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2008年03月12日

告白します。音楽を覚えるのが相当に困難です。リズム感が本当にありません。 ブックマークに追加する

夫婦で知人と思い出の音楽についての話をしていました。知人と夫は音楽の趣味が似ていて「青春時代のこの一曲」といういうような話で盛り上がっていました。

知人「michyさんは青春の音楽みたいなのってないんですか?」

私「昔も今も続けて聴いたりする、好きな曲って思いつかないです。実は、私は曲に興味がないんじゃないかと思うくらいです。曲をかけてると考え事を始めちゃって気がついたらもう終わってるとか、そういうのが多いですねー」←念のため、音楽を聴くのも、演奏するのも、とても好きです。

夫「確かに、君はそうやな」

知人「うーん、例えば、僕は、ラララッラッラッ、ラッラッラララ。ラララッラッラッ、ラッラッラララって聞くと血湧き肉踊る感じがしてくるんですけど、michyさんはどうですか?」

知人は私の目の前でF1のオープニングの音楽であるT-SQUAREの「Truth」を歌ってくれました。もちろん、私もテレビでF1を見るたびに良く聴く音楽です。

私「うーんうーん。レミファーー、ファソラミミレドラレーとしか聞こえないですね」

夫/知人「それはRYDEEN!!!

私「…。その二つの区別がつかないくらいどうでもいいみたいです」

知人「(絶句)え!?あの、オーケストラに入ってませんでしたか?」

私「…。確かにオーケストラには入ってました。でも、曲はきちんと聴けないので、なかなか覚えられなかくて、ものすごく困りました」

知人「…」

私「そもそも、私、リズムが覚えられないんです。とあるフレーズを聞いたときに、音が変わっているのかリズムが変更されているのか、区別があまりつかないんです。例えば、「ドドド」や「レレレ」などのまったく同じ音の繰り返しならシンコペーション(タターンタ)と三連符(タタタ)の区別くらいはつくと思うんですけど、「ドミソ」や「ドレミ」になった途端に、どちらがどちらか分からなくなるんです」

夫「そうなの?そこまでひどかった?」

私「うん。訓練すればできると思うけど、それでもテンポが変わるとイチからやり直しだと思う」

夫「そこまでだったかなー。うーん。は!でも、そういえば、倍に刻むってできなかったよなー」

倍に刻む = 4/4拍子を「タン、タン、タン、タン」と四つで数えていたのを、「タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン」と倍の8つで数えて、正確なリズムを掴むための練習方法。

私「そうだね。ワルツの一つ振りも厳しかったねー」

一つ振り = 3/8拍子の曲などで、テンポの速い楽曲など1/8毎に打点を刻むのは美しくないときに、三拍を指揮棒の一振りで表現する指揮法。

知人「え?でも、あのビオラを弾いてたんじゃ?」

私「…。弾けていたかどうかはアヤしいですねー。音とリズムをあわせて一緒に覚える丸暗記で対応してました。一曲毎に覚えるメロディが半端ないので、すごく辛いんですけど、他に方法が無かったので…。私のリズム感の無さと不器用さを知る、同じビオラパート員はこう言ってました。『それだけ(リズムを含めいろいろ)出来なくてもビオラが弾けるってmichyって頭がいいんだと思うと。しみじみ言われた、内容的には褒め言葉であるはずの言葉が、あのときはとても悲しかったですねー」

夫「それは悲しいな…」

私「うん。私、譜面読めてないしね」

注意:私はビオラの前はピアノをやっていましたが、鈴木メソッドと縁があったわけではありません…。

夫「そうやな。でも、音が否応無しに観客に聞こえるようなソロやアンサブルをやるならともかく、オーケストラにのってるだけやったら、音を出さなかったら大丈夫なんじゃ?」

私「バカ!弓や指の動きがあってなきゃ、観客にバレるでしょ!」←同じオーケストラに所属していた方、本当にごめんなさい…。

夫「そうか!譜面が読めないし、リズム感がないのに、オチないのか!」

オチる = オケ用語で、自分の演奏がオーケストラの演奏についていけなくなること。どこで復帰するのかが問題となる。とある弦楽器のトップが本番で、オチた、というか、休みから復帰するときに1/2ページ分先に復帰してしまいけれどもそれなりにリカバリ出来た事件は、奇蹟過ぎると思う。

私「そうなの」

こんな私ですが、何故か絶対音感らしきものだけあります…。でも、ものすごく音痴です。

…ひどく虚しいです。

投稿者 michy : 14:37 | コメント (2) | トラックバック |    



2008年01月13日

ヴァイオリンがキレイな村 ブックマークに追加する

ホルン吹きの鍼灸師さんがコントラバス弾きの夫と何事かしゃべっていました。バックミュージックは小沢征爾の指揮による2002年のベルリンフィルのニューイヤーコンサートでした。

