますか?
「なるはやでお願いします」
「なるはや」ってどれくらい早くですか?法務のところに「なるはや」じゃない仕事なんてまず来ないんです。「ヒマができたらやっといて」という先輩の言葉は「やらなくていいよ」と同義です。
みんな早く出来るものなら早くしてもらいたいんです。その中であなたはどれくらい早くして欲しいんですか?期日を言ってください。本当に「これが我慢できるギリギリだ」という期日を。(注意:「今日中に」等と「できたら嬉しいな」というような日を言うのはやめてください。本当に迷惑です。)
期日には間に合わせます。前倒しにもなんとか対応しましょう。でもね、考える仕事だけに「なるはや」は一番困るんです。どのくらいのスペックで出していいかわかんないでしょ。一週間以内なのか、一時間以内なのか、そこらへん、はっきりしてからもう一回で出直してください。期日順に処理をして、機嫌内に、一週間以内なら、それなりに濃い中身で校正をかけたものを、一時間以内ならそれなりに薄い中身で間違いいっぱいのものをお送りしますんで。
「先方からここをこう直して欲しいと言われました。訂正お願いします」
そのまま法務に投げるな~!一度自分の頭で考えろー!さらっとでいいから読め!
契約書の文言の調整はします。一見、法務が一から直してるように見えるかもしれません。でもね、違うんです。法務ができるのは誤解のないような文言調整だけなんです。ビジネス判断なんてできないんです。
価格を決めるのはアナタです。日付を決めなければいけないのはアナタです。レンタルか購入か決めるのはアナタです。他部署と調整するのもアナタです。アドバイスならいくらでもしましょう。相談にものります。紹介もしましょう。でもね、決定するのも、交渉するのもアナタなんです。
自分が言ったことと違うように修正されて、そのまま帰って来ないでください。「○○って意味じゃないんですか?」って日本人ですか?法務に投げる前に契約条件を固めてください。その条件でOKかどうか、あなたの感触を教えてください。
「よく覚えてないんですけど」
キミが主張するから契約書直してやったんやん!よく覚えといてよ!まったくもう!
まずは法務に電話する前に過去のメールを読み直してください。法務のファイリングをあてにしないでください。私はあなたの記録係でも、会議の議事進行係でも何でもありません。
「○○語の契約書用意してください」
契約って何のためにするかわかってますか?あいにくとうちの法務は英語と日本語しか対応してません。そんな言語の契約書、あっても読めません。だからありません。アナタも読めないでしょ?読めない契約をしちゃいけません。
(061022)読んでいて「若いなあ」と思ったのと、「ただの愚痴だな」と思ったので、愚痴disclaimerをいれました。このちょっと前にすごく忙しくて体力的にも精神的にも無理をしてたのに、みんなが「なるはや」とか「今日中」とかばっかり言うから優先順位つけられなかったことがあって気がたってたんだろうなあ。しかも、いきなり文化圏の違う場所に行ったりしたので、びっくりしました。今はそういう「精神論じゃない文化」って重要だと思うけど、当時は理解できなかったんだと思います。未だにワーカホリック志望だし。
投稿者 michy : 14:26
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2004年06月30日
三菱東京 vs 三井住友 about UFJ
私は法務です。会社で法務っぽい仕事をしています。契約書みたりとか、「だいじょうぶですかね?」といろいろ相談されたりとか、そんな仕事です。そんな仕事をしている視点からみると、昨今ちまたを騒がせたりしているUFJと三菱東京(or三井住友)の問題はいろいろと興味深い点があります。
最初東京地裁が、UFJ信託と既に合併交渉をしていて対外的に発表もしていた住友信託の不服申し立てを受け入れた、というニュースを聞いたときには、「当たり前だよね」と思って、「口頭での合意だから大丈夫だと思ったのかしら。口頭でも契約なのよ」と文書がないのかと思っていました。
でも、普通好評発表前には簡単ながらも合意書を交わすもの。それがないなんて住友信託も手落ちね。(まさか、それがあるのに三菱東京と合併しようとUFJが考えるとは思えなかった)なーんて思ってたら…。
そもそも住友信託とUFJ信託は両者代表取締役印の捺印された合意書で、「一定期間合併交渉を他とはしません」って合意をしてるらしいじゃないっすか。あほか!!そんな契約書に捺印しといて、三菱東京と合併って、、、経営陣や法務はいったいどうなってるのか。しかも、これはそもそもUFJ信託が「住友を他にとられたらマズイ」ってことで入れてもらった条文だそうです。自分のかけた罠に自分がハマったって感じですね。
まあ、こういうとき考えられる話としては、
1.そもそもUFJホールディングストップ陣営が法務に話を聞かずに進めた。
2.UFJホールディング法務に話がいったものの、UFJホールディングス法務は住友信託とUFJ信託の話をきれいさっぱり忘れていて、軽くOKを出した。(気づけよ!)
3.UFJホールディングの法務に話がいったものの、ホールディングス法務は過去に、このような事例(同様の事例はない)で過去に差し止めが入ったことがないからOKでしょう、と軽くOKを出した。
4.UFJホールディングスの法務に話がいって、法務はリスクを説明したが経営者があえてリスクをとった。(この中では一番まとまなパターン)
5.UFJホールディングス法務とUFJ信託法務はそもそも仲が悪く、「信託の問題は信託の問題でしょ。うちらとは関係ないよ」とホールディングス法務は思っていた。
こんな感じであるわけなんですが、さて、どれなんでしょうね。案外1って気も…。普通、こういうときは住友信託からも「文句いいません」って合意書を一つとりつつ、三菱東京と「これから合併に向けて話し合いましょう。但し、いついつまでに合併話がまとまらない場合はこの契約は終了。また、お互いに他と同様の契約やお話をすることもさまたげません」っていう合意書を一つ交わしておくのが王道なので。
欧米はこういうときは、違約金条項が含まれるのが一般的だそうで、額は何千億円程度が相場だということです。こわいこわい。














