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「「日本社会」入門 」コリン・ジョイス

Posted by michy on 8月 11, 2007 in ノンフィクション

「「日本社会」入門 」
コリン・ジョイス

英国人記者が、後に続く英国人に向けて日本社会でいかに生き抜くべきかをおもしろおかしく書いてみたという作りの本。日本人がふだん当たり前のこととして享受していることが、英国人である著者にとってはいかに驚きであったのかが書かれています。
夫が「帯び買い」してきました。そして、私も帯にやられました。以下、帯より抜粋です。

日本で暮らすなら、これだけは覚えておこう。
歌舞伎は歌舞伎町ではやっていない。
日本の「パブ」はパブではない。
作家とサッカーの違いは大きい。
電車が遅れてると思う前に君の時計を疑え。

言われてみれば、確かに歌舞伎町で歌舞伎はやっていません。気付きませんでした。
また、本文にも同じようにびっくり事項がたくさんですが、なかでもびっくりしたのが、食事に関する文書でした。(太字は私)

このときわかったのだが、日本人にとって食べ物とはたんに「食べるもの」ではない。日本人は食べ物について語り、楽しみ、ときには訪れたりさえするのだ。ある料理をたべることだけを(主たる)目的について観光旅行をするなんて、イギリス人のぼくには思いもよらなかった。ぼくだって、たまたま現地で口にした料理がおいしければうれしく思うが、それ以上に食事が旅行の重要な部分を占めることがあるとはそもそも考えもしなかったからである。

地理的にみて、氷河に覆われていたことのあるイギリスは土地が痩せているし、気候と氷河のおかげでやってきた肥沃な土壌に恵まれたフランスやハンガリーからは海を隔てているし、想像するに、保存可能なものを除いて食文化が発達しようもなかった、むしろ発達して幸せだったかどうかが不明、というのは頭では理解しているつもりでした。また、イギリスに行ったときに、いかにイギリスの食事が日本人の口に合わないかも体感してきました。しかし、このように書かれると衝撃でした。
…英国人は何のために旅行をしているのでしょう。
また、古くからのイギリスの格言に「『生きるために食べろ。食べるために生きるな』とある」と書いてあるのにもびっくりしました。とっさに「生きる楽しみはどこに見いだしたら?」と思ってしまいました。でも、そんなことを思うのは土地と気候と海流に恵まれた土地に生まれ育った人間の傲慢である気もします。
また、日本人がいかに正直であるかも書いています。

(前略)日本人は世界でも有数の正直な国民だ。世界中のどの国の人だってウソをつく。しかし、ウソをついていることをいつもおおっぴらに認めるのは日本人くらいのものだろう。日本人は外国人に嬉々としてホンネとタテマエの区別を説明する。

…そういえば、私もイギリスに行ったときに「この人たちは人種差別をしてないんじゃない。人種差別をしてると認めないし、そうだと傍目に分からないようにしているだけなんだ。そして、たとえ白人でもBritish Englishを完璧に話せない限り、一段見下されることは否めないじゃないか。相手は絶対に認めないと思うけど」と勝手な印象をもったことを思い出しました。
同じようなことが、著者の好きな日本語の第3位であるところの「勝負パンツ」という言葉についての解説についても書いてありました。

この言い回しを聞いて、感心しなかったイギリス人の友人はひとりもいない。大事なデートの前に着ける下着を指す言葉に関して、日本語ほどに正直な言語はほかにあるだろうか?『ブリジット・ジョーンズの日記』があれほどのヒット作となったのは、何百万もの独身女性が「こんな風に思っているのは自分だけかしら」と思っていることを率直に表に出したからである。(中略)もし、日本語を知っていたなら、彼らはこれが社会に広く行きわたった慣習だともっと早く理解できていただろうが。