夫「それは××(日本国内)でのことなんですけど」

「へー、××ですか。実は僕、あのあたりは住んでいたことがあるんですよー」

夫「そうなんですか?」

「ええ。○○村のあたりです。ヴァイオリンがキレイなんですよねー

ヴァイオリンがキレイ?ヴァイオリンがキレイな場所?ヴァイオリンの音色がキレイというわけではなく、ヴァイオリンがキレイってことはヴァイオリン自体の外観がキレイってこと!?

ヴァイオリンって町中を歩いていて、そんなによく目にするものだったのでしょうか。音楽大学などが近くにあれば生徒が持っているのを目にするのでしょうか。いや、しかし、それでも見れるのは、ケースに入ったヴァイオリンのはずです。気温の一定しない場所や直射日光のあたる場所に剥き出しのバイオリンを好んで置くヴァイオリン弾きの話は聞いたことがありません。

(どうでもいいですが、私はぼーっとしていてこのような季節に暖房の効いた室内から寒空の元に剥き出しのままのビオラを持って出ようとして、「割れる!」と必死の形相で止められた経験があります。私以外は誰もやらないと思いますが危険なのでやめましょう)

私は混乱しましたが、何か私が誤解しているんだろうと思いました。

しかし、

夫「ヴァイオリンがキレイですよねー

…夫もリピートしている。これはどういうことだ!?

二人して同じ台詞を呟くからには、そこは本当に「ヴァイオリンがキレイ」で有名な場所のようです。しかし、いったいぜんたいどのような条件が整えば、土地を指して「ヴァイオリンがキレイですよねー」と人は感嘆するのでしょう。そもそも「村」っていうくらいだから、きっと、田舎のように思います。公費で建てたコンサートホールにスタンウェイのピアノが置いてあるなんていう話ならともかく、日本の田舎に愛でるほどの台数のヴァイオリンがあるという話はあまり聞いたことがありません。きっと、何らかの理由で、そこにヴァイオリンやヴァイオリン弾きが集まるモチベーションがあるに違い有りません。

…うーんうーん、そこにはバイオリンの仕上げの上手な職人さんが住んでいて、ヴァイオリン弾きが楽器を預けにくるのかしら?いやいや、でも、そんなんじゃ、その職人さんの家の中でだけヴァイオリンが見れるだけだろうし…。うーんうーん、「どうやら、あの村に行くとヴァイオリンの外観がキレイになる」という言い伝えがあって、ヴァイオリン弾きはその場所にヴァイオリンを持って集まり、そこではその言い伝えによってキレイになった状態のヴァイオリンばっかり見れるので無数のキレイななヴァイオリンが観察されることになり、それを人は「あの村はヴァイオリンがキレイ」と言うように……うーんうーんヨーロッパのあたりならともかく、日本にいきなりそんな場所が出現して、そこが本当に霊験新たかで、本当にヴァイオリン弾きが集まって来るという設定に大いなる無理があるような…

不思議に思って私は聞いてみました。

私「ヴァイオリンがキレイなんですか?あの、それはどういう感じで?」

夫と鍼灸師さんは沈黙し、鍼灸師さんが口を開きました。

「バイリンがキレイなんです。えーと、ですね、梅の林と書いてバイリンを読んで下さい」

……すみませんすみませんすみません。いや、どおりで話が何か変だと思いました。

「僕の頭をこうヴァイオリンが鈴なりになっている様子が浮かびましたよ。ストラディバリウスとか。おもしろいので、訂正しないでおこうかと思ったんですけど、あんまりかなと思ったんで」

いや、そのような配慮までさせてしまって、本当に申し訳ないです。

投稿者 michy : 07:08 | コメント (2) | トラックバック |    

2007年09月01日

ELLEGARDEN「RIOT ON THE GRILL」@iTMS ブックマークに追加する

「DON’T TRUST ANYONE
BUT US 」
ELLEGARDEN

近所のTSUTAYAで音楽がかかっていました。「なんとも言えない、景色が見えそうな和音とかすれた声がステキな洋楽だなあ」と思って、店員さんに「なんていう曲ですか?」と聞いたら教えてもらったのがELLEGARDENでした。

そのTSUTAYAに一つだけあったレンタルCD「DON’T TRUST ANYONE BUT US 」を借りてみたら、なんと日本人のインディーズのグループでした。そして、英語オンリーの曲や、日本語オンリー曲がごちゃまぜで、そのセンスの良さに脱帽しました。

私が耳にして一瞬で惚れた、「DON’T TRUST ANYONE BUT US」の「Bare Foot」という曲の、サビの和音の、そのなんというか三味線のような、渋い、セピアで泣かせる響きと、声のハーモニーが大好きです。「サンタクロース」という曲のサビの、雪景色と涙が漂ってきそうな和音も大好きです。

そんなELLEGARDENですが、その後は出会わないし、「マイナーなのかなー?」と思って忘れかけていたら、iTMSに登場しているじゃないですか!

