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2008年09月 アーカイブ

2008年09月11日

「「気と経絡」癒しの指圧法」」「気の経絡指圧法・安らぎのツボ 実技篇」遠藤 喨及


評価:4/5(オススメ!)

経絡治療が神秘的に思えて来て、理屈好きの私はその理論を知りたいと思って購入しました。読むのには2、3日かかったかもです。「理屈っぽく経絡治療を理解する」という目的にはあまり叶いませんでしたが、それ以外のところに実に興味深いところがいっぱいある本でした。

なかでも、著者が欧米人に英語で指圧を教えていたときの経験がおもしろかったです。茶道、華道などの「道」の概念がない、何でも個人に帰着している、という。「気」の概念がないのもしかり。でもだからこそ、その概念に気付いたときには夢中になってやるそうです。

本書は著者がどんな風に指圧方法を試行錯誤してきたか、という物語なのですが、その試行錯誤も、試行錯誤の結果、いきついた先もおもしろいです。

超特穴への指圧は自分と夫には効果があるみたいだから満足だし、著者が発見した「邪気」の中にあるものやこれから陰の時代というのはストンと心に落ちたし(嘘や方便かもしれなくても自分を救ってくれる思想なら私は満足)、「気」が見えるというのはただ原始感覚であることだけでそれで悟りがあるわけではないということ、しかし、適切な治療のためには、ただただ相手のことを想うことをが必要であることは、自分が治療を受ける上でも心に留めたいなあ、と想いました。

…少なくとも、治療者にどれだけの負担を強いているのか、という意味で。

そして、写真付きの指圧の仕方とポーズの図解は実に良さそうでした。いや、見てるだけで「この指圧気持ちよさそー。やってみたい」となる、という。ツボの本はこういうこと大事だな、と思います。

どうでもいいけど、超脈はヨガのポーズと関係ありそうだなー、と思いました。自分で超脈を使うのがヨガじゃないのかなー。

以下の文書が心に残りました。

「ところがある日、この問題についての最初のハードルを、思いがけず越えることができた。ある人から、かつて増永静人師が(中略)という証を出したことがある」との話をまた聞きしたことがきっかけで、どうしても証のとれない患者に対し、試しに任脈の治療をしてみたのだ。そうしたら症状がとれたのである! この時も驚いた。やはり、もつべきものは師匠である」 p158

私は入門しては脱落してばっかりで、きちんとした弟子になりたいものです。

「最後の聖戦!?」中村うさぎ



評価:3/5(普通におもしろい)

「何にも考えずに頭をぼーっとしたい。派手にお金を使う本なんていいよねー」と思って、前に少しだけ読んだことのあったショッピングの女王シリーズを手に取りました。が、これが良かったのか悪かったのか、なかなか評価に悩む作品になってしまいました。

「お気楽に著者のチャレンジを楽しむ」という読み方は、あんまり出来ないと思います。著者はいろいろチャレンジするのですが、それに対する内省が、私には辛いです。まるで、今の自分や将来の自分を、自分より巧みな筆致で描写されているようで。

 次作の「さすらいの女王」に行くに従って表れる著者の内省が私には興味深いんだけど、辛い。でも、読むのは辞められませんでした。夫に「眉間に皺を寄せてどうしたの?」と何度も聞かれながら、一日ほどで読了です。

「やっぱり人間って本当は「わかりやすいもの」に苦しんでいるものなんだけど、自分が「わかりやすいもの」に苦しんでいるなんて思いたくないから、もっと深遠なものに苦しんでるフリをしちゃうのではないか。そして、「わかりやすいもの」に苦しんでいる他者を見下し軽蔑する……これが私の今までやってきた自己欺瞞である。(中略)私はバカだ。それを忘れたら、私は今より最低の人間になる。」p234

「さすらいの女王」中村うさぎ



評価:2/5(まあまあ)

私が読む時期を間違えただけのような気もしますが、「江古田ちゃんを描いてる人の表紙だ!わーい。楽しい読み物!」と思って手に取ったにしては、言葉もテーマも筆者の精神状態も難しかったです。解説もまたこれが難しいです。

それでも、すぐに読んじゃえて筆者の文書力はすごいなぁと思いました。ただ、こっちも眉間に皺をいれまくって読んでいたようです。

著者自ら「プチ鬱かも」というようなことを書いているだけあって、浪費の裏にある心情について、唾棄しながらの吐露が多いです。相手を唾棄し攻めるように思える言動は、たぶん、著者が一番したい自己批判による自傷または自責衝動の回避で、著者にとって一番唾棄すべきは自分なんだろうなあ、と思ってしまいました。私はそれを受け止めきれなくって、実はあんまり読んだ記憶がありません。もっと元気になったら、また読むかも、です。

記憶にある中では、「脳が遺伝子情報を活用する」という箇所はおもしろかったのです。

ただ、著者は言葉に言霊が宿りそれがロゴスである、と捉えてるようですが、むしろ、パトスが重要なんじゃないかと思いました。いや、もちろん、陰陽論みたいにどっちかだけじゃいけないと思うので、「現在においてロゴスが重要であると考えられているのに比べパトスが」と思うだけで、「言霊ってどっちも入ってるんじゃなくて?」と言われれば、そんな気もするので重箱な気もします。

「黄金の扉を開ける賢者の海外投資術」橘玲



評価:4/5(オススメ!)

「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 ― 知的人生設計入門」を読んで以来、著者のマニアックなまでの投資への探究心と読者へのサービス精神が好きで、力が入ってそうな作品は小説も含め読んでます。ただ、著者の家も車も買うな、と書いてある本を読んで、私は家を買ったのでまったく実践は伴ってません。

本書は「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 の次の力作と言える本で、海外投資について実に優しいところからマニアックなところまで詳細に記された本です。

最初に某グルメ漫画をもじって、「究極の料理」と「志高の料理」ならぬ「究極の投資」と「志高の投資」の対決させるならどうするべきか、というところで、読者をリードし、その後、現在の海外マーケットがどのようなことになっているか、IT時代は金融の何をどう変えたか、FXはどういうギャンブルか?、ヘッジファンドがやっているのは何か、タックスヘイブンとは?というところを、名目と実質のインフレ率とは?オプションとは?、というあたりから丁寧にやってくれます。

著者が参考にしている文献も豊富でおもしろく、「次の読書」への道筋にも事欠きません。実際に、「ヘッジホッグー危ない金融錬金術師たち」「ザ・ニューリッチ」はおもしろく読んでます。

しかし、著者の著作を読むたびに思うのは、「この人にとって投資ってなんなんだろう」ということです。資産運用が儲かるからには、素人考えではノウハウは一人占めして出版なんてしないほうがいいように思います。それを出版するからには資産運用より執筆業やコンサル業の方が儲かるってことなのか?それにしては、大金を運用していないと行けそうにもないところに行っている気がするのはどうして?その投資にかける情熱や金銭は、執筆やコンサルのリターンを得られるものに見合うのものなのか?やはり、投資は趣味で、「投資の本を書けるなんてラッキー」という感じなのか?悩ましいです。