…いや、敵に下手に弱みをみせるとつけこまれるから弱みは絶対に見せない、というのは概念としてはとてもよく分かります。そして、日本は平和な国だったんだなあ、と自分が享受しているものの有り難さが身にしみます。
でも、素朴な疑問として、食事の話もしない、下世話な話もしない、では日々イギリスではどのようなことが、どのような話し方で会話されているのでしょう。そして、今後グローバル化したなかで生き残っていかなくてはいけない人間としては何を話題にすれのが適切なんでしょう。
また、日本って歴史的に本当に平和だったんだなー、と一番思ったのは、日本人の隣人への礼儀正しさや共生の感覚にはびっくりした、として書いてある例です。
曰く、自転車が壊れて自分では直せなくて近所のネジ屋さんを訪ねた筆者は、身体を気遣う言葉をかけてもらったうえに、30分も時間をとって直してもらい、あまつさえ取引先の電話より見知らずの自分を「仕事中だから」と優先し、最後に「たいしたことをしていないからお金はいらない」と言われ、「今度緩んだときに」と六画レンチまで渡してくれたことにびっくりし、彼を「完璧なジェントルマン」と評しています。
「今は少ないかもしれないけど、よくある光景だと思うんですけど」とどこにびっくりしたのかと思ったら「翌週、お返しに大口の注文書を持って店にやってくる」なんてことはあり得ないのにそんな丁寧な対応してくれたことにびっくりした、と書いてありました。な、なるほど。生き馬の目を抜く社会で生き抜く事がいかに難しいのか、何で契約書は英文になった瞬間にあんなに分厚くなるのか教えられます。
他にも、日本人の発明は素晴らしい、なかでも新書というサイズは読みやすく印刷もキレイだ!(全く同感。そして文庫も同じ)などなどのいろんな「英国の人もそう思ってたの」という話や、「そこにびっくりすることにびっくりした」という話が載っています。
最後に、イギリス風ジョークで、日本にやってきたイギリス人をからかおうということで、載っていた以下のような例をあげておきます。

「新宿駅の改札で待っている」とだけ言おう。それ以上具体的な説明をしてはいけない。日本人はたいてい武道をたしなんでいるから、駅の構内やプラットフォームで決してぶつかってはいけないようにと注意しておこう。

…それは普通にアカンやろ。私にはできません。

 
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分かりやすい例え話

Posted by michy on 8月 10, 2007 in 読み物

どこをどう見ても夫は普通ではないと妻は思うのですが、夫は何故かしばしば「僕は普通やと思うんやけど」という主張をしています。そもそも私が妻なことからしてオカシイと早く気付いて欲しいものです。
それはともかく、ある日も夫は「おかしいのは世間であって僕ではない」という主張を繰り広げようとしていました。
夫「何でみんなiPod nanoとかで大丈夫なんやろなあ。僕は20GのiPodが既にいっぱいになって、60Gでもどうしようかと思ってるのに。あんなに容量が小さくてどうやってるんやろ」
この疑問は何度となく聞きました。早く自分のオーディオアーカイブの量がオカシイということに気付いて欲しいと妻は思っていて、そのたびに何か言葉をかけているのですが、夫の疑問は解消されないようです。
私「あなたが聞くオーディオアーカイブの量が変なんだって」
夫「普通やと思うんやけどなあ」
…。
あやうく「どこの家にいけば我が家のような量のCDがあるのか」と言いそうになりましたが、オーケストラの友人の家にいけば普通にありそうだし、むしろ「僕は少ないほうだ」と主張されるだけといち早く気付きました。
ふー。セーフです。
しかし、だとすれば何を言えば夫は納得してくれるのか。
夫のほうが世間からずれている、ということに納得してもらわないと「Appleは分かっていない。もっと大容量のiPodを出すべきだ。そう思うよな?」とか「いや、まてよ。Mac本体にアーカイブを置いておいて、毎日Syncさせて、ランダムな曲をiPodにいれるという道が正しいに違いない。そうすると、iPodの容量の制限は考えなくていいから、もっと曲をアーカイブしてもいいはずだ。ってことはMacの大容量HDDが必要だ」などというわけのわからない主張を聞かされるハメになりそうです。
…ここは捨て身のたとえ話だ。
私「えっとね、私は自分はあんまり本を持っていないと思ってるよ」
夫「…。分かりやすい例えば話やったな。なるほどな。」
納得してもらったのは嬉しいのですが、少し涙が出そうになりました。
…いや、本当に私は自分はあんまり本を持っていないほうだと思っているのです。
きちんと一年に一回は処分してるし、よく「ああ!!!あれ、処分しちゃったんだー。悲しい。また買い直そう」とか、再入手が難しそうだと「いやいや、無いってことは私の人生に必要なかった本なんだ。読まないほうがきっといいよ。必要なら、また再び出会うさ」と一生懸命割り切ろうとしてみるし、「ああ、あの本が欲しい。けど、今すぐ読むのか?所有欲で本を買ってはダメだ。いつか読むと思って、読んで無い本はまだあるじゃないか。本は所有欲ではなく読書欲で買わなくっちゃ。今は我慢しよう」とか、一生懸命減らす努力をしているんです。今、我が家にある私の本の量だって父親が持っていた本の量に比べたら少ないものです。
それなのに私の本の量が多いなんて、そんなわけはないと思うんですが…。