→「RIOT ON THE GRILL」ELLEGARDENicon

アメリカからの逆輸入っぽくなっています。アメリカではもっと曲がいっぱいあってウラヤマシイ。さっそくこの曲を購入してしまいました。

相変わらずサビの和音がステキです。「Bored of Everything」の和音は切なそうに何かを希求する感じがするし、「Marry me」は明るめの和音がなんともいえない懐かしい感じになせられれます。

ふと聞いて気に入ったものが少し有名になるのは気持ちがいいですね。

投稿者 michy : 04:36 | コメント (6) | トラックバック |    

2007年03月20日

超適当作曲家評 ブックマークに追加する

超適当に、現在思っているクラッシックの作曲家の印象です。変わる可能性濃厚。

バッハ
荘厳でとにかく美しい。その美しさは、絶対に美しい数式で表現できて、その数式の座標上の線は、きっと美しい幾何学模様を描くだろう、と思う。

モーツァルト
まともな神経であんな曲が書けるわけがない、気が狂ってると思う。いったいどういう思いで生きて、どういう思いで曲を書いたのか、覗けるものなら頭の中を覗いてみたい。けれども、曲を聞くだけで「彼の見た暗闇を見ることに到底自分は耐えられないだろうな」と思う。

ベートーベン
死後の世界も神様も信じないけれども、天国があるとすれば、それはベートーベンの交響曲の第四楽章の中かな、と思う。

ブラームス
完璧主義者でマニアックだなー、と思う。そして、そこがいい。

マーラー
本当にアルマが好きだったんだなあ、と思う。そこだけ、とてつもなく人間っぽい印象を受ける。

投稿者 michy : 21:26 | コメント (0) | トラックバック |    

2007年01月14日

真実なんていらない2 ブックマークに追加する

鍼灸院にて。

先生「オーケストラをされてたんですか?楽器は何をされていたんですか?」

私「ビオラです」

先生「ビオラなんですか。ビオラってこうなんかあんまり目立たない雰囲気ですよね。ビオラコンチェルトなんて存在しないじゃないですか

私「…そ、存在しますよ!!!!ちゃんとありますよ。二曲ほどですが」

先生「ごめんなさい。そうなんですか。そうですね、確かに打楽器のコンチェルトもありますもんねー」

私「…。知ってる人は少ないけど、実はあるんです。ビラオは『バイオリンの小さなやつ?』って言われますねー。真実はバイオリンの少し大きいやつなんですけど」

先生「そこまで知ってる人もあまりいなくないですか?」

私「そうですね。確かに、そう言われるのはいいときです。で、そういうときに威力を発揮するのが『皇太子の弾いてる楽器です』という言葉です」

先生「なるほどー。確かに、皇太子はそうですねー。でも、何で皇太子はビオラを弾いてるんですかね

私「え?」

先生「いやー、なんかビオラって中途半端じゃないですか。ちょうど音域もバイオリンとチェロの音域と被さってませんか?」

私「バイオリンの少し下ですね」

先生「バイオリンとチェロがあればいいんじゃないのかって思っちゃうんですよね。ビオラは何をやってるんだろうっていうか」

…ビオラ弾きにあんまり本当のことを言わないでください。

投稿者 michy : 01:04 | コメント (0) | トラックバック |    

2006年11月28日

ベートーベン交響曲第9番「合唱付き」とシューベルトの即興曲 ブックマークに追加する

ベートーヴェン:交響曲第9番
ラトル/ウィーンフィル

友人の演奏会でベートーベン交響曲第9番「合唱付き」を聞きました。クラッシックなのにチェロとベースで「ミミファソソファミレドドレミレードド」と歌いだすあたりから一人で勝手に客席でリズムとってしまいました。合唱が入るあたりでは感動して涙してしまいました。第四楽章からは「生きろ」という言葉を感じます。横の夫をみたら夫も泣いていました。

後ほど、夫に「『生きろ』だよね。宮崎駿だね」と言ったら「あのコピーは糸井重里やけどな」と言われました。そっかー。どちらにしろ、師走にこの曲を聞く、という文化を作った日本人は素晴らしいと思います。

もっと色々書けたらいいなあーと思うのですが、ベートーベンは苦悩の末に書いたこの第9番「合唱付き」は本当に難しく、とても私の筆では言葉にできません。

夫は「耳が聞こえないのに、これを書いたベートーベンは本当にすごいよ」といつもいつも言うのですが、その手の能力に恵まれなかった私からすると、「絶対音感と、譜面をみての同時再生可能パートがベートーベンレベルである人なら、耳なんて聞こえなくても頭の中に響く音を譜面にすればいいだけだから書けるでしょ。響きを確かめられないから、面倒だとは思うけど」と思います。

アイルトン・セナは、きっとコース図をみるだけで走っている自分をイメージできたのだと思うのですが、それと同じで、絶対音感+譜面を見ただけで脳での同時再生音数がある程度あれば、「耳が聞こえない」なんてハンデは作曲に対してはそれほどではないと思ってます。

第9番「合唱付き」のCDはバーンスタイン/ニューヨークフィルとラトル/ウィーンフィルを聞いたことがあるのですが、私はラトルの洗練されている感じが現代っぽくて好きです。

帰りには思わずカラヤン/ベルリンフィルのSACDとのハイブリッドを買ってしまいました。PS3はSACDの再生がすばらしく、なんとCELL内のSPUを5つも使ってるとの記事をみて、かなりのロマンを感じたのが理由です。

しかし、HDMIで出力しようとすると、HDMI1.1以上に対応していなくてはならないようで、「ヤラレタ!」と思いました。夫はさっそく「HDMI1.1以上対応のオーディオが欲しい」と言ってます…。

シューベルト:即興曲集
内田光子

前日には、友人の単独のピアノコンサートを聞きにいってきました。彼女がプログラム上メインに据えていたのは、シューベルトの即興曲だったのですが、私はシューベルトにまったく興味がありませんでした。しかし、彼女の演奏と解説を聞いて、とてもシューベルとに興味がわきました。

その即興曲は、シューベルトが敬愛していたベートベンの死の直後で、彼が死ぬ1年前に書かれた2つのシリーズの即興曲の1シリーズ目op.142でした。

私の解釈によると、一曲目からは、ベートーベンの死を受け入れられなくて、「いやだ」「いやだ」「いかないでくれ」と苦悩するシューベルトの心が、二曲目が現実とのギャップとの苦悩し、それによってより衝撃を受け、「いやだ!」という思いが一曲目より強まったシューベルトが、三曲目からはやっとベートーベンの死を受け入れられ、「悼む」とうい気持ちになったシューベルトが感じられました。

四曲目はよく分かりませんでした。あまりにも透明で澄んでいるのです。夫は「まったく分からない」と言っていました。私は「死を希求して、そこに安らぎを求めているのかな」と思ったのですが、演奏者の友人に聞いてみると「死期は分かっていたと思うけど、死を希求しているのかなー。その時期には歌曲でも、とても精力的にすてきな歌曲を残してるんですよ」と言われました。興味がそそられます。

その後Wikipediaで調べてみたら梅毒の第二期で亡くなったということで、梅毒の第二期は2年くらい続くそうなので、逆算するとこの即興曲を書いたときは「死ぬ」ってことは分かっていたのかな、と思います。

とても気になってCDが欲しくなったので、演奏者の友人にオススメのCDを聞いたら「私もよく分からないのですが、モーツァルトやシューベルトでは内田光子さんが有名で、参考にしました。普通に良かったですよ」と言われたので購入しました。なんとムジークフェラインでの録音というゴージャスさです。

…それにしてもiTunesのクラッシクを扱いにくさはもう少しなんとかならないものでしょうか。

投稿者 michy : 01:31 | コメント (3) | トラックバック |    

2006年11月14日

そんな愛はいらない ブックマークに追加する

少し前に民放でモーツァルトの特番を見ました。

直前にNHKでドヴォルザークの第8番を聞いた後だったので、「モーツァルトもいいんだけど、ドヴォ8を聞いた後だとねー」「確かに。でも、ドヴォルザークはモーツァルトを踏まえてるんだから、物足りなく感じるのは当たり前で、それはモーツァルトに辛くないか」などと分かったような分からないような会話をしながら、結局は番組に熱中して見ました。

モーツァルトの曲は短調の曲がとても美しいと思います。交響曲第25番、第40番あたりがとても好きです。ただ、長調も好きでフィガロの結婚序曲とか、トルコ行進曲なんかもいいと思います。でも、それも「長調なのに漂う苦悩」が好きな気がします。モーツァルトの、すっごく陽気な、書き散らかしたみたいな宮廷音楽も「モーツァルトらしいなー」と思うんですが、苦悩や苦しさの出てなさそうな楽曲には私はあんまり魅了されないです。