 
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「ロジカル・リスニング」

Posted by michy on 8月 6, 2007 in ノンフィクション

「ロジカル・リスニング 」
船川 淳志

私たちは夫婦は両方とも本が好きですが、あんまり読む本がかぶりません。もっといえば雑誌もかぶってませんし、買うCDもかぶりません。ゲーム機もかぶってませんし、ゲームもかぶってません。
共同生活を始めたときも、大学が一緒だったためにやむを得ず買わされた数冊の本を除いて、アーカイブが何も混ざりませんでした。
でも、お互いに自分の読んでる本などの自分のアーカイブに対してこだわりがあるわけで、「この本はいいよー」とお互いに薦めたりするのですが概して相手の反応は薄く、「サマって」(夫)「難しそうだからいい。内容を私に分かるように教えてよ」(私)と他力本願モードばりばりになっています。
この本も私にとってそんな本でした。
夫「タイトル買い。おもしろそうやろ」
私「へー。おもしろい題名だね。ロジカル・リスニングって私も出来るようになりたいなあ。どうやったらいいの?教えて、教えて」
夫「端的に言うと、キミには無理!

「ファシリテーション・
グラフィック 」
堀 公俊

…身も蓋もないですが、時間を無駄にしないたいへん分かりやすい説明というか結論でした。
夫「いや、だって、この本によれば、○○しながら、○○して、○○する、って同時にたくさんのことを処理せなアカンねん。マルチタスクのできないキミには無理やろ?」
夫が一緒に題名買いした「ファシリテーション・グラフィック」よりはまだ自分に取得できそうなスキルだと思ったのですが、甘かったようです。
私「…無理やな」
冷静に考えると、現状の第六感リスニングでも、しばしば意図されずにネタが生成される以外、あんまり困っていないといえば困っていないので、私はこれからも第六感リスニングでいくことにします。
肝心の本は夫曰く、なかなか良かったそうです。

 
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「みんなのGOLF 5」

Posted by michy on 8月 5, 2007 in ゲーム

「みんなのGOLF 5 」

夫と「買わないの?」「あなたこそ買わないの?」というやりとりをした末に、夫が根負けしたらしく、Amazonプライムで買っていました。
本来はゴルフゲームで、楽しくゴルフをプレイするゲームのはずなのですが、私は何か間違っているらしく、頻発するエラーやキャラクターの鑑賞をしています。
買ってすぐ。夫が「オンラインをしよう!」と「オンライン」というボタン(?)をポッチと押すと、PS3は有無を言わせずに大量(?)のパッチをダウンロードし始めました。
…ゲームをつくる側の作業の大変さがうかがわれました。
そして、待っていたら画面がフリーズしました…。しかも、翌日も似たような目にあいました。あまつさえ、PlayStation Storeさえも「500 Internal Sercer Error」と画面いっぱいにエラーメッセージを表示しました。
二人ともオタクなので、妻は「これはゲームのプログラムの影響なのか、ストアとゲームのパッチでサーバーが同じだからダウンしたのか。まったく関係ないのか、どうなんだろう」と想像を巡らし、夫は「いや、500は出したアカンやろ。そこはエラーメッセージを用意しとかな」と盛り上がりました。
キャラクターの中では、ベルサイユの美少女であるらしい、ソフィーちゃんがかわいくってかわいくって、私は夫に「ソフィーでプレイしてー」と頼んでいます。ボギーになっちゃたら、「泣いてないもん」って感じで泣いてるし、バーディだとすごく笑顔でらんらん踊ってくれるしとてもかわいいです。勝利ポーズをみるたびに、「か、かわいい」とため息をついていたら、夫があきれた顔で私を覗いていました。
あんまりかわいすぎて、「今のしぐさ、超かわいかった」と言っていたら、さすがにひかれました。「かわいいのに、なんでハイヒールじゃないのかしら」と言っても「いや、それはさすがに」と呟かれました。
なんだかもう私にとっては、このゲームはゴルフゲームでもなく、コース鑑賞ゲームでもなく、ソフィー鑑賞ゲームと化しています。そうまるで、「ときめきメモリアル」で女の子の笑顔をみるために選択肢を選んでいるようです。(このゲームの場合、プレイするのは夫ですが…)
とても間違っている気がしたのですが、古今東西、レースのレースクイーンにせよ、野球やアメフトのチアガールにせよ、スポーツする側が女性の笑顔のために頑張ってる側面が多少なりともあるのなら、この場合もバーチャルかリアルかだけの違いにすぎないじゃん、と開き直ることにしました。(え?