番組では、モーツァルトが20代前半のころに仕事が見つからなくて苦悩してた時代を取り上げていて、「皮肉なことにこの時代に名曲が多い」というようなことを言っていた気がするのですが、結局は苦悩が芸術を作り出すと思っているので、「そりゃ、そうだろうなあ」と思いました。死ぬ前に苦労していたのは知っていたのですが、それ以前の苦労はあんまり記憶になかったので、「あの短調の曲の美しさの源泉はこんなところに!」と思いました。

また、番組ではモーツァルトの陽気な面とそうでない面を「二面性」や「ギャップ」と言っていましたが、それも違和感を感じました。それは二面性ではなく、常人にははかれないだけで、彼の中では一つだったんじゃないかと思います。父の死の中に明るい曲を書き続けたのも、仕事の面もあるとは思いますが、暗い曲が書けないから、明るい曲で自分を満たしたかったんじゃないかなー、と思いました。

また、「モーツァルトの曲は思想哲学的にも深いのにそれをまったく語らないところがいい」というようなことも言われていたのですが、モーツァルトの手紙にもあるように、彼は音楽でしか語るすべをもたなかったのだと思いました。

結局、モーツァルトはお金がなく苦しい中、不明の依頼人によるレクイエムを書きながら悲劇の死をとげるわけですが、レクイエムを書いているときの「死は私の最良の友である 」や「自分のためにレクイエムを書いている」という言葉を考えると、「こういう心境があの美しい響きを残すのか」と胸につまるものを感じました。

モーツァルトのミドルネーム「アマデウス」というのは「神に愛された」という意味で、番組でも女性アナウンサーが最後まで見終わった後に、「神に愛された人だったんだなー、と思いました」と言っていました。でも、私は、すごく苦しみ抜いて、後世に残るものを残す人生を送ることが神の愛だというなら、そんな神の愛はいらない、と思いました。ただ、穏やかに普通の苦しみと普通の幸せと、家族の記憶に残る程度の人生が私はいいです。

でも、苦悩の末に、といえば耳が聞こえなくなってから作曲したベートーベンの交響曲第九番も非常に美しいなあ、と思います。彼も神に愛された人なのでしょうか。神の愛って残酷だな。

なんて思っていて思い出したのが、グスタフ・マーラーの交響曲第十番第一楽章です。一楽章しか完成していないこの楽曲が、私がマーラーの楽曲の中で一番好きな楽曲です。そして、この楽曲の美しさは、きっと彼にとってりミューズでありファム・ファタルであった、恋多き才色兼備の妻アルマ・マーラーの別離による苦悩によるところが大きいと思います。楽譜のはしばしに、「ああ! ああ! ああ! さようなら、さようなら、ああ、ああ、ああ!」とか、「君のために生きる! 君のために死ぬ! アルムシ!(アルマの愛称)」などと妻アルマへの愛が書き連ねられているそうです。

夫はこのエピソードを聞くたびに「なんてマーラーはかわいそうなんだ」と思ってしまうそうなのですが、私は「恋多き才女ってステキ!」とアルマが大好きになりました。しかし、後ほど、彼女が私の好きなブラームスを評価してなかったと知って、なんだか憧れは少し冷めました。そして、アルマの魅力は多くの芸術家にとってミューズでありペトロナスであったところなのかしら、などと考えていて、最近ふと考えついたのが、「苦悩が芸術を生み出すとしたら、グスタフ・マーラーの元から離れたアルマ・マーラーは、グスタフに交響曲第十番のような美しい曲を書かせたかったからかもね」という既に誰かが提唱してそうな説でした。

で、同じく思ったのが、「グスタフ・マーラーの元から去ったというのが、美しい曲を書かせたいというアルマのグスタフに対する愛だというなら、私がグスタフ・マーラーだったらアルマのそんな愛はいらない」でした。交響曲第十番の美しさよりアルマの愛が欲しいです。でも交響曲第十番の書いている間に、アルマは看病に戻ったりしてるし(そのためマーラーは続きを書く気がなくなったという説もある模様)、アルマは、きっと、なんだかんだいいつつグスタフ・マーラーが一番好きだったんじゃん、と思ったりしてます。

一瞬の輝きと長い闇、そして一瞬の輝きが美しいほどその後の闇が深くて暗い。それが天才の人生だと思いますね。
KAWADE 道の手帳「丸山眞男」-小熊英二「丸山眞男の神話と実像」より

闇が深いから輝きが美しいんだろうなあ、と思います。

投稿者 michy : 12:59 | コメント (8) | トラックバック |    

2006年11月09日

真実なんていらない ブックマークに追加する

夫が「もらった〜」と言ってストラップを見せてくれました。弦楽器のストラップでコントラバスっぽいです。

夫「いいやろ。『コントラバスですね』って言ったら、『何でわかるんですか?』って言われたんだけど、なで肩(夫はもっと科学的な表現を使ったが思い出せない…)なのはコントラバスだけなんです、って答えたよ」

へー。そうだったのか。私は、コントラバスっぽいとは思ったものの、理由は分からなかったよ。

は!しかし、「コントラバスがある」ということはもしかして!

私「ねえねえ、もしかして、ビオラのストラップもあるのかな?」

私はビオラ弾きです。

夫「…こういう場合は往々にして、バイオリン、チェロ、コントラバスっていう組み合わせやな」

私「…。本当のことを教えて欲しいって頼んだわけじゃない

ドリームな世界に生きていたっていいじゃないか。一緒に浸ってくれてもいいじゃないか。だって、ビオラなんだもん。

投稿者 michy : 06:44 | コメント (0) | トラックバック |    

2006年11月05日

本日は浪費しました -妻CD編- ブックマークに追加する

夫婦して街を歩いていると、夫がタワーレコードを発見してしいました。彼はストレスがたまっているらしく、まったく今日のお出かけの目的とは関係ないのに「タワレコでクラシックを買おう」と、どんどんそっちに進んで行きます。私も昨日モーツァルトの特番をみて、良いモーツァルトのレクイエムが欲しくなっていたので、「ま、いっか」とつき合ったのが間違いのもとでした。

一時間もかからずに私たちの手元はCDでいっぱいになりました。

cdkaisugi.jpg

右2列+一番下のレクイエムが妻出費、残りが夫出費、あわせて3万円ほどです。あああ、ストレスが溜まった状態でクラッシック売り場に行くとロクなことがありません。ああああ。

そういえば私は「家でだらだら横になっているだけなのに、なんでこんなにストレスが溜まるのか?」と謎で溜まらなかったのですが、よく考えると私は働いているほうが好きで常に「働きたい」と思っているから休んでいるばっかりなのがストレスなことと、そもそも頭が痛かったり吐き気がしたり眠れなかったりという不調に耐え続けているのもストレスなんだ、と気付きました。…ハイ、浪費の正当化です。

買ったCDを勝手に解説します。最初は妻のCDです。

「Best of Vanessa 」
Vanessa Mae

ヴァネッサ・メイは10年ほど前に彼女が何かの賞をとって会場で、透明のエレクトロニックバイオリンでセクシーな衣装で歩きながら、バッハのトッカータとフーガニ短調を演奏するのをみて以来のファンです。彼女の音楽はエンターテイメント性が溢れていると思っていて、とても好きです。が、CDを持ってなかったのです。Bestが出ていたので購入しました。大好きなトッカータとフーガニ短調も入ってるし。荒川静香がトリノで使ったトゥーランドット「誰も寝てはならぬ」が入ってることでも有名なCDのようです。

「Mozart:Violin Sonatas
K. 301, 304, 376 & 526 」
Natalie Zhu / Hilary Hahn

ヒラリー・ハーンは大好きなので、ほぼそれだけで買いました。今年はモーツァルトの150年記念らしいし。ジャケットのハーン、かわいい!!!!演奏も選曲も普通にステキです。

シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ 
ユーリィ・バシュメット

知る人ぞ知る、っていうか、ビオラ弾き以外で知ってる人がいるのか謎なビオラの貴公子バシュメットの若き日のCDです。タワレコポップによると、このCDで彼の名は有名になったとか。バシュメットは好きなので買ってみました。

Bach: Brandenburg Concertos Nos. 1-6
Musica Amphion. Pieter-Jan Belder

バッハのブランデンブルクは大好きで、前から欲しかったので買いました。なぜ、ここにしたのかは忘れました…。全曲揃っていてタワレコでお勧めだったからかなー。

「Shostakovich: Sonatas Opp. 134 & 147
Gidon Kremer / KREMERata BALTICA
Andrei Pushkarev / Yuri Bashmet

バシュメットのショスタコのビオラソナタのために買いました。今年はショスタコも生誕だったか没後だったかの100年記念らしいです。

「モーツァルト:レクイエム
ベーム(カール)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

モーツァルトのレクイエムを買おう!と思ったのはいいのですが、何がいいやらさっぱり分かりません。私はなんとなくラトルが好みなので、ラトルを探したのですがありません。夫に聞いたら、「そういうときはバーンスタインって書いてあるCDを買えばいいんだ」(夫はバーンスタイン好き)と言われました。バーンスタインは嫌いではないですが、なんだかあんまりレクイエムで聞く気はしなかったのでやめました。そもそも普段交響曲ものしか聞かないので合唱団やら書いてあっても何のことやらわかりません…。探したすえ、夫に「ベームは有名だよ」と言われたのでベーム/ウィーンフィル/ウィーン国立歌劇場合唱連盟にしました。

REQUIEM / DVORAK FAURE VERDI BRAHMS MOZART A.M.O.