 
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「哲学」島田 紳助/松本 人志

Posted by michy on 8月 4, 2007 in ノンフィクション

「哲学」
島田 紳助
松本 人志

紳介とまっちゃんが主にお笑いや人生の哲学について往復書簡のようにしたためられた書です。
夫が帰って来て、ふと床にある本を見つけて、夫婦でいかにも本オタクという謎な会話をしました。
夫「(一瞬、表紙を見て)ちくまは分かってるよな」
私「幻冬舍やけどな。幻冬舍も分かってると思うけど」
夫「幻冬舍か。幻冬舍も分かってるよな」
こういう会話が楽しい時点で、私も夫もかなりオタクです。
それはともかく、著者の二人がやっていた番組「松本紳助」がかなり好きで、番組の本は全部買ったと思うのですが、番組の本はあくまで「しゃべりを本に起こした」でしかないのに対して、きちんと「本向けに書かれた」本書は読み応えがありました。
色んなところで聞いたり読んだりする話ではあるけれども、ダウンタウン結成(って言えるのか?)当初のエピソードや紳介竜助解散時のエピソードは今まで一番読み応えがあったし、まっちゃんが「松本紳助」を「玄関先の挨拶」で「いわゆるトーク番組としては失敗」と評しているのも、「事前の打ち合わせをあまりしない」(同じことを繰り返すのは嫌だし出来ない)と言ってるのも、紳介が本当に師匠や他人の漫才をものすごく分析してノートにつけて、自分でどうすれば受けるのか考えて、パターンを作って再生していた、ということを語っているのもおもしろかったです。
ただ、二人に興味が無い人にもおもしろいのかと言われると少し疑問符がつくし、ファンならファンで「ああ、どこかで聞いたり読んだりした話だな」と思う話ばっかりだと思うし、なかなかターゲット設定が謎ではあります。私のように「同じことでも、表現方法を変更して何度も繰り返し読みたいわ」と思う、ニッチでコアなファンでしょうか…。
それはともかく、本書の中で、特に私の心をとらえたの話はボケとツッコミと、芸人における繊細と大胆でした。例によって、夫との間で小話があるので感想ついでに記します。
私「ねえねえ、パオロ・マウリツァーノじゃないけど、紳助も『ツッコミは努力で上達するものだが、ボケの才能はそうはいかない』って言ってたよ」
夫「パオロ?」