10枚のCDセットによる有名どころレクイエムを集めたものです。Mozart、Cherubini、Brahms、Verdi、Dvorak、Faure、Derufle、Schnittkeが入ってるようです。

購入したものを分析してみると、交響曲は自分で買わなくても夫が買ってくれるし、分からない自分が買うよりはずれないので、好きなミサ曲やバッハ、バイオリン、ビオラ系に走っているようです。

投稿者 michy : 23:38 | コメント (0) | トラックバック |    

2006年10月04日

最初から最後まで覚えている歌 ブックマークに追加する

私がよく歌を歌っていると、夫に「そこ歌詞が違う」とか「勝手に創作しない」(これはピアノの先生にも散々言われたなあ)というようなことを言われます。

私は基本的に曲を覚えられないので、「そういえばほとんどの曲がサビしか覚えていない」と気付きました。そしたら、夫に「全部歌える曲はあるの?」と聞かれたので考えてみました。

私「えーと、反則かもしれないけど、中高時代の校歌」

私の学校の校歌の変さは際立っていて、4クラスあるのですが、各クラス毎にパートの違う四部合唱なんです。もちろん、掛け合いもあります。一番高音が一番歌いたかったのですが、いつも低音のクラスで悲しかったです。そして、歌詞は3番まであるのですが、3番が1番の日本語の歌詞の元になった英語の歌詞になってます。中1のときに意味のわからない英語の歌詞の歌を一生懸命覚えたためか忘れられません。

夫「それは反則」

私「えーと、『アヴェ・マリア』!きちんとラテン語だよ。バッハの平均律にグノーがメロディつけた」

ミサか何かのために音楽の時間に習ったんですが、この曲はかなり大好きで今でも覚えてます。ラテン語は響きがめちゃくちゃ好きです。

夫「…いや、はやりの歌でなんかない?」

結局、他にも思い出せなかったんですが、1日たって数曲なんとか思い出しました。はやりの歌はありません。

中1のときに学祭でやったワムの『ラストクリスマス』、
何故か頭から離れないパタリロのオープニング、
高音なのが良さそうだと一時期目覚ましにしていたら聞いただけで殺意が芽生えそうになってきたので取りやめた『残酷な天使のテーゼ』、
小学校のときに体育祭で歌う曲に決まったので覚えたタッチのオープニング、
ドラえもんのオープニング、
カラオケでよく歌っていて、この間iTMSで買ったKiroroの『長い間』。

うーん、アニソン率が高いな…。

投稿者 michy : 16:57 | コメント (2) | トラックバック |    

2006年08月13日

人を殺めるときに謡うクラッシック ブックマークに追加する

自分が選ぶなら、間違いなくモツレクの「Dies Irae」。確かに全体としてはミサ曲かもしれないけど、Dies Irae なら歌詞的にもあってるよ、きっと!

 扉がバーンとあいたら殺人鬼がいて、「Dies Irae, dies illa ♪」って歌いながら包丁を振り回して迫ってくるとか、もうゾクゾクしちゃいます。
#序奏なしの頭サビだし

 それに、聴きながら殺めるよりも、歌いながら殺めるほうがキテていいと思うのです。
人を殺めるときに歌うクラシック-Kazuho Oku's Weblog

確かに歌いながらはいいなあ、新しい視点だと思ってまた自分の気分にあう曲を考えてみました。

レクイエムはなんか違う、と前に言っておきながら、同じレクイエムからになってしまいました。場所が少し違って、「聖なるかな(Sanctus)」です。ただ、学校でよく歌ってただけなので、作曲が誰だったか分からないです。iTMSを一生懸命聞いてみたけど、さっぱりです。モーツァルト、バッハ、シューベルト、グレゴリオ聖歌、ヴィヴァルディ、フォーレ全部私たちが歌ってたのは違って聞こえます。

私たちが歌ってたのは、書き出してみるとこんな感じなのですが、どなたかご存知ないですか?短調で荘厳なイメージだった気がします。

聖なるかな 聖なるかな 聖なるかなーーーー
万軍のー 神なーる主 主の栄光はー天地にみーーつーーー
天のいと高きところーにー ホーザンナ
ほむべきかな主の名によりて きたるもの
天のいと高きところーにー ホーザーンナ

たたみかけるような「聖なるかな」の三連発がなんともいえずにいいです。ここで、グサグサグサと刺して、次の一行で最後に刺したのに力をこめて、次の三行は引き抜いて死んでいくところを眺める、って感じですかね。「万軍の」ってあたりで「これは絶対に人を殺す曲だ」と当時から思っていました。

楽器を弾きながらは無理だから、指揮をしながらっていうのもいいかもな−、と思いました。月9で「のだめ」が始まって、指揮者が脚光を浴びてくれるといいなー。マジで指揮者はカッコいいです。でもどちらかというと演奏で指揮してるときより練習中にオーケストラに向かって指導してるときのほうがカッコいいのが問題です。

投稿者 michy : 00:17 | コメント (4) | トラックバック |    

2006年08月05日

人を殺めるときにかけるクラシック ブックマークに追加する

ぼーっとネットを漂っていたら、「人を殺める時にかける曲(クラシック)は?」というのを見つけました。

ブラームスの交響曲第一番があがっているものの、楽章指定がなくて、「どれだけかけて殺すんだよ」と夫とともに突っ込んでしまいました。夫説では「きっと四楽章冒頭だろう」とのことです。

おもしろいテーマだなー、と思って、自分ならどの曲がいいだろう、と考えてみたら「ワルキューレの騎行」でした。やっぱり奮い立たせないと!ちなみに、ドライブのときにかけるともっとも危険な曲らしいです。ベートヴェンの交響曲第五番「運命」の第一楽章冒頭もザクザクザクって感じでいいかと思いましたが、夫に「ベタ過ぎ」と言われました。

最初はモーツァルトの「レクイエム」とか、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」とか、鎮魂曲っぽいのがいいのかなー、と思ったのですが、それは死んだ後だ、と思い直しました。

夫に聞いてみたら、「魔弾の射手・序曲」とのことでした。

こうやって考えると、iPodでクラッシク聞きながら人を殺すって狂気に狂った殺人犯の描写であってもいいような気がするんですけど、みかけた覚えがないです。やっぱり、動くからイヤホンのコードが邪魔なんでしょうか。そういう問題じゃないのでしょうか。

投稿者 michy : 08:38 | コメント (7) | トラックバック |    

2006年06月28日

「バッハ:シャコンヌ」Hilary Hahn ブックマークに追加する

「バッハ:シャコンヌ」
Hilary Hahn

シャコンヌだけが聞きたかったんだけど、iTunes Music Storeでは、シャコンヌだけの別売りはしてなくて、「それならアルバム買うよ!」と思って、一番好みだったジャケットのアルバムを買いました。

大当たりのジャケ買いでした。

奏者ヒラリー・ハーンが17歳のときのデビューアルバムとのことですが、その一本筋の通った透明で力強い演奏は、とても心惹かれました。デビュー曲にバッハの無伴奏を選ぶ度胸も素晴らしいです。バッハは大好きなのですが、こんなにキレイな曲がいっぱいあるんだー、と知って、好きな曲を1、2曲をループして聞いてばっかりだった自分を反省しました。

しかし、こんなにかわいくてバイオリンも上手で度胸もあるって、本当にステキ〜。夫には「キミの好みそうだよねー。演奏じゃなくて顔が好きなんでしょ」と言われましたが、どっちでもいいじゃん!

投稿者 michy : 17:02 | コメント (0) | トラックバック |    

「Addicted」sweetbox ブックマークに追加する

「Addicted」
Sweetbox

アメリカンアイドルが好きな私は洋楽はジャケレンタルが基本です。これもジャケットがかわいかったのと、近所のTSUTAYAの洋楽ロングセラーにあったのと、「クラッシクのアレンジが」と書いてあったので借りてみました。

…ひさびさにお気に入りのCDを見つけました!iTunesで★がいっぱいついてます。

お気に入りは「四季」の「冬」をモチーフにした「Addicted」に、大好きなバッハの「無伴奏チェロ組曲」をモチーフにした「Here comes the sun」と、今ネットを調べていて初めて知った浜崎あゆみに提供した曲「pride」です。

クラッシクモチーフなのに、ポップで軽くて、アメリカンアイドルっぽくて大好きです。いくら聞いても飽きないや。

投稿者 michy : 16:33 | コメント (0) | トラックバック |