「つっこみ力」
パオロ・マッツァリーノ

私「ちくま新書の『つっこみ力』の作者」(読んだことありません。ごめんなさい)
夫「ああ。あっそう」
私「でね、私思ったの。ってことは天然ボケ、天然ボケっていうけど、ボケは天然でしかないやん!
私が『天然ボケ』と言われる比率は並ではありません。「天然ぼけ」というエントリにその悲哀がにじみ出ています。誰でも気付くと思いますが、ここに出て来る友人が夫です。
しかし、私はここに回答を発見したのです。努力でどうにもならず、天然にしかあり得ないものなら、実は天然はものすごく貴重なんじゃない!?
夫「…なに、自分を正当化してんねん」
私「正当化したいやん!何よ、人間は自分を正当化していくことによって生きて行くんだから。ふん」
しばらく後。
私「同じ本でね、まっちゃんが芸人を繊細と大胆に分類してたの。まっちゃんは繊細で、浜ちゃんが大胆。紳介は繊細でサンマが大胆なんだって」
夫「当たり前やん」
私「でね、ってことはいつも『おもしろい』と言われる私たちはどうなんだろう、と思ったの。考えてみたんだけど、二人とも繊細なんだよね〜
夫「はあー!?」
私「え?二人とも繊細。な、なにがダメ!?どこがダメ!?」
夫「…。キミは自分を繊細ってことにしときたいんやろ」
私「え?しときたいんじゃなくて、そうやと思ってて、そう主張してるだけやけど…」
夫「…さようなら」
私「ちょっと待ってよ!私のどこが繊細じゃないの?少し打たれ強いところはあると思うから大胆さも併せ持ってるとは思うけど、こんなに心の細やかなんだから」
夫「もうええわ。あのな、キミにはいい台詞をあげよう。僕の同僚の名台詞のもじりで『繊細の定義がくずれるから辞めよう』」
私「??どういう意味?」
夫「僕が自分が普通やと思う、って主張してたら『普通の定義がくずれるから辞めましょう』って言われた」
……そんな夫の履歴書を見るだけで、そうでなくとも夫を一目見るだけでもわかる、明らかなデタラメと私の主張は違うと思う、と思いました。

 
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聞きたくないチームラジオは実は暗号説

Posted by michy on 8月 4, 2007 in F1

F1をみていると、ときどきチームラジオという名の、ピットとドライバーの間の無線が流れてきます。
ほぼ100%英語です。この間に夫に話しかけると、家から出されそうになります。
このチームラジオにもチーム特性が表れている気がします。マクラーレンは雑音の混じっていないキレイな英語でどこよりも早く何事も淡々と解説してくれます。
例えば、クビサというドライバーがカナダGPで大事故を起こしたにもかかわらず無事でした。この無事は現在法王ベネディクト16世が、前法王であるところのヨパネ・パウロ二世をいち早く聖人に列するための奇跡として調査中(聖人になるためには文書化された奇跡がいくつか必要なようです)です。この無事を、私の知る限り日本のテレビにいち早く教えてくれたのもマクラーレンのドライバーが優勝したために流れた、マクラーレンのチームラジオでした。淡々とした「優勝おめでとう。2位は誰々、3位は誰々、4位は誰々…」という「アナウンサーいらんやん」といつも突っ込みたくなる奇麗なアナウンスの後に、「クビサは無事だそうだ」というようなことを告げていて、「確かにドライバーとしては自分が優勝してもレース中に大事故があったらそこが気になるよね〜。チームラジオの鏡だ」と思いました。
なお、ネットで読んだクビサがバチカンに召還されるかというニュースを夫に話したら「またまた、そんなネタを」と言われましたがリンク先にもあるようにマジな話です。ファティマの丘のルルドの岩屋のように、クビサのヘルメットが歌い継がれる日が来るのかもしれません。
また、あるチームは熱くドライバーに「前のドライバーをとにかく抜け」というようなことを言っていて、「そりゃドライバーだって抜きたいと思うよ…。こんなこと言われてやる気出るのかなー」と心配になってみたり、また別のチームがドライバーに「前のドライバーより2mお前はミスをしたよ」と淡々とした声で言っているチームラジオを聞いてしまい、「え?今、速度約200km/hとかでレースしてんだよね?メートル?いったいコンマ何秒のハナシをしてるの?」とびっくりしたこともありました。
そんなF1のチームラジオですが、私と夫が「一番言われたくないチームラジオのワード」としてナンバー1に掲げているのが、主に下位のチームでよく聞かれる、ドライバーが「なんか○○の調子が悪いんだけど」とピットに無線したときの一言です。
「OK.Understood.Keep pushing」
「やる気ねえなあ。本当に確認してんの?」とテレビみてるこっちまで思うような調子で言ってくれます。そして、案の定、数週あとにトラブルが発生したりします。
派生バージョンとしては、
「OK.OK.OK.Understood.Understood」
私がドライバーなら心の底で「分かったって繰り返せばいいってもんちゃうねん!」と叫んでいると思います。
他にも、
「OK.Take him」
私がドライバーなら「トラブルがあるから困ってるって言ってんのに、さらっと流して『抜け』って、ほんまに話、聞いてたんか!?ああ!?なにをいうてんねん!」と首根っこをつかまえに行きたくなります。
このチームラジオを聞くと「頑張ってる人に声をかけるのは気をつけよう」と身にしみます。F1ゲームで「不具合を報告する」ボタンがあって、このチームラジオが流れて来たら、液晶にコントローラが投げつけていそうです。
でも、あんまり聞き過ぎたので、「は!実はこの種のチームラジオはモールス信号のような暗号で『OK』っていう回数や、『Keep pushing』っていうか、『Take him』っていうかによって伝えられるメッセージが変わってくるのでは!?」と思うようになってきました。
…誰か検証してみた人or事情通の人いませんか?もしくは私にアイディア料を払ってライセンスを受けませんか?

 
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大規模な小学校

Posted by michy on 8月 3, 2007 in 2007年

私の母は祖父母の介護もなくなり、子供たちも実家からいなくなったので、地元の小学校で働きはじめました。
私の地元は、駅前の一番の一等地にJAがあることを鑑みても、街中の一番人通りの多そうな十字路にセレモニーホールこと斎場があることを鑑みても田舎です。
しかし、田舎の中では私の住んでいたところは、まだ地区的にも地域的も人いるがところになるようです。
自転車で10分くらいのコンビニはまだつぶれないし(夫の実家の近くのコンビニは潰れた)、夜でもバックミラーに何かが写るし(夫の実家の近所はバックミラーに何も写らないところがある)、道も駐車場も舗装されているし(夫の実家の近所は舗装されていない道や駐車場がたくさんある)、その昔はだいぶ宅地造成をして、祖父の話を信じる限りでは少なくとも江戸の終わりからはある地区全体のお墓が公営墓地に移設(というと響きはいいけど、てっとり早くいえばお墓を掘り返す…)されたり、小学校の移設のために実家も農業用水につかっていたため池が埋め立てられたりしました。最近は行政区域としての人口はどんどん減っているはずなのに、どうしてまだ周囲に新しい家が建つのか不思議で聞いてみたら、行政区域としてもっと山のほうにあたるところから越してきてる人が多い、とのことでした。
そして、まだ地域としても関西なわけで、東北や北海道のように冬が厳しいわけでも、四国や九州のように本州と繋がっている道路が少ないわけでも、ましてや、船便しかない離島でもありません。
そんな地元の小学校に勤めた母の話です。
母「ずっと、このへんで教えててんやろね、小学校で先生が、『この小学校は3クラスもあって大規模やからやりにくいわあ』って言ってたんよ。もう、私は恥ずかしくて恥ずかしくて」
…3クラスで大規模ですか。
「小規模過ぎて問題になる」ほどではないとは思いますが、「高層マンションがたくさん建って児童数が増えてどうしようか」って言ってる自治体の人が聞いたら、びっくりする発言なんじゃないかと思います。
母「確かに、この辺の小学校は廃校になったり、1クラスやったりばっかりやけどねえ」
…お墓を潰し、池を潰した結果が「大規模な3クラスの小学校」かと思うと、「宅地造成ってそこまでする意味があったのかしら」と思ってなかなか涙が出そうになりました。

 
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メガネと女の子と技術の進歩

Posted by michy on 8月 3, 2007 in 法務っぽい

夫が買ってくる漫画雑誌には一冊グラビアのある雑誌があります。表紙もグラビアです。
私「今日の表紙はメガネっ娘だね。初めてじゃない?」
夫「それは違うと思うなあ」
私「そうだっけ?私がきちんと見てないだけかなあ?うーん、(中身を覗いて)でも、こんなに色んなメガネをかけている子は初めてな気がする」
夫「その子は僕の友人が『あの子はメガネっ娘じゃない』って言ってた子だよ」
私「え?何がダメなの?」
私はかなり真剣に考えました。
メガネが似合ってないのか。似合ってないとすれば原因は何か。笑顔に邪気がなさすぎるのがダメなのか。憂いを帯びた顔がないのがダメなのか。
私「普通に似合ってるし、かわいいよ」
夫「伊達なのがダメって」
私「伊達やったら何がダメなん?(メガネのレンズの)屈折率の問題?
夫「目が悪くないから!…。キミ、アカンと思うわ」
ゴメンナサイ。私も自分がアカンと思います。夫に答えを聞いた瞬間「やってしまった!」と思いました。
今話題なのは、あくまで「メガネっ娘」という類型の人であって、「メガネ」という物体ではないわけで。媒体はグラビアだけど、話題なのは人だから、「カメラのレンズを通したときに、わずかにメガネのレンズで屈折する光の加減が写真に写らないのが気に入らないのかしら?」なんて考えからして間違ってるわけであって。
何より問題だと思ったのは一年前にも同じ会話をし、同じことを言われ、同じく「しくじった!」と思ったのに、学習効果なく同じことを繰り返してしまう自分です。
くやしまぎれに、「レーシックして、メガネをかけてたら、その子は『メガネっ娘』なのよ、どうなのよ」と思いました。
契約書でもそうですが、技術の進歩はものの定義を難しくしますね。正直いって数年前の技術的な契約書なんて見たくないし、数年後を予定した技術的な契約書なんて書きたくないです。
その定義条項を考案したのも相手案を呑んだのも私じゃない誰かです。え?過去のメールをみたら担当法務は私だった?
……私はただの契約書の文字を書く法務なんで技術的なことは分かりません。そこらへんは現場か特許担当者に。

 
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ある小さな証券会社のおかみさんの一言

Posted by michy on 7月 30, 2007 in お金っぽい

もう30年近く前、父が茶のみ話に、地元の小さな証券会社のおかみさんから聞いた、忘れられない一言です。
おかみさんいわく。
「株なんてねえ簡単なんよ。安いときに買って、高いときに売ったらええんよ」
おかみさんは続けて言われました。
「でもねえ、お客様は不思議やね。高いときに買って、安いときに売るんやから」
何年も市場と客をはたで見てきたおかみさんの一言は含蓄が深いな、と思いました。

 
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あぶく銭の心意気

Posted by michy on 7月 30, 2007 in お金っぽい

私は「お金は価値あるものに使わないといけないし、価値のあるものには相応のお金を払わなくてはいけないし、むしろ貰わなくちゃもいけない」と考えていて、「ダメだと思うものにお金を払ったらダメ」というエントリを昔に書いたりしました。
そんな私と、友人である金融系のとある人妻の会話。
友「もうね、私はアラブ富豪の第三婦人にでもなってればよかったんじゃないかと思うわ。それで、ぱーっとどうでもいいことにお金を使うの」
私「えー。お金は払う価値のあるものに使わないといけないし、それに、アラブの富豪が持ってるのはあぶく銭だよ~」
友「あぶく銭だからいいのよ
私「え?」
友「どうでもいいことにぱーっと使うの。もっとお金を使って金周りをよくしないと
なるほど~。
私は、例えば生涯のリスクヘッジのための投資なんかにおいても「そもそも投資に寄付なり、世のため人のためという心意気がなくて投資なんてやっても意味が無い。私は成長する企業や市場にお金を流してるの」と考えのもと、中長期でしか考えてません。
でも、そうやってみんながみんな中長期の投資ばかりしていたら、市場の流動性が非常に低くく、「株をもつ」ってことのリスクが非常に高くなります。
短期の売買は企業の実態的な成長や市場の成長とはそこまで関係なく、チャートなりなんなりの情報をみてのゼロサムゲームで非常にリスクが高いわけですが、そこで、短期のトレードをやってくれる人がいるからこそ、いつでも売り買いできる市場っていうのが形成されていて、私も安全に株が持てています。
短期にも中長期にも優劣なり貴賤なりがつけれるはずがなく、どっちだって相補ってるんだから、どっちだって世のため人のためになっています。
新聞を読んでいると、最近は投資においてもリスクを嫌うマネーが多いようです。
また、私自身、上記の投資以外に、生活においても「稼いでないのに、こんなに医療や生活用品にお金を使っていいのかしら。もちろん、それに携わってる人たちへの投資だとは思ってるけど…」という「お金は有意義に使わなくてはいけない。まして自分で稼いでないならなおさら」という観念に基づくような悩みを延々色々な人に相談していました。
しかし。
確かに、何も考えずに使う、パッと使うお金も重要だわ~
そうでないとお金も経済活動も流れないわけで、流れないことには手数料が落ちないので、色んな人の生活が成り立たないわけです。
とは思ってみたんですが、やはり私は臆病で、あくぶ銭でもないお金をパッを使えるようにはなれません。そんなわけで、誰か私にパッと使っていいあぶく銭をください。(あれ?

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